●第四十三話● 屋上での戦い


 文字通り、晴矢ハルヤたちは、虹のような軌跡を描いて旧校舎の屋上に着地した。


 屋上には真っ白な人魂が満ちていて、まるで渦巻く入道雲のようになっていた。



「うおっ……、っおおおおおおお‼」



 紙状の人魂たちを斬り捨てながらの着地。

 その衝撃は、晴矢の両足が受けた。


「おっ、ととと、とおぉ――ッ‼」


 限りなく格好悪いかけ声を上げ、絡まり合いながら屋上を駆け抜けて、フェンスにぶつかったところで、何とか晴矢たちは止まることができた。


 深羽みはねを庇おうとしてフェンスに思いっきり顔を打ちつけて、晴矢はバッタリと屋上に倒れ込んだ。

 強風が吹き散らかし、紙吹雪みたいな人魂たちが舞う中、心配そうに晴矢の顔を深羽が覗き込んだ。



「だ、大丈夫ですかっ……⁉」


「……バイタルサイン、異常なし。頭部及び脚部に、重大な損傷なし。戦闘続行に支障はない」


 深羽に答え、晴矢は立ち上がった。

 地上では、一年A組の女子たちが戸惑いながらも幽霊ゴーストと戦っている。

 だが、少しずつ押されているようだった。

 急がなければならない。


「行くぞ、深羽! とにかく月穂つきほ嫩葉わかばを救い出して、〈境界の鏡ゲート・ミラー〉を取り戻すんだ!」

「はい!」


 頷くと、もう深羽は走り出していた。彼女の体を切り裂こうと、ナイフのように鋭い人魂たちの猛攻が続く。晴矢もすぐに、彼女の後を追った。

 真っ白な紙状の人魂をどんどん切り裂きながら、燐光をほのかに宙へ残し、深羽と晴矢の二振りの剣が鋭く閃いていく。

 ほとんど、剣を振るえば人魂に当たるという状況だった。恐ろしい勢いで、〈イン・ジ・アイ〉が計測する晴矢と深羽の討伐スコアが積み上がっていく。



(……けど、数が多すぎる!)



 晴矢も深羽も、少しずつしか前へ進むことはできなかった。


「鏡! 鏡はどっちだ⁉」

「あっちです!」


 深羽が叫ぶ。

 屋上の真ん中だ。


 その前に、カグヤ・タワーの大図書館から見た通り、――月穂つきほがいた。


 そして、そのそばに、嫩葉わかばがいる。



 嫩葉もまた、晴矢たちと同じように、〈境界の鏡ゲート・ミラー〉へ近づく月穂へと駆け寄ろうとしているようだった。



(あの文車妖妃ふぐるまようひの文ちゃんが言ったように、本当に月穂が人類側の裏切り者なのか⁉)



 晴矢の脳裏に、月穂の自信なさげな笑顔が映る。

 やっぱり、晴矢にはどうしても月穂が裏切り者だとは思えない。思いたくなかった。

 ……けれど、誰かに操られている、という可能性はあるかもしれない。


 月穂は、今にも〈境界の鏡ゲート・ミラー〉に手を伸ばそうとしている。



「月穂‼」

 晴矢が思わず叫んだ、その時だった。


 ふいに駆け出した嫩葉によって、月穂の小さな体が思いっきり振り払われた。



「……ふにゃあっ!」


 月穂の悲鳴が、ここまで届く。

 猛烈な数の人魂に囲まれながらも、月穂は、嫩葉を見つめて泣き声を上げた。



嫩葉わかばぁっ! ――ダメ、ダメだよ、絶対! お願い、やめてっ」



「……⁉」


 悲鳴のようなその声は、あっという間に人魂の渦の中に呑まれてしまった。


「月穂……!」


 晴矢は、目を見開いた。

 一瞬前までとは、完全に立ち位置が入れ替わっていた。

 月穂が人魂に渦巻かれ、……嫩葉は、あの人魂を無限に喚び出す〈〈境界の鏡ゲート・ミラー〉の目の前に立っている。

 そして、嫩葉は今、そのしなやかな手を、すっと伸ばした……。


 晴矢は、目を見開いた。



(――やっぱり、裏切り者は、月穂つきほじゃなかった)



 月穂は、そんなことができるほど気の強い少女ではない。ということは……。



「嫩葉、おまえが……!」



 人魂に囲まれた月穂を示し、けたたましく〈イン・ジ・アイ〉の警報が鳴る。

 月穂が、《人類の敵》の猛攻を受けているのだ。

 晴矢は、すぐに月穂の元へと走り出した。深羽も続く。


月穂つきほ!」

「大丈夫ですかっ⁉」


 人魂の群れに襲われている月穂を守って、晴矢と深羽は剣を振るった。

 その晴矢たちを見て、恐ろしいほどに上がっていた月穂の心拍数が、見る見るうちに落ち着いていく。

 晴矢は、月穂のそばへと膝を着いた。


「怪我はないか? 月穂」

「う、うん、なんとかっ……。……来てくれたんだね、ハル」


「当たり前じゃん。近接武器の俺たちが前に立つ。戦闘続きで申し訳ないんだが、おまえは援護してくれるか?」

「も、もちろん、あたしなんかでよければ!」


 裏返った声でそう叫ぶと、切っていた〈イン・ジ・アイ〉をようやく起動させたらしく、月穂の左眼が淡く輝き出した。そして、晴矢たちの背中を守るように立ち、おどおどと弓矢を握る。

