第14話 野生生物なんて…地元じゃめっきり見れないですよね? 5
結局ゴブリン騒ぎは終息したが、なぜ短期間で大量発生したかまでは解らなかった。色々な要因が重なって起こるそうだがどれが原因かは判別不可能だそうだ。
あれから村長と話しあい“自分たちが魔力の供給元になった事”は村の秘匿事項にして貰った。
ミネルヴァ曰わく、この世界の魔法の技術水準から考えて、大規模な魔法効果を得られる魔力回路の連結技術は、まだ公開されない方が望ましいらしい。
そして...万が一の事を考えて僕がこの村に来た事も外部の人間には黙っていて貰う事にした。
僕がここに来たのは偶然だし、知り合い自体ほぼ皆無なこの次元で余計な心配かも知れないが、まあ念の為だ。
「余計な口止めをしなくても、村人達からすれば忘れてしまいたい事でしょうが...」
因みに休耕地には暫く作付けしないそうだ...
「なにをブツブツ言ってるんだ? そろそろみんな揃ったぞ」
村の出入り口で村長やグンドルフの家族達と話していると、出発する僕を見送る為に村人達が大勢詰め掛けて来た。
「ああ、すいません。少し考え事をしていました」
「おいおい大丈夫か? やっぱり街道まで送って行ったほうが...」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。お気持ちだけで充分です」
「いや最初から最後まで礼を言うのはこっちのほうだ。カナタはもう村人、いや村その物の命の恩人なんだ。返しきれるか判らない恩だが俺達に出来る事があれば遠慮なく頼ってくれよ!」
「叔父さんや私達からも御礼を言うわ。今思えばあなたがこの辺りに飛ばされて来たのは神の采配としか思えない。本当にありがとう!」
実は【
村人達も次々とお礼と励ましを口にした。
「何時でも戻って来て下され。ここはあなたが救った村ですからの。ここだけは何時までもあなたの味方ですわい」
「ありがとうございます。困ったら是非頼らせて頂きます。それでは皆さん、御達者で。“ムーヴ!”」
村人達の別れの声を聞きながらスキルを発動し街道までを一瞬で戻る。
「随分道草を食ってしまったな。まあ急いでも仕方ない旅だが...行こうかミネルヴァ」
「了解しました。主殿」
こうして僕達は王都を目指してまた歩き始めた。
――――――――――
「なかなかに興味深い報告だな...」
グローブリーズ帝国の帝都ベルギリウス...皇宮の皇帝執務室では二人の男が顰めっ面と能面の如き無表情を突き合わせていた...
発言したのは当代皇帝のフリードリヒ・フォン・グローブリーズである。40代半ば、短く刈り込まれた金髪と力強い眼差しが印象的だ。
「メッテルニヒ子爵の気質を鑑みればこの報告に万が一にも虚偽は御座いますまい。勿論ある程度の聞き取り調査で裏は取っております」
そう言って答えたのは帝国の政務官の長である宰相ドミトリ・フォン・リップシュタット公爵である。こちらは60代後半、痩身で白髪を長く伸ばした如何にもな風体、だが纏っている空気は重厚で怜悧この上ない。
「ドミトリよ、この報告の内容その物にはなんら疑う余地がない。いや違うな...こんなバカバカしい内容をでっち上げる意味がない」
皇帝はそこで一息つく。宰相は答えを待つ教師の様に謹厳に続きを促す。
「従ってこの報告は真実だ。だがな、重要な事はそんな事ではない。起きた事の意味をどう読み解くかだ」
「誠に仰る通りかと存じます」
「では、どう読み解く?」
「警告と配慮、かと」
変わらない表情のまま...苦渋が声音に滲む...
