子供達と神々の神楽 ～序の章～

紫織の秘密と北斗の変化

　スセリは臣（おみ）器（き）を光（ひかり）の球（きゅう）体（たい）に戻（もど）すと、葉（よう）司（じ）達（たち）の目（め）の前（まえ）から消（け）し、結（けっ）界（かい）を貼（は）ったので安（あん）全（ぜん）だと説（せつ）明（めい）。

　その話（はな）しを受（う）け紫（し）織（おり）は、雑（ぞう）木（き）林（ばやし）に騒（さわ）ぎを聞（き）き付（つ）けた他（ほか）の人（にん）間（げん）が来（く）るかも知（し）れないと、黒（くろ）沢（さわ）家（け）に戻（もど）ってからきちんと話（はな）しを聞（き）く事（こと）を提（てい）案（あん）。

　それを承（しょう）諾（だく）したスセリと一（いっ）緒（しょ）に、葉（よう）司（じ）達（たち）は黒（くろ）沢（さわ）家（け）に戻（もど）っていた。

　因（ちな）みにスセリの移動（いどう）手段（しゅだん）は、恵（え）理（り）花（か）の勾（まが）玉（たま）のペンダントに宿（やど）ってである。

　葉（よう）司（じ）、太（たい）耀（よう）、北（ほく）斗（と）は泥（どろ）だらけ。

　家（いえ）に上（あ）げる訳（わけ）にも行かず、紫（し）織（おり）は薫（かおる）を含（ふく）めた四（よ）人（にん）を中庭（なかにわ）に待（ま）たせ、恵（え）理（り）花（か）と共（とも）に葉（よう）司（じ）達（たち）のお風呂（ふろ）の用（よう）意（い）を始（はじ）めた。

「二（ふた）人（り）共（とも）、暗（くら）い顔（かお）するな、スセリが結（けっ）界（かい）を張（は）ったって言（い）ってただろう?」

　中（なか）庭（にわ）でお風呂（ふろ）の用（よう）意（い）が出（で）来（き）るのを待（ま）っていた太（たい）耀（よう）は、落（お）ち込（こ）んでいる北（ほく）斗（と）と薫（かおる）に気（き）付（づ）き、そう話（はな）し掛（か）け、スセリもそれに続（つづ）ける。

「二（ふ）人（たり）共（とも）、安（あん）心（しん）なさい。先（さき）程（ほど）説明（せつめい）した通（とお）り、見（み）えてはいませんが私（わたし）の結界（けっかい）が張（は）って在（あ）ります。アラハバキの手（て）下（した）には見（み）付（つ）けられ無（な）いでしょう」

　すると薫（かおる）が、申（もう）し訳（わけ）無（な）さそうにスセリに答（こた）える。

「違（ちが）うんです……　えっと」

　そう言（い）った薫（かおる）は、北（ほく）斗（と）達（たち）三（さん）人（にん）の顔（かお）を確認（かくにん）。

　そのまま俯（うつむ）いたので、それを見（み）ていたスセリは薫（かおる）に聞（き）く。

「もしかして私（わたし）が邪魔（じゃま）なら、暫（しばら）く別（べつ）の所（ところ）に行（い）ってましょうか?　何（なに）か有（あ）れば呼（よ）んでくれれば良（い）いから」

