第21話

 ソニアとソフィのパーティーに加入してから一週間が経過した。


 あの日、酒場で食事を取り終えた私たちはギルドに向かい、その日のうちにパーティーへの加入を済ませたのである。ソニア曰く、『貴方逃げ足速そうだったから!善は急げっていうでしょ?』と言う事らしい。


 私の何処をどう見たらそんな人間に見えるのかは疑問だが、彼女達は契約通り野盗のいる場所へと私を案内してくれている。


 ソニアの情報によると、野盗たちはロックスの街から北方へと向かい、山脈の中腹にある洞窟を根城にしているらしく、そこまでは歩いて十日間かかるとのことだった。


「アレックス!ちゃんと謝ってよ!私の目を見て謝ってよ!」

「はぁ……だから悪いと言っている。そもそも不用意な気味が悪いのだろう」


 頬に赤い手形を作った私がパーティーの先頭を歩いていく。後ろから大声で喚くソニアとそれをあやすソフィが五月蠅くて仕方がない。今朝の一件からこんな感じが三時間以上続いている。


「不用意ですって!?あんたが私の水浴び覗いたんでしょうが!」

「『覗き』という行為を目的に水場まで行ったわけでは無い。水分の補給と顔を洗いに行っただけだ。それに君の裸体など視界にいれてはいないと言っているだろう」


 ソニアの怒鳴り声に対し、私は淡々と言葉を返していく。だがソニアの怒りは収まることなく、私の背中を何度も殴ってきた。


「そんなの信じられる訳ないでしょうが!どうせ私の身体を見て鼻の下伸ばしながら『ゲヘヘ、ソニアの身体は最高だぜ!』とか思ってんでしょ!」

「君はもしかして馬鹿なのか?客観的に見ても君の身体より、ソフィの身体の方が魅力があるに決まっているだろう。もう少し冷静に物事を判断出来るようにすべきだ」

「ちょ、ちょっとやめてくださいよ!ソニアもいい加減にして!アレックスさんが見てないって言ってるんだからそれでいいでしょ!」


 頬を赤らめながらソフィが私とソニアの間に割って入る。今朝六時頃、私が水場で入水中のソニアに出くわしてから、ソニアの機嫌はすこぶる悪い。野営場に帰ってきたソニアが張り手を食らわせてきたほどだ。


「うぅーー!絶対に許さないからね!」

「許してもらわなくて結構だ。君達とは半年後に別れることが決まっているのだからな」

「はぁ……その言い方は流石に失礼だと思いますよ、アレックスさん!故意では無いと言え、ソニアの身体を見たんですから!」


 ソフィの深い溜息が森の中に響き渡る。彼女達と共に行動するようになって、少しづつだが彼女達の性格を理解し始めたところだ。


 最後尾から私に怒りの視線を向けているソニアは、その鋭い目つきや大剣という武器の見た目の通り、とても勝気な性格をしている。彼女の職業は『戦士』というモノで、『剣士』と似たようなステータスとスキルを所有している。『剣士』と違う点は、肉弾戦も戦えるというところだろう。


 ソニアは私が今までに遭遇したことが無い女性のタイプで、未だに上手く付き合えてはいない。どうにも彼女の怒りの沸点が分からないのだ。


 一方のソフィは穏やかな性格で争いごとを好まない性格をしている。私とソニアが言い争いを始めるたびに必ず仲裁に入ってくれる。どちらかの味方に付くのではなく、中立の立場から発言してくれるのがソフィの素晴らしいところだ。


 修道服を着ているが、彼女の職業は『僧侶』ではなく、『光魔術師』であった。強力な魔法は使用できないが、回復魔法と攻撃魔法を広く使用することが出来る。


 そんな彼女達が冒険者になったのは二年程前で、最近になってようやくEランクに昇格出来たと話していた。だが、どうして彼女達が私をパーティーに加入させたがったのか、その理由だけは教えてはくれなかった。


 その話題を振った時に彼女達の表情が暗くなっていたのを見ると、何か後ろめたい理由でもあるのだろう。


「再度確認しておくとしよう。野盗との戦闘についてだ」


 野盗の居場所が近づいてきたため、私は五度目の確認を開始した。作戦会議とは何度も行うことが大切なのである。私ですら稀に忘れてしまうこともあるのだからな。


「まず洞窟周辺に到着したら──」

「アレックスの『索敵』で野盗の居場所を確認する!居場所が分かったら一人づつバレないように捕縛!バレたら即座に私とソフィは撤退!これでいいんでしょ!」


 ソニアは私の言葉を遮り呆れた様子で口を開いた。それを聞いたソフィは私の方を見てクスクスと笑っている。どうやら彼女達の記憶力を甘く見ていたようだ。


「ああそうだ。もし私が死んだ場合は気にせずに逃走してくれ。いいな?」

「分かったってば!もう四回も聞いてるのよ?それだけ聞いたら誰だって覚えるわよ!」

「それなら良い。あくまでも、野盗の討伐は私の目的だからな。その目的を達成するために君達が命を懸ける必要は無い。寧ろ今からでもロックスの街に帰還してもらっていいのだぞ?」


 正直に言えば今すぐに帰還してもらいたいのだが、彼女達にその気はないらしい。


「私達だって少しは役に立つかもしれないでしょーが!あんたが私達の身を心配するとか気持ち悪いのよ!」


 先程までの怒りはどこへいったのやら。ソニアは自信満々といった様子で胸を叩く。彼女は私が自分達の身を心配していると誤解しているようだ。そしてそれが嬉しかったのか、機嫌が良くなっている。


「そうですよ!私達はパーティーなんですから!一緒に協力して頑張りましょう!」


 ソフィも同じように笑顔を作る。一緒に協力して頑張るというが、洞窟についた後に彼女達が出来る仕事など息を殺して茂みの中で待機しているくらいだろう。


「誤解しないで欲しいのだが、私は別に君達の身を案じている訳では無い。包み隠さずに言うと足手まといになるから帰っていて貰いたいと言う事だ」

「はぁ!?何よそれ!失礼でしょうが!」

「ちょっとアレックスさん!流石の私も怒りますよ!」


 私の発言に温厚なソフィも流石に怒ったのか、彼女の杖が私の背中に何度も振り下ろされる。


 私はこれをきっかけに真実を告げることが、時に失礼に当たるという事を学んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る