第2話 過去は光に満ちて
母が数年前に病気で亡くなり、父が再婚すると知った時、私は17歳だった。
頭の中では父の再婚は仕方ないことだと思ってはいた。
父は母が亡くなってすごく老けたし。
その背中はいつも寂しそうだったから。
だから父に寄り添ってくれる人がいることは、ありがたくは思えた。
実際、義母となる人は私も知っている人だったから。
「香織、次の休みに会って欲しい人がいるんだ」
父はネクタイを緩めながら、リビングにいた私に声をかけてきた。
会って欲しい人。
それが再婚相手なのは、薄々は分かっていた。
父は私に対して隠し事をするようなことはなかったし、少し前からお付き合いしている人がいるのも教えてくれていた。
その人と再婚したいと、年末くらいから言ってたっけ。
「私が会う必要はあるの?」
「一応な。家族となるわけだし、挨拶したいんだ」
家族。
私にはどうしてもこの言葉が引っかかっていた。
子どもじみていることは自分でも分かっているけど。
「別にお父さんの再婚の反対なんてしないから、挨拶なんていいよ」
「だが……」
「だって、誠君も来るんでしょう?」
「それは……まぁ、そうだな」
誠は私の一個上で、幼馴染。
そう。父の再婚相手は、その母親だ。
何もこんな近場で再婚なんてしなければいいのに。
誠もその母親も、何度か会ったことがある。
それだけに今更家族となると言われても、なんか複雑すぎる。
「それなら私はいいよ。遠慮しとくー。だって、何か変な雰囲気になっちゃうだろうし」
「それでも……」
「だから反対なんて子どもみたいなこと言わないから大丈夫だよ」
反対はしない。でも、家族になるっていうのには違和感がある。
父の妻になるのはいいけど、家族っていうのは私にとっては何か違うんだ。
自分があの中では、異質な気がするから。
でも再婚したら、二人はきっとここに住むはず。
家はとっても大きいけど、今までのような暮らしは出来ないと思う。
気を遣わないわけにもいかないし。
住んでいれば顔も合わせる。
それが……なんか嫌だなんだ。
言葉にするのも難しい、違和感。
「その日も出かけてくるから、私のことは気にしないで」
「香織、ちょっと待ちなさい」
「じゃーねー」
引き止める父を無視し、ひらひたと手を振りながら私はリビングをあとにした。
◇ ◇ ◇
「もしもーし、向くん、今大丈夫?」
ベッドに横になったまま、私はスマホを耳に付ける。
数回のコール音のあと、耳触り良く優しい声が聞こえてきた。
「はいはい。どーした、香織」
「もーさー、聞いて? やっぱりお父さん再婚するんだって」
「うぇー。大変だな、それ。大丈夫か?」
「ん-。ちょっと微妙」
父にも言えない本音は、彼になら素直に言うことが出来た。
私にとって一番の理解者。
嫌なことも悲しいことも、全部全部分かってくれる。
「幼馴染の親だっけ、再婚相手」
「そーなの」
「あー、俺だったら無理だわ。だって、その幼馴染が兄妹になるってことだろ?」
「……うん」
再婚は別に構わないし、相手が悪いわけでもない。
でもこの関係性がどうしても嫌だった。
どうして父は幼馴染の母親と再婚するんだろう。
悪い人ではないことは知っている。
「別にそんな近場で再婚しなくてもなぁ」
「そーなんだよね。なまじ幼い頃から知ってるだけに、なんかヤダ」
「わかるわー」
向陽の言葉に私は、ほっと胸を撫でおろした。
この何とも言い表せない気持ちの悪さは、自分だけじゃないんだ。
それだけで安心出来た。
「反対しないだけマシと思えっつーのな」
「うん。ホントそれ」
「もーさ、いっそ高校卒業したら家出ちゃえよ」
「ん-。一人暮らしかぁ」
現実的な話ではないことは分かってる。
もう受験シーズンは始まっているし、一人暮らしでの大学生活なんて父が許しそうもない。
背中にあたるシーツがゆっくりと温かくなっていく。
何も考えたくない。
そんな思いすら、吸い込まれていくようだ。
「俺さ、進学しないで隣町で就職することにしたんだ」
「えー? そうなんだ」
隣町ってことは、近距離でもないけど遠距離でもないか。
ただ学生と会社員では時間とかも違うし、大丈夫かな。
向陽がいなくなったら、私きっとダメになる。
友達だって多い方じゃないし。
家にも居場所がない。
私、どうなるんだろう。
「香織、お前もさ、一緒に来いよ」
「えー、でも大学が……」
「そんなのどうでもいいし、あ、そうだ。専業主婦にでもなってパートすればいいじゃん」
「えええ? それって……」
思わず私は体を起こした。
専業主婦? パート? それって、それって。
「向くん、結婚してくれるってこと?」
「そうそう。そしたら、もう考えなくてもいいだろ。そんなめんどくさいこと」
なんかプロポーズの言葉にしてはアレだけど、でも向陽と家族になれば、本当の意味で自分だけの家族が出来る。
私だけの家族……。
「俺は香織のことを一番に考えてやってるんだから」
「うん。ありがとう、向くん」
その後、父の猛反対を押し切って、高校を卒業してすぐに入籍した。
もう二度と家に帰って来るなと言われた父の言葉は、もしかしたら売り言葉に買い言葉だったのかもしれない。
でも私はその日以来、家族に連絡を取ることは二度となかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます