欲望の神さま拾いました〜焼き芋の誘惑〜

一花カナウ・ただふみ

焼き芋の誘惑

 石焼き芋を売る車のスピーカーが軽やかに歌う。販売している車は大通りにあるのだろう。部屋の窓を開けているからか、部屋の中まで宣伝文句がよく響く。


「くっ……」


 私は耳を押さえて堪えたが、素直なお腹はグゥと鳴った。スピーカーに負けない元気な腹の音である。

 焼き芋が苦手なタイプであればなんてことはなかっただろうに、残念ながら焼き芋は好物である。特に、石焼き芋は美味だ。最近の焼き芋は蜜がたっぷりのねっとりタイプもあれば、ホクホクとしたタイプもあって、選べずに迷うほど美味しい。なお、両方あれば食べ比べと称して二本は買うし、どちらも胃袋に収まってしまう。食べ切れてしまうのが悔しいけれど、翌日に残すなんてことはできないのだから焼き芋は罪なやつだ。私は悪くない。


「弓弦ちゃん、降参したらどうかな。僕と半分こするなら食べてもいいと思うんだよねえ」


 同居している彼が誘惑してくる。食欲の秋からスポーツの秋に切り替えてやっと体重が落ちてきたところなのだ。ここで食欲に負けたらすごく悔しい。


「そうはいきませんよ。ダイエット中なんですから」

「食べた分は僕と運動すればいいよ。外でも中でも付き合うからさ」


 椅子に腰をかけている彼はニコニコしながら誘ってくるが、半分以上下心があって声をかけてきているのはわかっている。彼のペースに乗せられたくない。


「先に運動でもいいと思うよ。美味しく食べられるんじゃないかな」

「食べ過ぎるのが目に見えてますよ」

「食べ過ぎたら追加で運動しよう。ストレッチにだって僕は喜んで付き合うんだけどな」


 私が恨めしい気持ちを込めて見つめれば、彼はとても綺麗な顔で色っぽい表情を浮かべる。


「ストレスを溜め込むと太りやすくなるっていうし、僕とイチャイチャして一緒に焼き芋食べようよ」

「イチャイチャだけでカロリー消費できると思わないでください」


 今夜の夕食は決まっているので、ここでオヤツをたらふく食べるわけにはいかないのである。耐えねば。


「消費できた分だけ食べればいいんじゃない?」

「大好物をひと口だけで我慢しろっていうんですか?」

「僕は一晩中でも付き合えるけど?」


 じっと見つめ合う。

 先に視線を逸らしたのは私だった。焼き芋も魅力的だけど、彼の顔もすごく好みなのである。焼き芋よりも先に自分が食べられてしまいそうだ。


「……わかりました」

「じゃあ、焼き芋を買いに行こう!」


 勢いよく立ち上がって、子どもがするみたいに彼は無邪気に笑う。こういう顔も結構好きで、つい甘やかしがちだ。よろしくない。


「一本を半分にしますからね」

「じゃあ大きいのを頼まないと」

「本気で一晩中コースを狙っているんですか?」


 靴を履いて外に出る準備をする彼に話しかければ、すぐに振り向いてニコッと笑った。


「君が望むようにするよ」


 その反応に、彼は焼き芋を食べたかっただけなのだと理解した。曲解していたのは私のほうだ。


「さあ行こう。焼き芋が無くなっちゃうよ」

「そうね」


 私は差し出された大きな手を取るのだった。


《終わり》

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