第2話 為るは不定 成るは一定
踏切を渡って反対側の道路を歩き、近場のショッピングモールに入った。室内は暖房が利いていて、それだけで眠ってしまいそうなほど心地が良い。フードコートとカフェの二つで迷ったが、結局カフェを選んだ。カフェといっても、それほど立派なものではなく、所詮はチェーン店。別にチェーン店が悪いというわけではない。むしろ、学校でもどこでもチェーンのような私にはお似合いだろう。一方、不思議なことに、彼女はどこにいても似合うような気がする。高級中華料理店の円卓に座っていても、コンビニのイートインスペースに座っていても、何らかの補正がかかって、彼女をその場にマッチさせそうだ。
注文をするために列に並びながら、そんなことを考えていると、下から彼女に覗き込まれた。彼女は、私よりも背が高いような、低いような程度だから、少なくとも、下から覗き込まれるのは正常ではない。
「何?」
少しだけ驚いて、私は一歩後退する。顔があまりにも近すぎて、どぎまぎしてしまった。朝時間がなくて化粧をさぼったのがばれたかもしれない。
私の質問に対して、彼女は小さく首を傾げる。長くて細い髪が順々に左に流れていった。
彼女が手を伸ばして、私の頬に触れる。
「何?」私はまた同じことをきいた。
「 」
「いや、そんなことはないけど……」
自分たちの番が来て、私達はそれぞれ飲み物を注文する。私はココアで、彼女はコーヒーだった。私自身がココアという解釈も、別に間違っていないような気がする。もともとそんなものだろう、私って。
窓際のカウンター席に二人並んで腰を下ろした。
「はああああ……」と言いながら、私はテーブルに俯せになる。意識的に吐いた溜め息だったから、彼女に見透かされなかったか、少し心配になった。
店内の喧噪。
隣の彼女がコーヒーを啜る音。
「そういえば、今度のテスト、どうする?」俯せになったまま、私は尋ねた。
彼女はすぐには答えない。私は顔を少しだけ上げて、彼女の方を見た。彼女は、私を見て、一度天井に目を向けてから、再びもとの位置に視線を戻し、肩を竦める。それから、コーヒーを持っているのとは反対側の手を軽く挙げて、五本の指を力なく開いてみせた。
「何?」私は尋ねる。
「 」彼女は言った。
「それは、そうだよね……」私はまた俯せになる。「多いんだなあ、これが……」
私はあまりテストが得意ではない。勉強自体はどうだろう。どちらかといえば、時間に制限があるのが苦手なだけで、教科書に書いてあることを理解するだけなら、普通にできるような気がする。
「でも、貴女は、どうせ、いい点をとるんでしょ?」私は言った。
正面を向いていた顔をこちらに向けて、彼女は首を傾げる。
「いつも、どのくらいとれてるの?」
彼女は一度目を逸らし、また私を見た。首を傾げる仕草。両の掌を軽く開いて、それを力なく上に向ける。
「 」と彼女は言った。「 」
「平均とか、クラス順位とか」
「 」
「そう?」私は尋ねる。「気にならない?」
「 」
そう言って、彼女はコーヒーを飲む。
そう言われれば、自分も、別に、テストの結果など気にしていないのではないか、という気がしてきた。テストが近くなれば、当然少し焦ったりもするが、喉もとを過ぎれば熱さは忘れてしまう。
そもそも、どうして勉強しなければならないのだろうと、私は自分の腕の中で思った。良い大学に行くためだろうか。そして、良い企業に就職して、良い人生を送るためだろうか。でも、良い人生って、良い企業に就職しないと送れないものなのだろうか……。
隣に座る彼女を見る。
彼女は、相も変わらず、真っ直ぐ窓の外を見ている。
彼女は、どうやって生きるつもりなのだろう。
将来の夢なんて、あるのだろうか。
「ねえ」私は起き上がって、言ってみた。「大人になったら、一緒に暮らそうよ」
私の言葉を聞いて、彼女は目だけでこちらを見る。一度視線を離し、数秒してからまたこちらを見た。そのままじっと私を見つめる。
彼女はコーヒーを飲むと、それを私に差し出した。突如出現したカップに驚いて、私は尋ねた。
「どういう意味?」
「 」
よく分からない考え方だったが、私はカップを受け取って、コーヒーを飲んだ。
「答えられなくても、約束してほしいな」私は呟く。
彼女はまた私を見た。
それから、やはり首を傾げた。
そして、そのあとで、小さく頷いた。
「え、いいの?」
「 」
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