　スセリの言（こと）葉（ば）に、薫（かおる）は再（さい）度（ど）北（ほく）斗（と）達（たち）三（さん）人（にん）の顔（かお）を確認（かくにん）。

　北（ほく）斗（と）は薫（かおる）が自（じ）分（ぶん）達（たち）にだけ、何（なに）かを話（はな）したいのだと理解（りかい）しスセリに言う。

「ごめんスセリ、少（すこ）し何所（どこ）か別（べつ）の場（ば）所（しょ）に行（い）っててくれる」

「分（わ）かりました。元（げん）気（き）を出（だ）してね」

　心（しん）配（ぱい）そうにそう言（い）って、スセリが姿（すがた）を消（け）す。

　それを確（かく）認（にん）した薫（かおる）は、北（ほく）斗（と）達（たち）に申（もう）し訳（わけ）なさそうに話（はな）し出（だ）す。

「すみません。　……皆（みな）さんから見（み）て、紫（し）織（おり）さんとはどう言（い）った方（かた）でしょうか?」

　思（おも）いも寄（よ）らない薫（かおる）の言（こと）葉（ば）に、三（さん）人（にん）は面（めん）喰（く）らう。

「何（なん）だよ行（い）き成（な）り?」

　そして葉（よう）司（じ）が不思議（ふしぎ）そうに薫（かおる）に聞（き）き返（かえ）した。

「実（じつ）は紫（し）織（おり）さん、私（わたし）の祖（そ）父（ふ）を御（ご）存（ぞん）知（じ）の様（よう）なのですが……　なぜか隠（かく）しておきたい様（よう）でして、落（お）ち着（つ）いて来（き）たら急（きゅう）に気（き）になってしまいまして。恵（え）理（り）花（か）さんの前（まえ）で聞（き）く訳（わけ）にもいきませんし、皆（みな）さんに聞（き）くのもどうかと悩（なや）んでいたんです」

　そう言（い）った薫（かおる）に、太（たい）耀（よう）は真面目（まじめ）な顔（かお）をして答（こた）える。

「そう言（い）う事（こと）なら、僕（ぼく）が後（あと）で父（とう）さんを通（とお）して恵（え）理（り）花（か）の父（ちち）親（おや）に聞（き）いてやる。だから怖（こわ）く無（な）いなら、もう少（すこ）し明（あか）るく振（ふ）る舞（ま）ってくれ。恵（え）理（り）花（か）が無駄（むだ）に心（しん）配（ぱい）する」

　すると薫（かおる）は太（たい）耀（よう）の言（い）う通（とお）りだと納得（なっとく）し、少（すこ）し不思議（ふしぎ）そうに言（こと）葉（ば）を返（かえ）す。

「……すみません、確（たし）かにその通（とお）りですね。それより太（たい）耀（よう）君（くん）は恵（え）理（り）花（か）さんの御（ご）家（か）族（ぞく）とは、どう言（い）った御（ご）関係（かんけい）で?」

「あぁ、親（おや）同（どう）士（し）が友達（ともだち）なんだ。恵（え）理（り）花（か）の両（りょう）親（しん）と僕（ぼく）の父（とお）さんは今（いま）、一緒（いっしょ）に東（とう）京（きょう）で会（かい）社（しゃ）を経営（けいえい）してる」

　太（たい）耀（よう）がそう行（い）い終（お）わると、今（こん）度（ど）は葉（よう）司（じ）が笑（え）顔（がお）で薫（かおる）に教（おし）える。

「気（き）にすんなって。紫（し）織（おり）婆（ばあ）さんは怖（こわ）いけど、良（い）い人（ひと）だからさ」

「怖（こわ）がってるのは、葉（よう）司（じ）君（くん）だけだけどね」

　北（ほく）斗（と）がそう続（つづ）けると、薫（かおる）は微（ほほ）笑（え）んで三（さん）人（にん）に言（い）う。

「やはり聞（き）いてみるものですね、太（たい）耀（よう）君（くん）も葉（よう）司（じ）君（くん）もありがとう御座（ござ）います。悪（わる）い事（こと）ばかりでもありませんね、北（ほく）斗（と）君（くん）を間（あいだ）に挟（はさ）まずに二（ふた）人（り）と話（はな）す機（き）会（かい）も出（で）来（き）ましたし」

