第38話 出張ってヤツは…だいたい突然決まる物ですよね? 10

 マルグリットが話し出す直前にミネルヴァに声をかける。


{ミネルヴァ、僕の時間感覚をクロックアップして七大国大戦セブンフォースウォーの概略を教えてくれないか?}


{承知いたしました。感覚加速クロックアップを行います}


 ミネルヴァが報告した途端、先程の戦闘時と同じく体感する時間感覚が圧縮され周りが止まって見える。


 戦闘経験が皆無のカナタがヴィルヘルムと戦えたのは、この“テンプオーダー”で作った空間内への限定干渉能力のおかげだった。


{七大国大戦は10年前に起こったトライセン王国・グローブリーズ帝国・グラム神聖国・ギルムガン王国・オーステン共和国・ライリング王国・サルバシオン首長連邦の七ヶ国が3つの勢力に別れて争った戦争です}


{ずいぶん大規模な戦争だったんだな}


{事の起こりはグラム神聖国から地域紛争の調停に来たメルローズ枢機卿が、旧アルブレヒト大公領にて暗殺された事件です。これが切っ掛けで地域紛争からグラム神聖国とグローブリーズ帝国の戦争に発展。詳細は省きますが、その後各国間にある同盟や密約が発動、瞬く間に戦火は拡大し、約2年間で総死者数が七カ国合計で25万人を超える大惨事となりました}


 その他にも幾つかのポイントを踏まえた概要の説明を受ける。どうも各国で様々な思惑が入り乱れて事が起こった様だが...


{そうか...概要は分かった。時間感覚を戻してくれ}


{了解です。クロックアップを解除します}


 ミネルヴァが解除した瞬間に周りが動き出す。マルグリットが今にも話し出そうとしていたので、


「お話を聞く前に、僕から一つ質問させて下さい。僕の予想では貴女方は何か大きな目的を持っていて今回の事件もその準備に過ぎないのではと考えています。取り繕わずにお聞きしましょう、貴女方の


 マルグリットを始めヴィルヘルムやハンスも一様に陰鬱な表情を漂わせる。マルグリットが絞り出す様に声を出して答えた。


「...私達の最終的な目的は現在グラム神聖国に併合されているです」


「...なる程、その為のですか...」

  

 3人の表情が固まり血の気が失せる。つまり彼等は軍事クーデターで帝国の兵権を奪取して、マルグリットの父親が治めていた領地を取り戻す事を目的としていた訳だ。


「驚かれている様ですがこれまでの事を鑑みれば当然の予想でしょう...まあ王国側の考えはともかく先程お話しした通り、僕個人には貴女方の事を帝国側に通報する義務はありません。勿論これから詳しい説明を伺い、後の事を判断しますが...」


 マルグリットが痛みに耐える様な表情で頷いた。


「勿論私達がして来た事が許されるとは思いません。何者かは存じ上げませんが、クーデタを起こす前に貴方が現れたのは、これ以上の無法を認めない天の配剤だったのでしょう」


 マルグリット以外その場に居るものはそれぞれ驚愕した表情を浮かべている。カナタはそれ以上口を挟まず続きを促した。


「事の起こりは国境沿いにある小さな村同士が起こした水利をめぐるトラブルでした。すぐ治まると思われたトラブルは徐々に拡大し地域紛争にまで発展、双方これ以上は国益にそぐわないと考えて、領主同士で話し合いを行い解決する道を選びました」


 此処まではミネルヴァの概略と一致している。


「グラム神聖国よりメルローズ枢機卿が代表としてアルブレヒト大公領の領都に訪れました。私の父だったアルブレヒト大公は次期帝位継承者だった為、神聖国側が配慮したのですが、結果的にそれが裏目に出ました」


