第6話『秋津悠斗、玉川芳彦と邂逅す』

 二〇一七年十一月。秋津悠斗は内部進学の手続きを終えた。進学先は政治経済学部、政治家を目指すには王道の選択肢である。

「は~あ、あと五ヶ月でここの大学生か……」

そう思いながら、世良田大学の敷地をのんびり散策していると……

「あれ?悠斗くん?」

「あっ、美咲先輩!」

正面から西村美咲がやってきた。

「進学内定おめでとう!」

「ありがとうございます。美咲先輩は、大学に何をしに来たんですか?」

「ああ、ちょっと用事ね」

「なるほど、それでこれからどちらへ?」

「ああ、ちょっと今から知り合いの事務所に」

「事務所って、所属事務所じゃないんですか?」

「あ~、そっかぁ。まだ悠斗君には言ってなかったね」

「はい?」

「今から行くところ、お父さんにも内緒にしてくれる?」

「は、はい。勿論です」

「それが、貴方の大好きな物部総理に関することでも?」

「そ、そんな大それたところなんですか?」

「まぁ、意外とね。とりあえず、連れて行くわ」

「わ、わかりました」

「あ、そうそう、今から埼玉まで行くからね」

「別にいいっすよ」

そうして、彼は美咲に連れられて、京浜東北線に乗る。

「と言っても、市街地じゃないんですね」

「まぁね。街中だと、マスコミに凸されるでしょ?」

「確かに」

到着したのは、痴漢率第一位の某JR沿線の駅であった。

「美咲さん」

「萱野君、お待たせ。ちょっとお客さん連れてきちゃったけど、いいかな?私達の後輩なんだけど」

「ううん、まぁ大丈夫か。乗っちゃって」

そう言って、萱野光洋が運転する車に、二人は乗り込んだ。

五分後、彼らの目の前に現れたのは、和風の二階建て邸宅であった。

「事務所っぽくないんですけど……?」

「そこがミソなんだよ」

「はぁ…」

そして……

「玉川、美咲ちゃん連れてきた」

「おう、入れてくれ」

ここで悠斗は、目の前の光景に驚いた。テレビを見ていれば顔だけは知っているアイドル達が十人くらいいたのである。

「おお、お客さんか」

 茶髪マッシュの眼鏡をかけた青年が玄関にやってきた。背が高い。

「は、初めまして、秋津悠斗です。世良田大付属高校三年で、来年から政経学部に入ります」

「世良田大理学部二年の玉川芳彦です。宜しく」

互いにお辞儀してから、悠斗が芳彦の後ろに視線を移すと、青とピンクの二色が上下に配され、その中心に丸に二つ引の家紋が配された旗があった。

「秋津君、って言ったな」

「はい」

「もしかして……秋津文彦さんの御子息かい?」

「はい、その通りです」

「そうか、保守党議員の御子息か…」

芳彦は渋い顔になった。

「あの、美咲さんには、内密にと言われました」

「まぁ、そうしてくれないと、わしらは大変なことになる」

「と言いますと……」

「秋津君、この雰囲気を見て、かなり異様に感じているだろ?」

「はい、ものすごく……正直に言うと、何かの秘密結社みたいな…」

「その通り。ここは秘密結社の本部といえる」

「えっ……?」

悠斗の思考は、ショート寸前になっていた。

「秋津君、落ち着いて聞いてほしいの」

「美咲先輩……?」

「実はね、ここにいる女の子たちは、全員アイドルなの。私含め、この子たちは、春本健一に不満を持っている」

「ちょっと待って、春本と言えば、UENグループや坂グループのプロデュースをしている方ですよね?」

「そう。私以外、全員そのUENや坂のメンバー達よ」

「それが、なぜこんなところに?」

「よし君(玉川)は、今のアイドル達の労働環境や待遇をすごく憂いていて、アイドル業界の刷新を目指しているの。で、丁度私や玉川君は、去年とある授業を一緒にとって以来、春本と運営陣を失脚させようと、秘密裏に活動しているの」