「慇懃なことだな。その心は?」
「僭越ながらこの事件、実際どの様な魔法が行使されたか分かりませんが、武器だけを取り上げるなどという迂遠な事をせずとも...それだけの能力があれば3000の兵ことごとくが戦死してもおかしくありませんでした。しかし実際には、敵は武器の奪取のみに留めています。しかもそれ以外の戦略物資には手を付けられていません。ゲオルクの策で最低限の物資以外は別の野営地で守らせていたようですが...」
「ふむ...」
「此処から読み解くと、まず王国兵の仕業という線は消えるでしょう。奴らなら皆殺しを躊躇う理由がありません。そして皆殺しになった場合、被害の多寡は別として、我が帝国側も引くに引けなくなります。さらに物資には手を付けないで撤退の選択肢をあえて残しています。よってこの事件を引き起こした介入勢力は、可及的速やかに“戦争その物が起こらなかった”事にしたかったと考えて良いかと思います」
「つまり帝国に対して『おまえら邪魔だから引っ込んでいろ。騒ぐと次はないぞ』と言っていると?」
「恐縮ながら...」
皇帝のこめかみに幾本もの青筋が浮かぶ。
「全くこの世は儘ならぬものよな?ドミトリよ。皇帝などは何処の誰かも分からぬ者共に、“良いよう出し抜かれる道化”でも務まる程度の物なのだからな」
「陛下...」
「ああ許せ、ドミトリ、他言無用だぞ。全く何故アルブレヒト兄上は俺を殺そうなどとしたのであろうな?皇帝位などという俺には無用の物を押し付けて一人で親父の供をするなど全く理解に苦しむ」
「...お察し致します」
「...お前が察する心情は俺のか? それとも兄のか? イヤすまん...話を戻すぞ。それで肝心の介入勢力の正体は?」
「今の所まだ何も...どうも王国側でも把握しかねている様ですな。ただ、消えた武器はどうもグルム砦で発見された用です。砦側でも極一部の者以外、経緯は把握しとらんようで、箝口令が徹底されてます。ただ...あくまでも噂の域ですが...この事態を引き起こしたのは一人の魔法使いだという噂まであります」
「...」
余りの事に絶句する。
「あくまでも噂ですが...可能性は排除するべきではないと思います」
「引き続き調査を続けろ。真相が究明できるまで無期限調査案件に指定しておけ」
「御意に」
そして二人は別の案件の処理にかかっていった。
――――――――――
その頃トライセン王国の王都オゥバーシュタインでも同様の議題が紛糾していた。
但しこちらでは事件の犯人とその素性が判明している。
故にその扱いについては...更に繊細さを求められる為、事態は余計に複雑かもしれない。
「つまり...その男は一人で砦を制圧出来る程のサラマンダーを使役し、帝国兵に全く気付かれず全ての武器を伝説の転移魔法で取り上げ、挙げ句に砦の駐屯兵の誰にも気付かれず、砦の中央広場に置いていったと? それも幾ばくかの旅費の対価として?」
国王ブルームハルト・フォン・トライセン二世が、全ての事実を端的に纏めて確認を促す。50代半ばを過ぎていたが、実年齢よりも少し老けて見えるのは気苦労のせいだろうか...
「はっ、その通りで御座います」
答えたのはヒルデガルド・フォン・ビットナー伯爵令嬢。
そしてその場にいるのは、その父であるブランデル・フォン・ビットナー伯爵。宰相であるゴルディアス・フォン・パウルセン公爵の三人のみ。
王国でもグルム砦の件は機密事項であり、関係者には徹底した箝口令がしかれていた。
「ふぅー...正直な所を申せばそのカナタ・コーサカなる者は救国の英雄と言っても過言ではないのだが...本人は路銀の対価で軍を止める様な男なのだろう?」
宰相が口をひらくと、
「と言うよりは、砦での“迷惑”と、施された”親切”に対する“御礼”であり、武器の事はあくまでも“ついで”である様な文面でありますな...」
伯爵の答えを聞いて益々頭を抱える宰相...
「その者は王都に来ると言っていたのだな?」
「間違いなく」
「本日までその者の足取りは突き止められてはおらん。ビットナー伯爵令嬢のサインが入った身分証も使われた形跡はない。しかし彼の目的が故郷への帰還であるなら遅かれ早かれ王都に現れるだろう。その時に居場所を把握し、出来れば接触をはかる。あくまでも穏便にな。全てはそれからだ。彼の事は事件には関連付けないであくまで隠密に見つけ出し、穏便に接触をはかるのだぞ」
宰相パウルセン公爵が取り急ぎの対策を決める。
「かしこまりました」
「かしこまりました」
「全く...彼の者は自分のやった事が分かっておるのだろうか? 例えその性状が善良であっても...“温厚な
ブルームハルト国王がボヤく。
「せいぜい穏便に扱ってなるだけ早く帰ってもらおう。器に合わない大きな力はこぼれ落ちて他を害するだけだ...」
――――――――――
そんな人々の嘆きを知ってか知らずか、彼は王都への道を進んでいく。
途中スキルの実験や、少し情報収集などをしつつ、とうとう王都が見える所までやって来た。
{やっとか...此処まで随分かかってしまったな。今日は王都で宿でも取ってゆっくり休もう}
{了解です。評判の良い宿の情報を収集します。“
{ああ、頼むよ。こっちは取り急ぎ街に入る列に並んでるからよろしく}
王都の外には入場の為の手続きで行列が出来ていた。大人しく順番を待つ。自分の番が来たので身分証を渡して、王都での目的を話す。
「王都での目的は?」
「18番地区で鍛冶屋を営んでいる知人を訪ねて来ました」
これも用意していた返答だ。その時身分証を確認していた兵士が微かに手を止める。
「ビットナー伯爵令嬢のサインか?」
「少しご縁がありまして...」
「了解した。問題無かろう。18番地区へはその先を進んだ広場に各地区を表記した地図があるからそれを確認してくれ。王都にようこそ」
「ご親切にありがとうございます」
カナタは、彼が机の下で素早く合図を出していた事に気付かなかった...
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