「そう言（い）えば、面（めん）と向（む）かってちゃんと話（はな）したのって初（はじ）めてだっけ?」

　太（たい）耀（よう）がそう聞（き）くと、薫（かおる）は頷（うなず）いて言（こと）葉（ば）を返（かえ）す。

「……はい、多（た）分（ぶん）」

　　★★★★

　薫（かおる）達（たち）の様（よう）子（す）を、姿（すがた）を隠（かく）して伺（うかが）っていたスセリは、大（おお）きめの毛（もう）布（ふ）を用（よう）意（い）している紫（し）織（おり）の居（い）る部（へ）屋（や）へ移（い）動（どう）し、紫（し）織（おり）に言（い）う。

「御免（ごめん）なさい紫（し）織（おり）、手（て）伝（つだ）え無（な）くて……　それと話（はな）しが有（あ）るのだけど良（い）いかしら?」

　部（へ）屋（や）に現（あらわ）れたスセリを、紫（し）織（おり）は不思議（ふしぎ）に思（おも）い聞（き）き返（かえ）す。

「スセリ？　子供（こども）達（たち）の方は如何（どう）したんだい」

「貴方（あなた）が円（まどか）の名（な）前（まえ）を出（だ）すから、円（まどか）の孫（まご）が悩（なや）んじゃってて。子供（こども）達（たち）が話（はな）しを聞（き）いてくれたわ。私（わたし）はお邪魔（じゃま）虫（むし）よ」

　スセリが砕（くだ）けた口調（くちょう）でそう言（い）うと、紫（し）織（おり）は困（こま）った顔（かお）をして言（い）う。

「そう言（い）う事（こと）かい、仕（し）方（かた）ないねぇ。まぁ私（わたし）の失敗（しっぱい）だ、恥（はず）かしいけど、男（おとこ）共（とも）には二（・）人（・）との関係（かんけい）はバラすしかないか……　それより何（なん）でアンタは此処（ここ）に来（き）たんだい、姿（すがた）を消（け）してさ。念（ねん）話（わ）とか言（い）うやつで、教（おし）えてくれれば良（よ）かっただろうに?」

　そう言（い）って不思議（ふしぎ）がる紫（し）織（おり）に、スセリは微（ほほ）笑（え）んで言う。

「葉（よう）司（じ）君（くん）が言（い）っていたわよ、貴方（あなた）は怖（こわ）いけど良（い）い人だって」

「何だいそれは……　邪魔（じゃま）だよ、ほら退（ど）いておくれ!」

　紫（し）織（おり）はスセリの言（こと）葉（ば）をぶっきらぼうに返（かえ）した。

　……いや、ぶっきらぼうに返（かえ）したつもりでいた。

　しかし自（じ）分（ぶん）の姿（すがた）は、映（うつ）す物（もの）がなければ確認（かくにん）は出（で）来（き）無（な）い。

　少（すこ）し嬉（うれ）しそうな紫（し）織（おり）は、毛（もう）布（ふ）を持（も）って部（へ）屋（や）を出（で）、葉（よう）司（じ）達（たち）の居（い）る中庭（なかにわ）に向（む）かって行く。

　スセリはそんな紫（し）織（おり）の後（うし）ろ姿（すがた）を見（み）送（おく）りながら思（おも）う。

（羨（うらや）ましい限（かぎ）りね、良（い）いお祖母（ばあ）ちゃんになって……）

　そんな事（こと）を思（おも）われているとは思（おも）いも寄（よ）らない紫（し）織（おり）は、中庭（なかにわ）に着（つ）くと葉（よう）司（じ）達（たち）と会（かい）話（わ）をしている、薫（かおる）に申（もう）し訳（わけ）無（な）さそうに謝（あやま）る。

「さっきスセリに聞（き）いたよ。薫（かおる）、 無駄（むだ）に悩（なや）ませちまって悪（わる）かった。お前（まえ）達（たち）、これから話（はな）す事（こと）は恵（え）理（り）花（か）には恥（はず）かしいから内緒（ないしょ）にしておくれ。良（い）いね……」

