転生しても憑いてきます

和泉歌夜(いづみ かや)

第1話 怨霊が出る呪いのビデオを見た

 どうしよう。

 見たら呪われるビデオを手に入れてしまった。

 バイトの後輩から「これを見たらマジで呪われるんで、気をつけてください」と、何日間も寝ていない顔で言ってきたから間違いないだろう。

 いや、そんなものを俺に押し付けるなよ。

 まぁ、貰う俺も俺だけど。

 それにしても呪いのビデオか。

 ビデオなんていつの時代の話だよって感じたけど、俺の押し入れに偶然にもビデオデッキが残っていた。

 久しぶりだからか、使い方をド忘れしてしまったので、携帯電話で調べてから入れてみた。

 部屋を借りる時に付いていたブラウン管テレビの画面が光った。

 真っ青な画面が映った後、すぐに真っ暗になった。

(やっぱり見られないか)

 そう思ってビデオを取り出そうとした瞬間、ザーという音が聞こえた。

 見上げると、白黒の砂嵐が流れていた。

 俺は何か嫌な予感がして、取り出すボタンを押した。

 が、何回押しても反応しなかった。

 そうこうしていると、また画面が切り替わった。

 今度は単色の映像ではなく、ちゃんとしたものだった。

 とある屋敷の部屋だろう。

 そこには、ブランとぶら下がった女性がいた。

 椅子が倒れている事から絞死こうしなのは間違いない。

(なんて気味の悪い映像だ)

 そう毒吐どくつきながらビデオを取り出そうとしたが、ゴトンという音がした。

 テレビからだった。

 映像が動いているのかと、チラリと見てみると予想通り、女性が倒れていた。

 すると、ムクリと起き上がった。

 少しずつ彼女の身体が大きくなるのが分かると、一目散に玄関へと走った。

 ドアノブを捻ろうとしたが、接着剤で硬められているかのように動かなかった。

 ガチャガチャ動かしても、足で蹴っ飛ばしても、うんともすんともいわなかった。

 外に助けを呼ぼうとした時、背筋が寒くなった。

 恐る恐る振り返る。

 テレビの画面から手が出ていた。

 俺は壊れるかと言わんばかりにドアノブを揺らした。

 背後から異様な冷気を感じ、鳥肌がたった瞬間、息ができなくなった。


 目を開けたら、知らないおじさんとおばさんの顔がドアップに現れた。

「おぉっ! 目を開けたぞ!」

「早く奥様にお伝えしないと!」

 どうやら召使いらしい。

 ブカブカの服を着た執事とメイドが慌ててどこかに行った。

 俺は首を動かそうとしたが、うまく出来なかった。

 腕も脚も思い通りにできなかった。

 唯一眼と脳だけが自由にできた。

 視線をキョロキョロさせるが、分かるのは天井だけ。

 だけど、この状態はどこか懐かしかった。

 まるで幼少期を思い出すような――そう思っていると、バンという扉を乱暴に開ける音が聞こえてきた。

 ドタドタという足音と共に、いきなり視界に現れたのは、長い黒髪の女の子だった。

「ママーー!! これが弟?! 思ったよりも毛むくじゃらーー!!」

 幼児特有の蜂蜜のような甘い声で、俺を好奇の眼差しで見ていた。

(うーん、俺ってそんなにモジャモジャだったっけ?)

 そう思っていると、今度は赤髪の子が顔を出した。

 頭に大きなリボンを付けていて、黒髪の子より細目だった。

「まぁ、これが私の弟……」

 黒髪の子より年上なのだろう、大人びた口調で俺を我が子のような暖かな目で見ていた。

 この時点で、俺が今どんな状況か、分かった。

 俺は赤ちゃんになったのだ。

 どうやら怨霊に襲われた後、転生してどこかの家に生まれたらしい。

 どうせなら死んだ時と同じ年齢が良かったが、この可愛い姉達にチヤホヤされるのも悪くない――と、しみじみと生まれ変わった実感を身にしみていた時だった。

 何の前触れもなく、新たな子が姿を現した。

 最初は、ブロンドの前髪が両眼で覆ってしまっているので兄か姉かの区別は分からなかった。

 が、頭にピンクのカチューシャを付けているのが見えたので、姉と判断した。

 その子は僕を見ても特に何も言わず、ただジッとこちらを見ていた。

 それが何だか不気味で、乳児特有の泣き声を出してしまった。

 すると、赤髪の子が「あらあら」とスッと僕を抱きかかえると、早熟した胸元に近づけて「よしよし」と揺らしてくれた。

(あぁ、中身は成人しているけど、赤ちゃん気分も悪くないなぁ)

 あまりの心地に泣くのを止めて眠りにつこうとしたが、黒髪の子が「ミャーナ! ドアの前に突っ立ってないで、こっち来なよ!」という馬鹿でかい声に妨げられてしまった。

 赤髪の子のおかげで、見える景色も変わった。

 ドアの方を見てみると、白のツインテールで推定八歳くらいの女の子がモジモジしながら立っていた。

 その子は猫みたいにアーモンドの形をした眼でキョロキョロさせると、チラッと僕の方を見た。

「わぁ……」

 ボソッと呟くような声が聞こえた後、ハッと顔を真っ赤にさせて、逃げるように部屋から出ていってしまった。

 赤髪の子が「もう、恥ずかしがり屋さんね」とクスッと大人の余裕の笑い方をしていた。

 僕はアバアバと言いながら彼女に甘えていると、強い視線を感じた。

 見える限りの範囲で探してみると、青のショートカットの子がジッと僕を見ていた。

 あの前髪隠れていた子より身体や顔尽きが一回り小さく、ずっとおしゃぶりをチュパチュパさせていたので、この姉達の中で一番年下だと考えられた。

 だが、その子はおしゃぶりを外して、「マローナ姉ちゃん、私も抱っこしたい」と普通に話していた。

 マローナという名の赤髪の子は「いいわよ」と、その子に渡した。

 青髪の子は慎重に僕を受け取ると、チュパッとおしゃぶりを外し、僕の口に入れた。

 信じられなかった。

 彼女は自分がさっきまで付けていたおしゃぶりを弟に咥えさせたのだ。

 僕は抵抗する間もなく、チュパチュパするはめになった。

 衝撃的な間接キスだ。

 マローナが「ちょっと、メローナ! なに勝手に咥えさせているの?!」と少し怒り気味に声を出して、おしゃぶりを奪うように外した。

 すると、青髪のメローナが「お姉ちゃん、やめて! それであやしているの!」とムッとした顔になった。

「マローナ、メローナ、喧嘩はやめなさい」

 二人の姉が今にも言い合いになりそうな時に、豪華なドレスに身を包んだ女性が部屋に入ってきた。

 姉達が口々に「お母様」と言っていたので、これが僕の母なのだろう。

 五人の娘を産んだとは思えないほど、美貌を維持し、ふくよかな唇が魅力的だった。

 母はマローナから僕を受け取ると、「よしよし」と子守唄を歌った。

 その声が余りにも心地良くて、僕はあっという間に眠りについてしまった。

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