第12話 野生生物なんて…地元じゃめっきり見れないですよね? 3
結局ソリッドボアは村人たちの手で解体され、相場に少し色がついた額で引き取られた。
ここまでほぼ野宿と魔法の恩恵でヒルデガルド司令官からもらった路銀も減っていない。だが現金はこれから向かう王都できっと役立つだろう。
「いいんですか? 相場より高いようですが?」
「気にするな。カナタに支払った額は相場より高いかも知れんが、それぞれの家庭が支払った額は肉の質や量から考えりゃあ、町で買うよりむしろ安いくらいだ。革や牙なんかも素材として使えるし誰も損しとらんさ!」
なるほど...産地直売の強みか。
「カナタはこれから俺の家に来てくれ。狭い家だが、飯は美味いぞ。とっておきのソリッドボアの肉もあるしな!」
「それを僕に振る舞ってしまっては安く手に入れた意味がないのでは?」
「何言ってやがる。カナタは俺や娘の命の恩人だぞ。これくらいの礼は当然だ、怪我の治療もして貰ったしな」
なるほどそう言われればその通りだ。現代日本人には他人の命の恩人になるような事などめったにないからあまり意識してなかった。
「それでは遠慮なく頂きましょう」
「ああそうしてくれ。酒はいけるくちか?」
「嗜む程度です」
「まあこんな田舎の酒だが割といけるぞ。楽しみにしててくれ」
そんな話をしながら彼の家に着いた。見て取れる限り、村の家は丸太を重ねて作るログハウス工法が多かったが彼の家もそうだった。
「立派な家ですね」
「この辺りの家はみんなこんなもんだぞ。まあ誉めて貰えば嬉しいがな」
「私の故郷ではこうやって木材で家を作るのはとても贅沢なんですよ」
「所変われば、だな。まあ入ってくれや。帰ったぞ」
グンドルフが家の奥に声をかけると、奥からフリーダと良く似た顔立ちの女性が現れる。
「お帰りなさい。そして、いらっしゃいませ。グンドルフの妻のフローネです。お話は娘のフリーダから聞きました。危ない所をありがとうございました」
「カナタです。偶然通り掛かった結果ですので気にして頂く程の事ではありません。本日は突然の訪問で恐縮です」
「はははは! 変わった奴だろ? まあメシを頼むよ。今日は酒も頼む」
「全く...少しは反省して下さい。自分だけならまだしもフリーダまで連れて行って! おまけに危険な魔物に襲われるなんて!」
「仕方ねえだろ。勝手について来ちまったんだから...」
「お父さん。お母さん。早くこっち手伝ってよ。カナタさんいらっしゃい。すぐ用意するからちょっと待っててね」
「あらあら! いつもはお手伝いなんて全然しないのにねぇ...」
「おかーさん!!!」
「はいはい。それでは暫くお待ち下さいね。」
「お構いなく」
「騒がしくて済まねえな」
「いえ、家族の仲がいいのは良いことですよ」
「カナタはここらの人間じゃないよな? この辺には何の用で来たんだい?」
思わぬ質問だが、カバーストーリーを話す。
「僕は魔法の研究が本業の“魔導師”です。研究中だった“長距離転移魔法”の失敗でこの近くに飛ばされて来ました」
「凄い話だな...まあ確かにあの魔法の腕前なら納得だがよ。なんて所から来たんだい?」
「それが...僕の住んでいた村は住人全員が魔導師かその弟子と家族でして...皆、外の事に無頓着でした。外部との接触も極少ない行商人のみだったので、国どころか村の名前すら分からないんです」
「そりゃまた...とんでもないな...」
「ええ、だから僕も外に来て自分の常識が通用しないのは良く分かりました」
「いや~まだまだ
「....」
「...まぁなんだ。早く見つかるといいな! それでこれからどうするんだ?」
「とりあえず情報収集と生活の基盤の為に王都に行こうと思っています」
本当は“次元連結”を探す為の方便だが情報収集には使いやすい言い訳だ。
「いいなぁ。あたしも王都に行ってみたい」
奥からフリーダとフローネ母娘が料理を運んで来る。
「カナタさんは遊びに行くんじゃ無いんですよ」
都会に憧れる娘を窘めるのはどんな世界でも同じらしい。
「とにかくだ...今日は助かったよ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「いえ。お気になさらず。偶々助ける事が出来ましたが手に負えなかった可能性もあったんですから」
「それはそれだよ。カナタはもっと自分の力に自信を持っていいと思うぞ。よからぬ輩が寄って来た時に脅せば言うことを聞くと思われたりしたら損だからな」
「...そうですね。そういう輩には厳しくあたるとしましょう」
そう両親が死んだ時の会社の連中のように...
