おてんば娘は世界を救う~王子さまを助けたら世界も救うことになりました~

たい焼き。

第1話 ある日、森の中で

「もう大丈夫だよ」

「……ありがとう……でも、背中に……」

「これくらい、大丈夫。君にケガがないようで良かった」

「あっ……!」



 時は少しさかのぼる。


 家からほど遠くない森の中で一人で遊んでいたら、大人くらいの大きさで全身が黒い鋭い毛に覆われた野獣に襲われた。私は、剣術も狩猟も学んでいないただの子供だ。両親の言いつけを破って一人で森の中に入ってしまった罰なのかもしれない。


 ――お父さん、お母さん……ごめんなさい。


 死を覚悟して心の中で懺悔をしていたとき、彼は静かに現れた。そして私に襲いかかろうとしていた野獣に対して、下から剣を振り上げ胸から肩にかけて傷を負わせた。

 しかし、彼もまた身体の小さい少年だった。

 少し怯みはしたが、それよりも痛みに怒りを露わにした野獣は標的を少年に替え、襲いかかった。

 私をかばうようにして野獣に背を向けた少年は、背中に大きな傷を負った。背中の痛みと衝撃に、思わず少年はその場で膝をつく。

 更に追い打ちを掛けようとしてくる野獣に、少年は残る力を振り絞って剣を振り上げて野獣を追い払う。しばらくの間、野獣は低くうなり声を上げていたが、諦めて去って行った。

 周囲の安全を確認すると、少年は私を安心させるようにほほえんで、その場に崩れ落ちた。


 慌てて彼を抱くようにして支えると、彼のかすかな呼吸が耳をくすぐる。

 目は固く閉じられていて、表情は苦しそうにゆがんでいる。

 透明感のある艶やかなシルバーの髪が顔に貼りついている。


 野獣にやられた背中が痛むのかな……。


 しかし、私は傷を治す術を何も持っていない。せめて、周りに薬草がないかな……。

 彼を抱えたまま、キョロキョロと顔だけを動かして周りを探してみるもケガに使えそうな薬草は見当たらない。


 どうしよう……。彼を村まで連れて行けば医者に診てもらえるかも。


 そうとなれば、早速移動しようと彼を抱え直す。


 ……お、重い……っ。


 私と大して身長が変わらなかったので、体重も大差ないだろうと思っていたらかなり重い。

 よく見れば大人の騎士が持っていてもおかしくないような長さの剣を腰に下げて、革で出来た胸当てをしている。

 しっかりした装備をしているようだけど、冒険者見習いのようなことをしているのだろうか。

 しかし苦しそうにしている顔にはまだあどけなさが残っていて、改めて私を守ってくれた勇敢さに感心する。

「君も怖かっただろうに……ありがとね……」


 大事な命の恩人だ。

 早く、先生に診せなくては……!


 私は自分自身に活を入れると、彼を抱えて自分の住む村へと向かうことにした。



 彼を抱えながら必死に村に戻ると、私たちを見た村の皆は様々な反応を見せた。

 土埃や汗でドロドロの私に何があったのかを聞く者、抱えていた少年を見て大慌てで「医者ぁ!」と騒ぐ者、それを聞いて私のケガの有無を心配してくれる者……いつものどかな村ではお祭りのような騒ぎになってしまった。


