第3話 怨霊が邪魔をしてくる


 カース。

 異世界で新たに授かった名前だ。

 俺――いや、もう、生まれも育ちも変わったので、これからは心機一転して、『僕』と呼ぼう。

 改めて、僕の新しい家族となった母と五人の姉は、マークシャー家と呼ばれる貴族の家系らしい。

 ランタンドン王国という世界でも有数の大国家の領土内に、一、二を争う広大な屋敷を構えていた。

 この屋敷の持ち主であったナーラ公爵――僕のパパは、僕が生まれる少し前に心臓病で死んでしまったらしい。

 僕の母、マーナ公爵婦人は、その悲しみから逃れるかのように、僕を手塩にかけて育ててくれた。

 貴族の家庭ではオムツの交換やミルクをあげるのはメイドや執事の役目らしいが、母は自分の力でやっていた。

 五人の姉も初めて出来た弟だからか、僕を可愛がってくれた。

 長女のマローナ(12歳)が僕を抱きかかえれば、四女のメローナ(6歳)が無理やり奪おうとして言い合いになる。

 三女のムーナ(8歳)がこっそり取って、人気のない場所に移動してあやせば、五女のモナ(4歳)が見つけて、姉二人に知らせる。

 姉四人が追いかけっこしている様子を次女のミャーナ(10歳)はジッと眺めている――と、こんな感じで毎日のように僕を奪い合っていた。

 こんなに愛されるのは、転生前では考えられなかった。

 あぁ、なんて素敵な世界なのだろう――|

 怨霊あれさえなければ。

 転生してきて何不自由ない、恵まれた生活をしている僕がただ一つだけ不満をあげるとしたら、間違いなく怨霊あいつと答える。

 毎夜現れては、僕を食べようとしてくるので、その度に夜泣きをして回避してきた。

 何回か襲撃されるうちに、気づいた事がある。

 僕以外の人と一緒にいる時、あいつが出て来ないのだ。

 夜に襲われた時は、僕一人で寝ている時だった。

 まぁ、誰の付き添いもなく寝かせるのもどうかと思うが、何日かしてようやく母や姉達と一緒に寝る事になった。

 予想通り、アイツは現れなかった。

 これを機に僕は誰かと一緒にいるように心がけた。

 少しでも離れると泣いて呼び止めた。

 これもまた繰り返していると、相手も『この子は寂しがり屋なんだな』とか思って、常に誰かの側に居させてくれた。

 これであいつに襲われずに済む――そう安堵していた。

 が、今度は一緒にいるいない関係なく、出没したのだ。

 朝でも昼でも関係なく、遠くからジッと観察するように立っているのだ。

 おまけに必ず僕の視界に入るようにしている。

 なんて奴だ。


 そんな状態が一年が過ぎ、僕は一人で立って歩けて、喋れるようになった。

 家族はますます僕を可愛がってくれた。

 この世界の事や言葉を覚える度に、密着度の高いスキンシップで祝福してくれた。

 僕が寂しがり屋である事に、母や姉達は愛おしく思ったのだろう。

 母は執務の合間を縫っては、僕と姉達を連れてピクニックに出かけた。

 マローナ(13歳)と一緒に作ったらしいミルクがゆは、ほっぺたが落ちるほど、美味しかった。

 メローナ(7歳)によく食べさせられたが、それも悪くなかった。

 食事後は、モナ(5歳)と一緒に虫を捕まえたり、鬼ごっこしたりするのがお決まりになった。

 だけど、まだ歩くのもままならない僕はすぐにヘトヘトなった。

 そうすると、ムーナ(9歳)がさり気なく水を飲ませてくれ、何故かメローナが途中参戦して、手作りのフルーツジュースを飲まされることもあった。

 ミャーナ(11歳)はジッと見ているだけで、声をかける事はしなかった。

 僕が捕まえたダンゴムシを見せてあげると、急に「こっち来んな!」と敵意むき出しに威嚇してきたので、少し寂しい気持ちになった。

 でも、後でこっそり「私のために見せてくれてありがとう」と秘密を打ち明けるような声量で言ってくれるので、そこまで悲しくはなかった。

 こんな幸せな時間にも、アイツはいた。

 みんなで仲良く食べている時にも、蛇みたいに細長い舌を出しながら見ていた。

 遊んでいる最中も、まるで自分も参加しているかのように全力で追いかけられた事もあった。

 もうアイツさえいなければ、十割楽しめるのに。

 だけど、楽しい日々を過ごしていた。


 3歳になると僕に家庭教師がついて、この世界の事について、色々と教わるようになった。

 この世界は予想通り、魔法があって、魔王がいて、勇者がいた。

 まさに王道とも言えるファンタジーな世界。

 心の底から手を上げて喜びたい所だけど、先生の隣で副担任のように屹立きつりつしているアイツを見ていると、喜びが半減してしまう。

 アイツが見えるのは、どうやら僕だけのようだ。

 言葉を覚えたての頃は、必死にアイツを指差して、怖いとか言っていた。

 が、みんなキョトンとした顔をして、「どうしたの? 誰もいないよ」と口を揃えて言ってきたので、『もしかして、この世界の人間には見えないのかもしれない』と考えた。

 でも、学んでいるうちに、ある希望が芽生えた。

 十五歳になると、ランタンドン王国の都市部にある『ランタンドン学園』に入学するのが決まりで、そこには、あらゆる魔法や剣術、ポーションの製造などが学べるらしい。

 ちなみにマローナも学園の年齢基準に達したため、一足先に入学した。

 あの学園に入ればもしかしたら、アイツを倒せる方法が見つかるかもしれない。

 それまで襲われないよう、細心の注意をはらって生活しようと心に決めた。


 しかし、十五歳になるまではまだ十年以上もあった。

 その間、自分なりにアイツと戦う事にした。

 まず、アイツと追いかけっこしてみた――かったのだが、アイツは僕がどんなに遠くにいても、一瞬で目の前に現れたので、走る隙すら与えてくれなかった。

 次に、魔法は効くのか、試してみた。

 家庭教師から基礎となる魔法をいくつか覚えたので、襲われた時にやってみた。

 火の球を投げる魔法は、貫通されて失敗。

 水鉄砲の魔法も同様に失敗。

 そよ風の魔法も効果がなかった。

 石をぶつけてもすり抜けておしまい。

 一通りやってみた結果、アイツに魔法は効かなかった。

 念のため、ナイフを使ってみたが、無駄だった。

 ちなみに光や闇の魔法は、学園で学ばないと修得できないらしいので、ますます早く大人になりたいと願った。

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