●第三十一話● 幽霊の暴走、その責任は



「――それで、どう責任を取るつもりなの? 深羽みはね



 生徒会室に呼び出された深羽は、うつむいて姉の盾羽たてはに向かい合っていた。


 あの後、晴矢ハルヤと深羽はすぐに駆除用作業着と武器を取りに走って、突然現われたあの紙状の人魂群駆除を開始した。

 

 警報に飛び起きてきた、他の生徒達の協力もあった。


 ……だが、奴ら奇妙な紙切れのような姿の幽霊ゴースト――人魂どもは、〈境界の鏡ゲート・ミラー〉から無数に湧き出てくるのだ。

 否応なく、晴矢達は苦戦を強いられた。


 そして、夜が明けると同時に、人魂の多くは一時ある場所へと退散したのだった。

 ……が。



「昨夜の奇襲は、この桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんに集中したからよかったわ。幸い奴らは外部への逃亡を目論んではいないようだから、この不始末はまだ外部には漏れていない。

 ……けど」



 昨夜の証人として呼ばれた晴矢ハルヤは、黙って話を聞いていたが、……確かに盾羽の言う通りだった。


 桜ノ宮女学院の持つ防御システムの一つ、磁気結界シールド盾部たていぬべ』が発動したのもあって、《人類の敵》は敷地外には逃げ出さなかった。

 奴らを外部へ逃がさないために、今も生徒たちが順番で防衛線を担い、監視を続けている。



 しかし、神器〈境界の鏡ゲート・ミラー〉によって集められた《人類の敵》達は、――そもそも外部への侵攻をする気はないようだった。


「万一に備えて、学校の周囲をめぐらせている磁気結界を停止することはできないわ。我々は、完全に外部から孤立してしまった。当然、いつまでもこのままというわけにはいきません。

 あれだけの数が集まれば、近隣に被害が及ぶのも時間の問題だもの」


 桜ノ宮女学院の生徒たちに戦闘を仕掛けてきたのは、全体からすればごく一部だった。

 人魂の大部分は、召喚された旧校舎の屋上を渦巻くようにして留まっていた。

 まるで、何かを――いや、〈境界の鏡ゲート・ミラー〉を、守るように。



 今も奴らは、旧校舎にいる。



 晴矢達も旧校舎の屋上に向かおうと思ったのだが、出入り口も窓も紙状の人魂が無数に固まりついているのか、内側から閉じられていた。


 俯いていた顔を上げて、深羽みはねは悲しげに言った。


「……申し訳ございませんでした。盾羽たてはお姉様。今回の失態の責任は、すべてわたしにあります。

 必ずわたしが今回喚び寄せてしまった《人類の敵》をすべて……」


「待てよ、深羽」


 黙って聞いていられずに、晴矢ハルヤは口を挟んだ。


「責任っつーなら、俺にだってある。一緒に五月祭メイ・デイの準備をしたんだから」

「でも、企画立案はわたしが一人で行いました。計画の不備に気づかなかったのは、わたしの責任です。

 ハルちゃんは、ただ手伝ってくれただけですから」


「何言ってるんだよ。あんなことになるなんて誰も予想できなかったじゃないか。

 誰か一人の……深羽のせいじゃない」


 しかし、盾羽が冷ややかな瞳で晴矢を見た。


「それを予想するのが、桜ノ宮女学院生徒会役員の務めよ。でなければ、学内の生徒のみならず、一般人も危険に晒すもの。

 ――深羽は何も間違ったことを言っていないわ、神埜晴夏じんのハルカ


「……」


 黙り込んだ晴矢に肩をすくめ、盾羽は、窓の外の陽光を眺めた。

「今は旧校舎の屋上に留まっている《人類の敵》達も、宵闇が来ればまた凶暴化して襲いかかってくるでしょう。夜は幽霊の時間だもの」

「はい」


「わかっていると思うけど、こんな失態のために、我が校の大切な戦力を貸すつもりはありません。この件については、解決までのすべてをあなたに一任するわ。

 今年は五月祭の衛星中継はキャンセルせざるを得ないでしょう。でも、そんなことは些細な問題よ。

 今夜中に自分一人の力で奴らをすべて狩ることができなかったら、あなたは斎院家の一員としてこの桜ノ宮女学院の生徒となる器ではなかったということね。

 ――深羽みはね。その時は、速やかに我が校を去りなさい」


「わかりました。盾羽たてはお姉様」



「……! 深羽……!」

 思わず止めようとした晴矢の手を、深羽が首を振ってそっと解いた。

「……っ」



「盾羽お姉様」

 何とか震える顔を上げ、深羽は、もう一度盾羽を見つめた。



「必ず、わたしが《人類の敵》を止めてみせます」



 静かに盾羽が頷いて――。


 ……結局、晴矢ハルヤは、何もしてやることができなかった。


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