 その騒ぎはもちろん私の家まで届いたわけで。



「フィリン!! あんた、一人で森へ行くなってあれほど言ったでしょう!?」


 気を失ったままの少年と一緒に医者の所へ連れて行かれ、診てもらっている時にドアのほうからママが怒号と共にやってきた。


「や、やばっ……」

「フィリン、あんたって子は……」


 ママは勢いを殺すことなく、診療室まで入ってきた。

 そして私をジッと見つめてから、医者へ向き直り頭を下げる。


「この度はうちのおてんば娘が申し訳ありません」

「いやいや、ウチは別に構わんよ。……母娘共々おてんばだからな」

「いやだ、そんなの昔の話でしょう!」


 医者に片手で叩くような仕草をすると、くるっとこちらを向いた。

 再び、私の頭から足先までマジマジと見るとギュッと抱き寄せた。ママの手には力がこもっていて、もう逃がさないとばかりにキツく抱きしめられた。


「ちょっ……ママ、くるし……っ」

「本当にケガがなくて良かった……」

「ママ……」


 私はママの背中にそっと手を回して小さな声で「ごめんなさい」と謝った。


「……ぅぅ……」


 診察室の奥のベッドに寝かせていた少年から苦しそうな声が聞こえてきた。

 医者が慌てて近くにより、様子を診る。私もママの腕から抜け出して少年の元へと駆け寄る。

 少年はまだつらそうに眉根をぎゅっと寄せているが、まぶたがピクピクと動くとゆっくりと目をあけた。


「……ここは……」

「気分はどうだ? ここは君が倒れた森からほど近いトイサーチ村だ。このおてんばが運んでくれたんだ」

「おてん……あぁ君か……君は大丈夫だった?」


 目を覚ました少年は自分のことよりも先に私の心配をしてくれた。

 慌てて起き上がろうとする少年を医者が静かに制した。


「急に起き上がっちゃいかん。傷口が開いたらどうする! こっちの娘は心配ないから安心しなさい」

「……はい……」


 少年が一瞬、顔をゆがめたのは背中に痛みが走ったからだろうか。ゆがめたときに詰めた息をゆっくりと吐きながら深くベッドに沈み込む。

 私は少年の枕元に屈み込んで、言えなかったお礼を伝える。


「森では助けてくれてありがとう。本当に、ありがとう」

「僕が未熟だから……野獣を追い払うしか出来なくてすまない。……なんだか、逆に世話になってしまったな」


 傷口が痛むのを隠したような少しぎこちない笑顔で少年が答える。

 少年の瞳は薄いグレーかかった青い瞳で、嘘も偽りも見通してしまうようなキレイな目をしていた。

 彼の頭をいたわるように撫でて、少しでも痛みが和らぐように心の中で祈る。

 特別な力はないけど、少しでも気が紛れてくれれば良い。そう思いながら撫でていると、彼の呼吸が少し安らかになったような気がした。

 どうやらまた眠りについたようだ。



「こちらに医者はいるかー!」


 出入り口のほうから大きな声が響いてきた。低いけど、遠くまでよく通る声だ。


「……患者が起きちまうじゃねえか。どこのどいつだ、全く……」


 ブツブツ文句をつぶやきながら、医者が玄関口へと気怠そうに向かった。

 少し気になって耳を澄ませていると、少し話し声を拾うことが出来た。


「……こちらにシルバーの髪色をした少年が運ばれてきたと聞いたのだが」

「あぁ、今ベッドに寝かせてる患者が確かにシルバーっぽい髪だったな」

「その患者の人相を確認してもいいだろうか?」

「……勝手にはいどーぞ、と言うわけにはいかんな。信用に値するものを提示しな」


 少し間が空いて、こっちに来る足音がいくつか聞こえてきた。

 先に医者が顔を出して、彼の様子を確認した。それから後ろをふり向くと声のトーンを落として言う。


「今、寝てるから静かにな。人相の確認だけしたら出てってくれ」

「すまない。……失礼する」


 医者の後ろからガチャガチャと金属をならしながら、兵士が入ってきた。兵士は私に目もくれず、ベッドで寝ている少年へと近づく。

 硬い表情をしていた兵士のお兄さんは、少年の顔を見るとホッとしたような泣きそうな顔になり「ご無事で……」と小さくつぶやいた。

 兵士のお兄さんは大きく息を吐き出すと、やっと私に気づいたようだった。


「君は……?」

「あ、えっと……私、この子に助けてもらったの」

「……そうなのか……」


 兵士のお兄さんが難しい顔をしていると、黙って近くにいた医者が口を挟んできた。


「ちなみに酷いケガを負ったその少年をここまで運んでいたのは、この子だ」

「なっ……」

「だから、この子は恩人でもあるわけだ」


 兵士のお兄さんが、泣きそうな顔で私を見つめてきた。


「此度は、王子を助けてくださりありがとうございます」

「……お、王子……?」

「実は、ダン王子と我々は視察で近くの街まできておりました。ところが、少し目を離した隙に王子がはぐれてしまいまして……」


「で、このおてんばが森で王子様とばったり出会ったんだな」


 私を助けてくれたこの少年が……王子様!?

 そんな夢みたいなことがあるの!?


 まるでおとぎ話のヒロインになったような気分で、大人達の会話なんて耳に入らなくなっていた。



 ──これは私の淡い初恋の思い出。

 ステキな王子様と少しだけ運命が絡んだ、ひとときの夢物語。

 キレイな思い出として、ずっと心にしまって生きていく。


 そう思っていた。


 まさか10年後にあんなことになるなんて思わないじゃない?

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