　紫（し）織（おり）が年（とし）甲斐（がい）もなく、少（すこ）し恥（はず）かしそうにそう言（い）ったので、北（ほく）斗（と）は紫（し）織（おり）に聞（き）き返（かえ）す。

「ボク達（たち）も聞（き）いて良（い）いの?」

「学（がっ）校（こう）とかで、こっそり話（はな）されるよりましさ」

　そう言（い）う紫（し）織（おり）の後（うし）ろから、スセリが声（こえ）と共（とも）に笑（え）顔（がお）で現（あらわ）れる。

「面（おも）白（しろ）そうな話（はな）しね紫（し）織（おり）、私（わたし）も聞（き）きたいわ」

　後（うし）ろからの突（とつ）然（ぜん）の声（こえ）に、紫（し）織（おり）は驚（おどろ）いて振（ふ）り返（かえ）り、同（おな）じく現（あらわ）れたスセリに驚（おどろ）いた葉（よう）司（じ）達（たち）だが、薫（かおる）はふと不思議（ふしぎ）に思（おも）いスセリに尋（たず）ねる。

「スセリ比（ひ）売（め）、どうして紫（し）織（おり）さんの名（な）前（まえ）を?」

　薫（かおる）の言（こと）葉（ば）で自（じ）分（ぶん）の失敗（しっぱい）に気（き）が付（つ）いたスセリは、紫（し）織（おり）の横（よこ）に立（た）って慌（あわ）てて嘘（うそ）を言（い）う。

「さっき紫（し）織（おり）から聞（き）いたのよ、貴方（あなた）達（たち）の名（な）前（まえ）も一緒（いっしょ）にね」

　その様（よう）子（す）を呆（あき）れて見（み）ていた紫（し）織（おり）は、溜（た）め息（いき）を吐（つ）いてから、葉（よう）司（じ）達（たち）の方（ほう）を向（む）いて話（はな）し出（だ）す。

　少（すこ）し恥（は）ずかしそうに……

「薫（かおる）の祖父（そふ）の円（まどか）は、私（わたし）の昔（むかし）の婚約（こんやく）者（しゃ）なのさ。最初（さいしょ）会（あ）った時（とき）は苗字（みょうじ）が違（ちが）うから、気（き）が付（つ）かなかったんだよ。勿論（もちろん）、薫（かおる） の祖（そ）母（ぼ）の葵（あおい）とも知（し）り合（あ）いだよ」

「ですが祖（そ）父（ふ）母（ぼ）の葬儀（そうぎ）には入（い）らしてませんでしたよね?」

　薫（かおる）がそう聞（き）き返（かえ）すと、紫（し）織（おり）は再（さい）度（ど）少（すこ）し恥（はず）かしそうな顔（かお）をして言（い）う。

「彼奴（あいつ）等（ら）に、泣（な）き顔（がお）を見（み）せたくなかったからね。それと墓（はか）の方（ほう）には挨拶（あいさつ）させて貰（もら）ったよ」

「そうだったんですか……、恥（は）ずかしい思（おも）いをさせて申（もう）し訳（わけ）有（あ）りません」

　そう謝（あやま）る薫（かおる）に、紫（し）織（おり）は微（ほほ）笑（え）んで言（こと）葉（ば）を返（かえ）す。

「謝（あやま）る必要（ひつよう）は無（な）いさ。私（わたし）が大人（おとな）の対応（たいおう）じゃなかっただけだからね……」

　そこまで言（い）って紫（し）織（おり）は、毛（もう）布（ふ）を床（ゆか）に置（お）きスセリに聞（き）く。

「スセリ、悪（わる）いけど一緒（いっしょ）に来（き）てくれるかい?」

「何（なん）でかしら?」

　スセリが不思議（ふしぎ）そうにそう言（い）い返（かえ）すと、紫（し）織（おり）は葉（よう）司（じ）、太（たい）耀（よう）、北（ほく）斗（と）に向（む）かって言（い）う。

