第二部「政争」
第13話『物部泰三銃撃事件!!』
政争が幕を開ける──
辞任した物部に代わり、新しく内閣総理大臣、保守党総裁に当選した羽賀信義は、新型感染症禍とそれに伴う東京オリンピック・パラリンピックの延期による国民の不満を引き受けながらの政権運営を強いられた。
官房長官時代には会見で失言のない問答を誇った羽賀は、総理大臣になっても同じ態度で臨み、その鉄壁加減が冷たいのではないかとの不評を買った。
羽賀信義は庶民派で行政のコストカットを持論とする一方、行政機構の政治的コントロールに比重を置く強権的な政治家でもある。あるいは羽賀は国民をコントロールすることに頭がいっぱいで、肝心のビジョンが見えない……との批評家の見方もあった。
羽賀の本性が垣間見えたのは、総裁選メディア向け討論会での一コマである。
「自助。共助。公助。そして規制改革」
と、社会福祉に頼る前に、自分で何とかしろとのたまわったのである。
規制改革とあったが、羽賀は人材派遣会社会長竹内蔵之介をブレーンとして重用することになる。それは関西発の政党なにわ維新の会も同様だ。行政やインフラを安く叩き売り、安い人材や商材を詰め込み、見せかけの雇用を水増しする……これが新自由主義の正体である。
羽賀の政治的統制は学会にも及んだ。学術会議において、政府与党に批判的な社会学者の任命に拒否権を発動したのである。この拒否権発動を羽賀総理に注進したのが公安警察出身の内閣官房副長官である。
一方、庶民派宰相らしく、羽賀の施策は不妊治療の保険適用、携帯電話料金の値下げなどやけに具体的だった。
突破力を期待し、武闘派の奥羽太郎をワクチン担当大臣とするなど大胆な人事もあった。
……これらの顛末をまとめた政治バラエティー映画を、秋津、国枝、柏木は鑑賞していた。
タイトルは「パンケーキを毒見する」だ。パンケーキ好きの羽賀を揶揄するタイトルを堂々とつけたその実、皮肉たっぷりの映画だ。ジャーナリスト磯月望子が製作に携わった映画だった。
その映画の公開のおおよそ一か月後、羽賀政権は退陣に追い込まれる。
磯月望子は官房長官時代の羽賀に「あなたに応える必要はありません」と答弁拒否されており、そのフラストレーションが映画媒体を用いた羽賀おろしに結びついたのだろうか……
新型感染症の猛威に加え、政権を追い詰める出来事があった。
現職の国家公安委員長兼防災担当大臣が横浜市長選挙に立候補し、大惨敗したのだった。地方選挙の敗退は保守党の凋落を示すものではなかったか。
そして、保守党総裁選が迫る中、羽賀の下では総選挙を戦えないと、羽賀おろしの機運が高まってくる。
岸本勇雄前政務調査会長は総裁選にいち早く出馬表明をした。争点に、党役員の任期を1年連続3期までとすることを掲げたのである。羽賀と枢軸を結ぶ御屋敷芳弘幹事長を念頭に置いたのは明らかであった。
総裁選にあたり、派閥にも異変があった。静和会を率いる物部泰三前総理と、威公会を率いる青梅一郎副総理兼財務大臣は、派閥を羽賀支持で取りまとめることをしなかった。
いよいよ切羽詰まった羽賀は、幹事長人事の刷新を行う。御屋敷を先に引退させることで、岸本が掲げた争点を潰す構えだ。
「人事の刷新を行いたいと思います」
「どうぞ、私に遠慮せずに、やってください」
御屋敷は羽賀の引導を受け入れた。
続いて、羽賀は解散総選挙の戦略について側近らと合議した。
自身の政権を延命するため、先に衆議院を解散して、その後で内閣改造党役員人事を行うつもりでいた。
ところが……
【 NKHニュース速報:羽賀首相、九月中旬に衆議院解散の意向 】