――――――――――
カナタは人と接する時、殊更丁寧な対応を心掛けている。そのせいで彼を温厚で争いを好まない人だと思う人間は元の世界にいた時から多かった。
しかしカナタの本性はそれらの外面からは想像もつかない激情に満ちている。
丁寧な態度は相手の油断を誘う擬態であり、柔らかい表情は狡猾さを覆う仮面なのだ。
そして徹底的な相互主義者である。曰わく友愛には誠実を、不実には鉄槌を...
その生い立ちのせいで...彼は24歳にして50歳の分別と思慮深さを身に付けざるを得なかった、凄まじい憤怒を抑えて生きて行くために...
――――――――――
{主殿?}
傍らの椅子の背にいたミネルヴァが、思念通信で声をかけて来る。いけない、少し心が離れてしまっていた。
「カナタさん?」フリーダが怪訝そうに声をかける。
「すみません。少し昔の事を思い出していました」
「まあなんだ...とりあえず食おうか」
「ええ、とてもおいしそうですね」
それからはとても楽しい晩餐となった。
――――――――
「つまり王都で故郷へ帰る為の手掛かりを探すのね? どうやって探すつもりなの?」
「まあ色々と考えている事はあります。例えば僕と似た容姿の人種が沢山いる国を探してそこから辿っていくとか...」
「なる程ね。そういえば黒髪の人達は東に多いって前に来た魔物のハンターさんが言ってたなぁ」
「そうですね。そういった情報を重ねて探して行こうと思っています」
「それはいいとして生業はどうするんだ? カナタの腕前は知ってるから心配はしてないが、本気で魔法を使ったらきっと簡単に知れ渡っちまう。あっという間に貴族や大商人に目を付けられるぞ」
「そうですね。それについては...実はさほど心配はしていません。僕自身は魔法でだいたいの生活に必要な事が出来ます。魔法を人に見られる事は極力避けようとも思ってますし...情報収集で飛び回ると考えれば拠点といっても安い宿で十分です」
「そうか...色々考えてる事は分かったが王都に入るには身分証か入都税が必要だぜ」
「それについてはちょっとしたご縁が有りましてね。グルム砦の司令官から身分証を頂きました」
「そうか、しっかりした身分証があるなら心配は要らないか。じゃあ王都に着いたら18番地区の鍛冶屋街にガンディロスって奴がいるから訪ねてみるといいぜ。この村出身の鍛冶師で俺の飲み友達だった奴だ。きっと王都の事を詳しく教えてくれるだろう」
「ありがとうございます。必ず訪ねさせて頂きます」
そう答えるとグンドルフはひとつ欠伸をする。
「まだまだ話したい事もあるが明日の事もあるからな。今日はもう休むとしようか」
「そうですね。フローネさん、フリーダさん、夕食ありがとうございました。とても美味しく頂きました」
「ちょっと、急にビックリするじゃない! まあ、満足してくれたなら良かったわ」
そう言って、少しもじもじするフリーダとニコニコ顔のフローネさん。そのまま二人が部屋に案内してくれた。
「ここは以前に面倒をみていた子が使っていた部屋で、時々だけど帰って来る事があるから家具はそのままなの。ベッド以外も好きに使って下さいな。それではお休みなさい」
「お休みなさい」
――――――――――
「ふう。久し振りの寝床だな。全く激動の10日だったよ」
少しボヤキが入りつつベッドに座るとミネルヴァがおもむろに話しかけて来た。
「主殿。ご報告がございます。この村に危機が迫っております」
....
「詳しい話を聞こう」
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