 けど、その小さな肩は、わずかに震えていた。


 月穂に、晴矢ハルヤは〈イン・ジ・アイ〉でメッセージを送った。



『……ごめん、怖いよな。無理すんなよ』

 すると、月穂はふるふると首を振った。

『無理するよっ。……だって、友達のためだもん!』


 そうこうしている間に人魂に襲われ、月穂は尻餅を着いた。

 けれど、座り込んだ月穂は弓矢で遠隔攻撃を加え、わずかに引いた人魂を晴矢が剣でトドメを刺した。


「えいえいっ! やあっ!」

 

 逆に気の抜けるような気合を入れて、月穂が次々に矢を放っていく。そのそばで剣を振るいながら、晴矢は月穂にまた〈イン・ジ・アイ〉で尋ねた。


『なあ、月穂。おまえさ――、アイツが、嫩葉の奴が裏切ってたってこと、いつから気づいてたんだ?』

『えっ……?』

『だって、〈イン・ジ・アイ〉を切ってこの旧校舎に一人で乗り込んだんだろ?

 それって、他の奴にバレないうちに嫩葉を止めるためじゃないのか』


「……」

 月穂は弓を下ろし、黙り込んだ。



「こらぁっ! 月穂‼ 戦え、死ぬぞっ!」

「わひゃっ、はいぃっ!」

 しゃんと背筋を伸ばし直して、月穂はまた弓を構えて矢を放ち始めた。



『……打ち明けられなくてごめんね。なんか、告げ口みたいだなって、思っちゃって……。

 実は、ハルと深羽が五月祭メイ・デイの準備のために女子寮を抜け出した夜にね、あたしも手伝いたくって、こっそり追いかけたんだ』


『……それで?』


『結局ハルたちがどこにいるのかわからなくって、〈イン・ジ・アイ〉で声をかける勇気も出なくて……、帰ることにしたの。

 そうしたら、嫩葉わかばを、《人類の敵》居住区のところで見かけたから……』


『その時に、嫩葉わかばが《人類の敵》居住区内で、文車妖妃ふぐるまようひの部屋のロックを解除しているのを見たのか?』


『う、うん……。最初は生徒会の仕事かなって思ったんだけど。

 その少し後で、急に学内警報が鳴ったから、異常事態なんだってわかったの』


『そうか、そういうことだったのか』


『なんとか誰にもバレないように、あたし一人で止められたらよかったんだけど。

 ごめんね、なんにもできないくせに、一人でしゃしゃって……』


『……そんなこと、思ってたのか?』


『あ……、う、うん……』


〈イン・ジ・アイ〉越しの月穂の声が、どんどん小さくなっていく。

 晴矢は思わず月穂を見た。


『……俺さ、おまえに無視されてると思ってた』


『え⁉ む、無視なんて、してないようっ……』


『だって、前みたいに話しかけてくんないしさ。俺みたいなのと関わり合いたくないのかなと思ってたんだけど』


 転校したばかりの頃は、月穂がちょくちょく話しかけてくれて、桜ノ宮女学院のことをあれこれ教えようとしてくれていた。

 ……でも、今は、ちょっとでも目が合えばすぐ逸らされる。

 そういうのを、世間では無視と呼ぶんじゃなかろうか。


『そ、それは……。だ……、だって、ほら、ハルって、凄いから』


『え? 俺が? どこが凄いの?』


『凄いよ! というか、凄すぎるよっ! 転校してきてすぐに校内記録に残るような駆除科の討伐成績を挙げちゃうし、それに、深羽とか嫩葉とか、生徒会の凄い子とばっかり仲良しだし……。皆も、ハルは凄いって騒いでるもん。

 それに比べたら、あたしなんか、普通だし。むしろ、普通以下だし。……だから、あたしなんかが声をかけたら迷惑かなって思って、それで……』


『無視……。……じゃなくて、避けてたのか? 俺のこと』


『あ……。……ご、ごめん』


 小さくなって、月穂はまた棒立ちになってしまった。だから、弓を引くのを止めるなというのに。晴矢は、月穂をフォローしながら言った。


『なあ、迷惑なんて、思うわけないだろ?』


『そんなことないよ。あたしなんか……』


『なんかとかじゃなくてさ。……だって、俺ら、友達じゃん?』


『……ほ、ほんと?』


『うん。A組に転校した日にさ、教室でおまえが一番に話しかけてくれただろ。あれ、結構嬉しかったんだぜ。……だから、まわりの意見とかに振りまわされないでさ、仲良くしたきゃすればいいんだよ。

 ……えーと、おまえが嫌じゃなければだけど』


「う、うん! そうだよね……!」


〈イン・ジ・アイ〉越しではなく、自分の声で、月穂はそう言った。

 やっとのことで、月穂つきほの顔がパッと明るくなった。


「よぉーし、頑張るぞ!」


 お菓子作りでも始めるような口調でそう言うと、月穂はまた弓を構えた。そこからは、いつもの鋭さを取り戻し、戦場に月穂の放つ矢が駆けめぐった。


「さあ、じゃんじゃん援護するよっ!」

「ああ、頼む!」


 高速で放たれる月穂の矢は、高熱を伴い、次々に紙状の人魂たちを射落としていく。月穂の弓矢の精度が増したおかげで、嫩葉までの道が開けた。


「嫩葉……!」

 


 晴矢は、今にも〈境界の鏡ゲート・ミラー〉に触れようとしている嫩葉の元へと、全力で駆けた。




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ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


年始は立て込みそうなので、なるべく年内に結末までアップしたいと思っています…!

もうだいぶ佳境なので更新スピード上げていきいたいです。

果たして何名様が完走してくださるのか…(涙)

できれば、最後までお付き合いくださいませ!

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