 マルグリットは悔しそうに顔を歪めた。


「領都に入る直前の街道で枢機卿と護衛に当たっていた神聖国側の近衛30名が悉く殺害される事件が起きます。賊の幾名かは討たれていましたが職にあぶれた元騎士や冒険者達で結局首謀者は今も捕まっておりません。そして父は神聖国との戦争を防げなかった事に加えて、暗殺者の黒幕である疑惑までかけられました。結局証拠もなく疑惑は疑惑のままでしたが、戦争後、父は帝位継承権を剥奪されそうになり、大公領も神聖国に割譲されそうになりました」


 今の話を聞く限り確かにアルブレヒト大公は嵌められたのかもしれないが...今の所は何も裏付けがない以上、一証言として扱うしかない。


「父の廃嫡はともかく領地の割譲はグラム神聖国の帝国への姿勢を考えれば許容出来ませんでした。確実に宗教的な弾圧が行われる事が予測できたからです。父は弟であり現在の皇帝であるフリードリヒ叔父に自分の廃嫡を許容する代わりに領地の割譲を取りやめて他の戦争賠償を提案して欲しいと直談判に行きました。しかし後日、私達に届いたのは父が叔父に手を掛けようとして逆に討ち取られたという知らせだったのです!」


 マルグリットは頬を紅潮させて一息に語った。内に秘めた思いが溢れ出て止められないのだろう。


「父に同行して帝都に滞在していた私達にも捕縛の手が伸び、もう少しで私達も捕まる所でした。しかし何の因果か、個人的に訪問してくれていた親友のマレーネが、私のをして館に立てこもっている隙に私達を逃がしてくれたのです。そして秘密裏に脱出した私達は追手が掛かる事を恐れてマレーネの実家であるワーレンハイト子爵領に密かに逃げ込みました。ワーレンハイト子爵は幼少の頃から父の従者を勤め、身分を超えた親友だったのです」


 マルグリットの話は戦争の次期から考えて8年前位の話だろう。当時10才前後の少女には過酷な運命だっただろう。


「しかし悲劇はまだ終わっていませんでした。私が逃げ延びる時間を稼いだら投降するハズだったマレーネは何者かが放った炎で館と共に焼け死にました。マレーネの遺体は私と勘違いされた為、公式には私は死亡扱いとなり、またマレーネが関わっていた事が周りには伝わらなかった為、ワーレンハイト子爵には疑惑が及ばず私は捜索の手からすり抜ける事が出来ました。その後、ワーレンハイト子爵は悲しみに暮れながらも自分の娘が死んだ事を隠し、娘が“大公令嬢の死”にショックを受け、伏せった事にして匿ってくれました」


 そこまで話した時マルグリットの瞳から涙が溢れる。たがそんな物は無いかのように、拭う事すらせずマルグリットは話を続ける。


「私は長期療養を理由にワーレンハイト子爵領から出ず、ワーレンハイト子爵は私達のせいで娘を失ったにも関わらず本当の娘同様に育ててくれました。その後、私はワーレンハイト子爵の庇護の下で、当時の事件を調べながら旧アルブレヒト大公領から逃げ延びて来た家臣や難民達を子爵領で匿っていました。旧大公領では予想通り宗教弾圧と度を超えた搾取が横行し地獄の様な有様だそうです。そしてとうとう難民を受け入れている事が神聖国側に察知され、“受け入れを止めて領民を返さなければ新たに戦争を始めるつもりだと解釈する。”と通告して来ました。ワーレンハイト子爵...いえ、私の二人目の父と慕った方は難民達は既に一人残らず死亡したと中央に報告し、その罪を認め、現在の領民を保護する代わりに自らが犠牲になる道を選びました」


 ...彼女の瞳は涙を溢れさせながらも決意を感じさせる物に変わっていた。


「フリードリヒ叔父は義父を処刑しましたが、領地は娘である私に引き継ぐ事を認めました。他国との軋轢があっても、人道的な行いをした義父を一族諸共処刑するのは、国内の人心を考えれば不可能だったのでしょう。義父の処刑以降、当時の事件の真相は益々闇に葬られ、既に公式に事を覆す事はほぼ不可能になりました」


「...それでクーデターを起こし、領民を解放しようと思われたのですね...」


 彼女は無言で頷いた。涙の跡を残したまま...

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