「私（わたし）はその、小（こ）汚（ぎたな）い服（ふく）を入（い）れる洗濯籠（せんたくかご）を持（も）って来（く）る。それまでに準（じゅん）備（び）をしておきな」

　それを聞（き）いた葉（よう）司（じ）は驚（おどろ）き、紫（し）織（おり）に言（い）い返（かえ）す。

「ちょっと待（ま）ってくれ、中庭（ここ）で脱（ぬ）ぐのかよ!!　流石（さすが）に中庭（ここ）は……」

　勿論（もちろん）、太（たい）耀（よう）と北（ほく）斗（と）も慌（あわ）てふためいて居（い）る。

「何（なに）一丁前（いっちょうまえ）な事（こと）言（い）ってるんだい。塀（へい）が有（あ）るし、薄暗（うすぐら）いから問（もん）題（だい）は無（な）いだろ」

　紫（し）織（おり）はそう言（い）い終（お）わると、恵（え）理（り）花（か）の居（い）るお風呂（ふろ）場（ば）にスセリと共（とも）に去（さ）って行（い）った。

　★★★★

　黒（くろ）沢（さわ）家（け）のお風呂（ふろ）の用（よう）意（い）が出（で）来（き）て二（に）十（じゅう）数（すう）分（ふん）後（ご）。

　太（たい）耀（よう）は先（さき）に薫（かおる）とお風（ふ）呂（ろ）に入（はい）り上（あ）がっていて、今（いま）お風（ふ）呂（ろ）場（ば）には葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）が二（ふた）人（り）きり。

　何（な）故（ぜ）こんな事（こと）に成（な）ったかと言（い）うと、黒（くろ）沢（さわ）家（け）のお風（ふ）呂（ろ）場（ば）は、小（しょう）学（がく）五（ご）年（ねん）生（せい）が三（さん）人（にん）で泥（どろ）を落（お）とす広（ひろ）さが無（な）く、北（ほく）斗（と）が葉（よう）司（じ）に話（はな）しが有（あ）るとこっそり耳（みみ）打（う）ちをした事（こと）が原（げん）因（いん）。

「ごめん葉（よう）司（じ）君（くん）、無理（むり）言（い）っちゃって……」

　浴（よく）槽（そう）の中（なか）、先（さき）に体（からだ）を洗（あら）い終（お）わっている北（ほく）斗（と）がそう言（い）い、プラスチックのタライで浴槽（よくそう）の外（そと）からお湯（ゆ）を汲（く）んでいる葉（よう）司（じ）は、その北（ほく）斗（と）の言（こと）葉（ば）に言（い）い返（かえ）す。

「それは別（べつ）にいいけど、話（はな）しって何（なん）だよ?」

「それは、えぇっと……」

　葉（よう）司（じ）に返（かえ）された言（こと）葉（ば）に北（ほく）斗（と）は少（すこ）し悩（なや）む。

　　バッシャーン

　北（ほく）斗（と）が悩（なや）んでいる間（あいだ）に、葉（よう）司（じ）はタライのお湯（ゆ）で体（からだ）の泡（あわ）を流（なが）し、浴槽（よくそう）に入（はい）った。