「で、ここがその本部、ということ?」

「そうよ」

「それが、物部さんと、何で関係があるの?」

「物部政権は春本と昵懇の仲だ」

ここで芳彦が話し出す。

「もっと言えば、癒着関係と言った方が正確だな」

「癒着……」

そこから彼は、いかに物部泰三、羽賀信義、春本健一、そしてついでに竹内蔵之介が癒着し、どのような『実害』が出ているかをつまびらかに話した。

「そんなことを、政府が……?」

「そうだ。わしはこれを捨て置けない。美咲ちゃんやここにいるアイドル達もここ数年、春本や運営陣からパワハラやセクハラを受け続けている。それで、わしらに助けを求めてきた」

「失礼ですが、玉川さん」

「なんだい」

「貴方は、何者なのですか?」

「ただの大学生で、秘密組織の長だけど?」

「それは分かります。ですが、こんな大それたことをやるには、資金力が必要なはずです。それは……?」

「今のところは心もとない。だが後ろ盾は、無いことは無い」

「この旗にある家紋、御存じですか?」

アイドルの一人が、旗に指をさした。

「丸に二つ引……」

教養のある秋津悠斗が十秒ほど考える。

「(あれは足利家の家紋のはず。でも、足利家はもう断絶しているはず。じゃあその分家は……ってもしかして!?)」

「分かったようだな」

「もしかして、斯波家の方ですか?」

「そうだ。わしは管領斯波家の末裔だ。今の当主は、わしの叔母だ」

「なるほど……実は前に、森田元大臣から、話を聞いたことが」

「確かに、わしの母親は森田さんの妹の幼馴染だった」

「そういうことでしたか……」

「わしはな、斯波家末裔、つまりは武家の名門としての誇りにかけて、この子たちを救いたい。そのためにはやはり、春本を放逐する必要があると考えている」

「なるほど…」

「そしてわしは、これまでの春本や運営陣の悪行を、放置どころか助長してきた物部泰三政権にも落ち度があると思っている。もし、官邸との癒着含め、その悪行が白日の下にさらされれば、物部政権は窮地に陥ることは確実だろう」

「ですが玉川さん。今の外交・安全保障が上手くいっているのは、物部さんのお陰だと思うんです。そして羽賀官房長官の支えがあったからこそ、ここまで安定した政権運営ができているはずです。それなのになぜ、それを壊そうとするんですか!?」

「確かに外交・安保政策は上手く行っている。だがわしはそれ以上に、保守党内全体に巣食う癒着が許せない。それで彼女たちが悲しい目に遭っているのを、もう見ていられないんだ!」

この時点の秋津には、なぜ芳彦が、そこまで物部泰三や羽賀信義に敵意を燃やしているのか、理解することはできても、賛同することができなかった。しかし…、

「もう私たちは、あんな人たちの言いなりになりたくない!」

「写真集出すときにビキニを着させられて、その上手ブラとか……そういう対象でしかあの人たちは見ていないのよ!」

「私なんか毎日毎日働き通しで、一ヶ月で貰えるお休みはたった二、三日。私と同じような生活をしていたメンバーは、ついこの前倒れちゃって、休養に入っちゃったわ」

「あんな運営陣やプロデューサーが、このまま居座り続けていると、私、アイドル続けたくても続けられない……」

悲嘆の声を次々に上げるアイドル達を見て、悠斗はただ驚いて、黙っているしかなかった。同時に、ここまでアイドル達が苦労しているとは、想像つかなかったのである。

「そういうことだ。秋津君」

「保守党議員の息子として、のうのうと暮らしていたこれまでの環境が恵まれていたことを、改めて実感しました」

「今すぐ仲間になれとは言わない。それよりも、君の立場的に、色々難しいだろう」

「はい……」

「代わりに……」

「絶対、父含め、誰にも話しません」

「うん、有難うな」

「玉川さん。貴方のようにまっすぐな志を持った反保守党の方を、初めて見ました。ですが私は、小さいころから物部さんを目標にしています。物部さんに楯突くことはできません。ですが、どうか美咲先輩たちを、助けてあげて下さい。お願いします」

「ああ、必ずや」

「悠斗君、今日は私、ここで夕食会があるの。色々込み入った話をしなきゃいけないから」

「わかりました。では、私はこれで失礼します」

そう言って、悠斗は斯波邸、もとい『玉川党』本部を後にした。彼にとってこの出来事は、南南興短期留学に並んで、最も印象的な出来事となった……



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