支持率が低迷した羽賀の下では選挙を戦えないと、与党内から猛反発があった。
羽賀信義総理大臣は翻意して先に人事を行うこととした。因幡守元幹事長、奥羽太郎ワクチン担当大臣、大泉進太郎環境大臣ら国民人気の高い政治家を幹事長や政調会長にあてがい政権浮揚を狙う。大泉を四日連続で官邸に呼びつけ、進退の相談を行ったが……
「勝敗にすらならない大敗になる可能性があります。ですが、やるなら私は応援致します」
羽賀は──引退を決断した。
* *
保守党総裁選挙に立候補したのは、以下の四名である。
青山春之助元千葉県知事
岸本勇雄前政務調査会長
奥羽太郎ワクチン担当大臣
早乙女ミエ元総務大臣
昭和の青春スター、青山春之助は再び秋津悠斗の前に立ちはだかろうとしていた。御屋敷芳弘の後援を受けた候補としてだ。
もちろん青山がそうであるように、多くの候補は派閥の後押しを受けていた。もっとも岸本は自らが派閥会長を務めるが。早乙女ミエは派閥に属さないが、思想の近い物部泰三の支持を得る。例外は奥羽太郎である。青梅派でありながら、領袖の青梅一郎の意に反しての出馬だ。
物部、青梅は青山春之助を総理総裁にさせたくなかった。
だからこそ、派閥の力でそれ以外の候補に得票させて、一位、二位は岸本、奥羽、早乙女のいずれかで決選投票を行う構えだ。このうち、岸本と早乙女はもし相手が決選投票に進んだ場合、互いに支援しあう旨の密約を結んでいた。
決選投票で勝ち残ったのは、岸本勇雄と奥羽太郎である。
結局、保守党が選んだ新しい総理総裁は調整型の岸本勇雄であった。
以下が、岸本新政権の組閣・党役員の主だった人事である。
閣僚人事
内閣官房長官 松田博嗣(物部派)
経済安全保障担当大臣 早乙女ミエ(無派閥)
外務大臣 茂手木敏正(茂手木派)
経済産業大臣 西村篤志(物部派)
防衛大臣 荒垣健(荒垣派)
党人事
副総裁 青梅一郎(青梅派)
幹事長 毛利明(青梅派)
政務調査会長 立花康平(荒垣派)
総務会長 青山春之助(御屋敷派)
広報本部長 奥羽太郎(青梅派)
国会対策委員 大泉進太郎(無派閥)
また、岸本総裁は、秋津文彦、秋津悠斗に対し、党千葉県連を通じてある提案をした。
「党選挙対策委員会は、秋津文彦千葉県第n選挙区支部長を次期衆議院選挙に公認しない」
「党青年局は、秋津悠斗元党学生部中央執行委員長を、党青年局幹事、あわせて千葉県連青年局長にあてる」
これはすなわち、不祥事を起こした秋津文彦を更迭し、若くフレッシュな秋津悠斗を地方の顔にするということだ。
内閣改造、党役員人事直後、ただちに衆議院が解散された。
保守党、公民党は議席を守ったが、そこで思わぬアクシデントが起こる。
現職の幹事長、毛利明が小選挙区で落選し、比例で復活したのだ。
岸本は、茂手木敏正を幹事長とし、後任の外務大臣に自派閥から森田正好をあてた。
静和会は、人事を断行する岸本に対抗心を燃やす。そこで正式に物部泰三元内閣総理大臣を派閥会長に据え、元総理の権威と所属議員数を以て現総理総裁に対抗しうる派閥となった。
ハト派の岸本派を青梅派、茂手木派が支え、その三頭政治にタカ派の物部派が口出しし、非主流派の羽賀、御屋敷が掣肘する。
参議院議員選挙も迎え、そのような政局が続くと思われた矢先……
* *
二〇二二年七月八日。奈良県大和西大寺駅──
『彼は、できない理由を考えるのではなく──』
物部泰三元内閣総理大臣が握りこぶしを振るい、勇ましい応援演説を披露する。
その時、
爆発音とともに白煙が辺りを包んだ!
