第15話 怨霊との激闘後

 誰かが僕を呼んでいる。

 ゆっくりと目を開けると、母の顔があった。

「カース!」

 母は僕に抱きついてきた。

 耳元で「ごめんなさい。もっと早く助けてを呼んでいたら……」と声を震わせながら言っていた。

 僕も「ごめんなさい」と謝ろうとしたが、声が思うように出ず、掠れた息しか出なかった。

「カース!」

 すると、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。

 その声はしがみつく母を無理やり剥がした。

 僕の視界にマローナが現れた。

 六年ぶりに会う姉は見間違えるほど変わっていた。

 顔立ちが大人になっているのは当然だが、片眼鏡をかけていた。

「姉さん……?」

「良かった。気がついたのね」

「僕は……ビーラさんは……」

「待って。それ以上喋ると傷口が深くなるから……パラパナーラ」

 マローナは僕に回復の魔法をかけた。

 どんどん身体が良くなってきて、まともに喋れるようになった。

「さぁ、あなたが知っている事を全て話して」

 マローナは僕の両肩を掴むと、ジッと見つめてきた。

 僕はヤツのこと以外を除いて、こう話した。

 今朝、僕はいつも日課の鍛錬の時間に寝過ごしたにも関わらず、ビーラが起こしに来なかった。

 不審に思った僕は屋敷中探したが、どこにもいなかった。

 弓矢の稽古をしている森に行くと、木に小さな穴の空いたたくさんあるのを見て、ただ事ではないと思い、稽古場に行くと、荒れていた。

 さらに奥へ進むと、木に吊るされたビーラを発見。

 どうにか救出して帰ろうとした時に、カニバードの群れに遭遇。

 囲まれてどうしようも無かった時、ビーラが大声を出して注意をひいてくれた。

 ビーラに逃げろと言われたので、僕は猛ダッシュすると、背後に熱のように熱さを感じた後、大爆発が起きた。

 爆風で飛ばされ、気絶した――と。

 不思議な事に、僕は『姉と話している』というよりは、『取り調べを受けている』という感覚で話していた。

 数年間も会っていなかったから、距離が離れているのだろう。

 それに状況が状況だけに、歓談できる余裕はない。

 だから、僕は身内だけど礼儀正しく話していた。

 マローナは僕の話に真摯に聞いてくれていた。

「そうか……でも、カニバードはここの生息区域ではないはず……そもそも我が国では魔物の侵入を防ぐ結界が張られているはず……どうして?」

 マローナが独り言を呟いている中、僕は一番気になっている事を言った。

「あ、あの、姉さん……」

「……ん? なに?」

「ビーラさんは死んだんですか?」

 僕の質問に彼女はピクッと障りがあったかのような反応を示したが、すぐに「死んだ」と答えた。

「死体は見つかっていないが、あの焼け跡から考えると、自爆魔法を使ったみたい」

「自爆魔法?」

「ある呪文を唱えると、体内にある魔力が膨張してエネルギーになり爆発を引き起こすものだ。

 王国内では過去に何件か自爆事件があったが、それらはいずれも誤爆で処理された。

 今回の場合は、あなたを魔物から逃げるために意図的に唱えたようね……」

 マローナは一通り説明すると、何か考えるような顔をして立ち上がった。

 しゃがんでいて分からなかったが、マローナは赤を基調としたボタンの多い服を着ていた。

 白のズボンに黒の革靴をはいていた。

 随分品のある身なりだなと思っていると、マローナの元に銀の鎧を着た男が近づいてきた。

「団長、森の中に矢が貫通したと思われる穴の空いた木を複数発見しました」

 団長と呼ばれたマローナは「あぁ、今さっき聞いた」と僕をチラッと見た。

 僕はどう反応していいか分からず、ペコッと頭を下げた。

「矢が貫通できるダークエルフ族は一人しか知らないから、彼女で間違いないだろう。でも、何故エルーラ国の国防大臣を務めていた人物が、私の屋敷に居候しているの?」

 マローナは訝しむように母を見た。

 彼女は「えっと、その……」とどもってしまった。

「あの! 僕が呼び出したんです!」

 母に変な疑いが向けられたらマズイと思い、僕は叫ぶように言った。

 すると、マローナの顔が険しくなった。

「"呼び出した"って、どういう事?」

「しょ、召喚魔法を使って……」

「召喚魔法ですって?!」

 マローナが声を上げた。

 その声量に僕はビクッとなった。

「召喚魔法なんて、どこで知ったの?!」

「えっと……屋敷の図書室で……」

 僕がそう答えると、マローナは側に控えていた兵士を見た。

 兵士はすぐさま何人か連れて、屋敷の方へと向かっていった。

「詳しく教えて」

 マローナに詳細を聞かれたので、本を見つけた経緯や召喚する際の状況を話した。

 マローナはウンウンと団長という役職らしく凛々しく頷いていた。

 一通り話を終えると、屋敷の中に入っていた兵士達がゾロゾロと戻ってきた。

 見てみると、何冊かの本の他に、美酒の瓶とかも持ってきていた。

 僕は内心ドキッとした。

 ビーラから家賃代わりに美酒を受け取っていたという話はしなかった。

 万が一母に変な疑いをかけられてしまったら、困ると思ったからだ。

 でも、それも時間の問題だ。

 チラッと母を見た。

 母の顔は青ざめていた。

「団長、図書室からこれが見つかりました」

 兵士の一人がマローナに本を渡していた。

 僕がビーラを召喚した際に使った物と同じだった。

 マローナは表紙を見た途端、顔をしかめた。

「これって、禁書じゃない?! なぜそんなのが私の屋敷にあるの?!」

 兵士がさらに数冊、彼女に手渡すと、ますます顔が険しくなっていった。

「これも、これも……全部王国で所持が禁じられているものばかり……」

 マローナは怒りをぶつけるかのように、禁書を全部一人の兵士に渡した。

 数段積まれた本をいきなり持ったからか、少しよろめいていた。

 兵士は火に油を注ぐかのように、今度は美酒の瓶を差し出した。

 これを見たマローナは今にも鬼に変わりそうな顔をしていた。

「これ……王国、いや、世界中で流通の制限がされている美酒よね? なんで……なんで、こんなのがあるの? お母様!」

 最後の母を呼ぶ声が吠えているみたいだった。

 母は「えっと……」と狼狽していた。

 僕はまた庇おうとしたが、母がそれに被せるように、「全て私がやりました!」と叫んだ。

「……どういうこと?」

 マローナが低い声で聞くと、母は呼吸を荒げながら言った。

「わ、わ、私が、私が、息子に指示したんです!

 禁書でエルフを召喚させてって……全ては美酒を手に入れるために、若返って貴族の男達と遊ぶために……」

 

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