第41話 出張ってヤツは…だいたい突然決まる物ですよね? 13
急ぎ王国に戻り、シドーニエに案内を頼んで登城する。執務中のビットナー伯爵に、シドーニエ名義で面会を申請して貰った。
シドーニエは、本来なら帝国での任務で王城に居る筈が無い。で…ある以上、転移魔法を使える僕が同行している事は自明だろう。
因みにビットナー伯爵は領地貴族であり、領地経営が本来の仕事なのだが、それとは別に王国軍の重鎮でもある(国軍編成時には領軍と合わせて司令官を兼任する)ので必要な時期は王都に滞在し、登城して執務を行っている。
個人使用向けの応接室でしばらく待っていると、慌てた様子でドアがノックされ、伯爵が入室して来た。
「コーサカ殿...待たせて済まない」
暫く振りの伯爵は、随分焦っている様に見えるが、王国で何かあったのだろうか?
「随分と早いのはコーサカ殿の転移のおかげだと思うが...わざわざ報告に来たという事は、何か大きな
察しが良くて助かる。取り敢えず
これは...何かとんでもない事が起こっている...そう感じさせるに十分な雰囲気だ。現状、ビットナー伯爵から話題が出ないので、言い出しにくい案件なのだと判断し、水を向けてみる。
「ビットナー伯爵、先程から...何か心に掛かる心配事が有るように見受けられます。僕等が帝国に行っている間に、何か厄介事が起きた様ですね?」
しばしの沈黙、後に、深い溜め息を吐き出して、重い口を開いてくれた。
「...そうじゃな、コーサカ殿の報告ともあながち無関係では無いし聞いて頂こう。コーサカ殿達が王国を離れて4日目、我が国北方に位置するギルムガン王国が、グラム神聖国南西部に武力侵攻を開始した。部隊は既にかなりの地域まで侵攻している...侵攻地域には今の報告にあった旧アルブレヒト大公領も含まれている」
「それはまた...」
――――――――――
丁度その頃、帝都ベルギリウスでもグラム神聖国とギルムガン王国との紛争に関する情報が届いていた。
帝国は大公領をグラム神聖国に割譲した為、ギルムガン王国とは国境を接していない。情報が遅かったのはそのせいもある。
帝宮の執務室では、皇帝フリードリヒ・フォン・グローブリーズが、報告を受けて渋い顔をしていた。
「それで...ギルムガンの侵攻部隊は、どの程度入り込んでいる?」
宰相ドミトリ・フォン・リップシュタット公爵が
「詳細な情報は、未だ入手出来ておりません。少ない情報からの推測になりますが、旧大公領は
フリードリヒ皇帝は、納得出来かねるといった表情で、
「...確かに旧大公領は、四カ国の国境線を掌握する為に必要な戦略的要衝だ。だが、土地としては痩せた不毛の地で、しかもエルグラン山脈には忌々しい
近隣諸国でドミトリ宰相ほど、各国の情勢を詳細に把握している者は、まずいない。その名宰相をして
「恐れながら…臣にも、奴らの真意は図りかねております」
「トライセンとの後始末も終わらん
これは帝国に限った話ではないが、民にとって七カ国大戦の記憶は、まだ薄れる程ではない。
トライセンに侵攻を掛けておいて偉そうな事は言えないが、
トライセンとギルムガンの腹積もり次第では、四カ国を巻き込んだ戦争になる事もあり得る。
「ここは一つ...トライセンを巻き込んで手を打っておく。トライセンとの折衝は誰が行っている?」
「引き続きメッテルニヒ子爵に当たらせております」
「すぐに呼べ」
「
「全く誰も彼もが、好き勝手に踊りおる...皇帝
――――――――――
その頃、帝宮を一人急ぐドミトリ宰相が、すぐ隣でも気付かない程の声音で一人
「全く...ギルムガンの
――――――――――
「...いったい何が起きている???」
普段、必要以上に寡黙な、それこそ一人言など、ドラゴンの幼生を見るより珍しいと言われるメッテルニヒ子爵。
だが、今朝から立て続けに起きた出来事に、流石の鉄面皮も耐えきれず、つい
ヴィルヘルムからのバードメールで、“全ての
「...同盟?でありますか?」
「ああ、そうだ。恐らくだが...トライセンの特使には、まだギルムガン侵攻の報は届いておらん。
フリードリヒも、戦時下や開戦直前の同盟が、正しく機能すると思う程
「これはな、同盟と言う名の
「なる程...」
「まあ、こちらは下手に出ねばならん立場だ。裁量はドミトリと卿に任せる」
「は、
一礼して謁見の間から退出する。
(...この事態を殿下が傍観されるとは思えん。至急ヴィルヘルムと連絡を取らねば...)
自然、足早になるメッテルニヒだった。
――――――――――
ブランデル・フォン・ビットナー伯爵は、自らを“戦場にいてこその人間”だと解釈している。だが、だからこそ戦略の根幹を成す“人の思惑”は非常に重視すべき事と認識していた。
「今のところ我が国には、直接の被害はないが詳細を把握するまで下手に動けん。これからは情報の速さが明暗を分かつだろう。コーサカ殿、あなたが積極的に戦に関わる事を避けている事は十全に理解しているが、なんとか争乱を防ぐ為に力を貸して頂けないだろうか?」
やっと先の大戦で被った被害の復興も終わり掛けているところだ。伯爵の領地が、紛争地の近隣である事を考えても、寝た子を起こす様な真似はなんとしても防ぎたいのだろう。
「事情は解りました。取り急ぎ、僕は伯爵令嬢の元にこの情報を届けて、今一度『ブレーメン』一派に、下手に動かない様、釘を差しておきます」
「
話がまとまりかけた所でノックが鳴る。
「すまん、邪魔をする。ビットナー卿は在室か?」
ドアの外にいたのは宰相、パウルセン公爵だった。伯爵は慌てて入室して貰う。
「やはりコーサカ殿であったか。ビットナー卿が急な訪問客の対応をしていると聞いてな、邪魔をしに来て正解のようだ」
「恐縮です。実は今...」
こちらの報告と、ギルムガン王国の情報を得た事を掻い摘まんで説明する。
「ふむ。その様な事になっていたとは...マルグリット殿下の件は、伯爵令嬢以外、知っているのはこの場に居る者だけで間違いないかな?」
「僕が報告したのはそうですね」
「ならば解っているとは思うが、他言無用に頼む。今、少しでも余計な混乱は避けたいのでな」
「承知しております。其れでは、今一度帝都に参りますのでこの辺でお暇しましょう」
「宜しく頼む」
スキルの設定をミネルヴァに頼んでから、改めて考えを巡らせる。どうもマルグリット達や各国の動きを把握して、裏に潜んでいる者が居るような気がしてならない
「シドーニエさん、行きましょう。宰相閣下、伯爵、失礼致します。“ムーヴ”」
二人の前から帝都へ転移した直後...思考のかけらが独白の形をとってこぼれ落ちた。
「見知らぬ他人の思惑...か...」
やはり現地に行かねばならない様だ...
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