聴衆がどよめく。
物部はとっさに背後を振り向いた。
その隙を突き、二発目の凶弾が発射された!
ワイシャツの襟に血飛沫が走る。倒れ込む物部。
老婦人が悲鳴を上げ、皆口々に救急車、AEDと叫ぶ。
SPが容疑者を取り押さえ、手製散弾銃がアスファルトに転がる。
【 NKHニュース速報:物部元首相、血を流し倒れる。銃声のような音 】
その速報に大勢の人らが衝撃を受け、テレビに釘づけとなった。
物部はドクターヘリで奈良県の大病院に運ばれたが、手術の結果は、現実世界とは異なるものとなっていた。すなわち、一命はとりとめたのだ。
この日、物部泰三は銃撃された。毀誉褒貶ある日本のリーダー、保守政治の巨星は第一線からの脱落を余儀なくされたのである。
その夜。秋津悠斗は動揺を隠しきれず、斯波たちとSNSで通話することとした。皆大事件に浮足立っていた。
「もしもし」
「おお、秋津君か」
秋津悠斗は慌てたあまりボリューム設定を間違え、やや聞き取りづらい声量となってしまっていた。
「聞こえるようにしゃべってください」
その時、お調子者のメンバーが秋津悠斗に指摘した。
「うるさい!」
悠斗は瞬間湯沸かし器みたいに理性を忘れて怒鳴った。
「俺は保守党千葉県連青年局長としてここに来てるんだよ! 物部総理が大変なときに、余計なことを言うな!」
斯波は頭を抱えた。熱い志を持っているが激しやすい悠斗は政治家志望としてまだまだ修行が足りないかもしれないと。
斯波は話の流れを変えることを試みた。
「しかしこれで相当数の同情票が保守党に投じられるな」
実際その通りだった。保守党は今回の参議院議員選挙で大勝したのだ。
事件の余波は続く……
物部を会長に据えたばかりの静和会も、対応に苦慮した。静和会は当分新たな会長を置かず、西村篤志経済産業大臣ら複数の閣僚経験者を常任幹事とし、ほぼ無名の年長議員を座長とする集団指導体制に移行した。
やがて容疑者の目的が明らかとなった。天下統一教会の広告塔を務めていた物部への怨恨だった。家族の絆を重んじ、反共産主義を掲げる天下統一教会は、保守党、特に物部派に大規模な支援を行ってきた。支援の中には、教会信者を選挙スタッフとして派遣することも含まれている。容疑者が、家族が教会に億単位の献金をする中極貧生活を強いられた背景は、人々の同情を誘い、正義感に火をつけた。
物部派は火だるまとなり、保守党の多くの議員も芋づる式に天下統一教会との関与があきらかとなった。
翌年、岸本は政局を動かす。会長が留守の物部派や政敵を相手に、天下統一教会との関与を理由として、役職から一斉放逐したのである。
それを実行するまでには、政府与党と斯波家臣団、そして秋津悠斗の駆け引きがあった……
* *
秋津、斯波、美咲は世良田大学を根城としていた。
「すっかり遅くなってしまったな」
夕刻、大学図書館から本を借り、研究室に向かうのが彼らのルーティンであった。
今日は物部政権の荒垣健防衛大臣直々の、真のリーダーシップとは何かを問う濃密な特別講義であった。政経学部の秋津はもちろん、理学部の斯波も立ち見するほどだ。
「斯波さん、俺はますます考えを強くしたよ。やはり内部から保守党を変えなければだめだ」
「やあ、面白い話をしているね」
秋津悠斗と斯波高義の背後に立っていたのは、荒垣健防衛大臣であった!
「君たちが噂の秋津悠斗君と斯波高義さんだね、せっかくだし党本部においでよ」
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