「……葉（よう）司（じ）君（くん）。恵（え）理（り）花（か）ちゃんの事（こと）好（す）きだよね?」

　そう切（き）り出（だ）した北（ほく）斗（と）の言（こと）葉（ば）に、葉（よう）司（じ）の顔（かお）は赤（あか）い。

　言（い）い終（お）わり……　

　北（ほく）斗（と）は自（じ）分（ぶん）が何（なん）で、こんな話（はな）しを葉（よう）司（じ）にしているのか不思議（ふしぎ）に思（おも）う。

　普（ふ）段（だん）の北（ほく）斗（と）なら絶対（ぜったい）、こんな話（はな）しを葉（よう）司（じ）に対（たい）してしない。

　葉（よう）司（じ）が困（こま）るし。自（じ）分（ぶん）も置（お）かれている立（たち）場（ば）を理（り）解（かい）したくないから……

　でも北（ほく）斗（と）は言（い）わなければいけない気（き）がした。

　もしかしたら北（ほく）斗（と）は、自（じ）分（ぶん）の立（た）ち位（い）置（ち）を確認（かくにん）したかったのかも知（し）れない。

　だから敢（あ）えて、北（ほく）斗（と）は『……葉（よう）司（じ）君（くん）。恵（え）理（り）花（か）ちゃんの事（こと）好（す）きだよね?』と、葉（よう）司（じ）に尋（たず）ねた。

　顔（かお）の赤（あか）い葉（よう）司（じ）を見（み）て、北（ほく）斗（と）は申（もう）し訳（わけ）無（な）さそうに言（い）う。

「ゴメン、今（いま）のは忘（わす）れて」

「今（こん）度（ど）変（へん）な事（こと）言（い）ったら、風呂（ふろ）に頭（あたま）沈（しず）めてやるからな……」

　そう言（い）ってそっぽを向（む）いた葉（よう）司（じ）の胸（むね）は高（たか）鳴（な）っており、北（ほく）斗（と）はそんな葉（よう）司（じ）に謝（あやま）る次（つ）いでに尋（たず）ねる。

「だからゴメンってば。そう言（い）えば凄（すご）いね葉（よう）司（じ）君（くん）、ボクにはあんな勇（ゆう）気（き）は無（な）いよ」

　葉（よう）司（じ）は北（ほく）斗（と）が何（なに）を言（い）っているのか分（わ）からず、顔（かお）を振（ふ）り戻（もど）し聞（き）き返（かえ）す。

「何（なん）の事（こと）だよ?」

「ほら。恵（え）理（り）花（か）ちゃんを護（まも）る為（ため）に、アラハバキに立（た）ち向（む）かったじゃない?」

　北（ほく）斗（と）の説（せつ）明（めい）に、葉（よう）司（じ）は北（ほく）斗（と）が何（なに）の事（こと）を言（い）っているか理（り）解（かい）し、少（すこ）し俯（うつむ）きかげんで恥（は）ずかしそうに答（こた）える。

「アレは、そのぉ……よく考（かんが）えてなかったんだよ。……てか、お前（まえ）等（ら）も撲（なぐ）り掛（か）かってたじゃねぇか」

　言（い）われた北（ほく）斗（と）は、昔（むかし）感（かん）じていた想（おも）いを思（おも）い出（だ）す。

　今（いま）でも多（た）少（しょう）有（あ）る、見（み）ない振（ふ）りをしていた葉（よう）司（じ）への強（つよ）い劣（れっ）等（とう）感（かん）と、憧（あこが）れを混（ま）ぜた様（よう）な想（おも）い。

（それじゃ駄（だ）目（め）なんだよ、多（た）分（ぶん）……）

　そんな想（おも）いを感（かん）じながら……

　「そうなんだけどさ……」

　北（ほく）斗（と）は、そう呟（つぶや）いた。

　あの時（とき）、北（ほく）斗（と）は恵（え）理（り）花（か）を助（たす）けたかった気（き）持（も）ちは有（あ）った……

　それこそ葉（よう）司（じ）と同（おな）じぐらいには。

　でも結局（けっきょく）、葉（よう）司（じ）がアラハバキに捕（つか）まるまでは動（うご）けなかったのだ。

（それが葉（よう）司（じ）君（くん）とボクの違（ちが）い）

　今（いま）までなら受（う）け入（い）れられていたその感（かん）情（じょう）を、北（ほく）斗（と）は今（いま）は受（う）け入（い）れられずに悩（なや）んでいる。

（やっぱりボクは……）