《人類の敵》駆除は女子高生の健全なボランティア活動です!

夏ノ樹

第一部 お嬢様だらけの女子高

●プロローグ● 十五秒間の彼女


 その十五秒に、音はなかった。

 無音の世界で、青い炎が揺らめく大剣を、少女が振るう。

 長い髪に隠れたその横顔は、強くて、儚げで、孤独で、悲しげで――。



 ……でも、とても綺麗だった。



 彼女の唇から漏れる呼吸音だけが、静寂の中から聞こえてくる。

 戦闘の緊迫感。

 音楽も効果音もない広告動画なのに、どうしてここまで心惹かれるのだろう?


 少女が、敵を大剣で薙ぎ払う。彼女の艶やかな髪が舞い上がり、焦らすように一瞬だけ、綺麗な瞳の色が映った。


 神埜じんの晴矢ハルヤは――、思わず見惚れた。



 けれど、そこで――聞き飽きた甲高いキンキン声が、耳元で響く。

「――……お兄っ、こら、お兄!」

「……うわっ⁉」

 耳をギューッとやられ、無理やり振り向かされると……。


 そこには、鏡でも見ているかのように晴矢ハルヤとそっくりの女がいた。

 ツンと生意気な猫を思わせる表情に、ザクザク切ったショートヘア。

 晴夏ハルカだ。

 晴矢ハルヤの双子の妹。

 母親の腹の中からの付き合い。

 腐れ縁の関係。


「キミって奴は、本当に暇だねえ」

 いつもの悪魔的な笑みを浮かべ、妹が痛いところを突いてくる。

「ぼーっと広告動画なんか眺めて、またIQ下がっても知らんよ?」

「う、うるさいな。別に広告動画なんか観てねえよ。ただ、現実拡張ARの動画がリビングでつけっ放しだったから――」


「嘘をつけ、動画の女に見惚れてたくせに。あれ、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの女だね。――ああそうか、もうすぐ桜ノ宮女学院の五月祭メイ・デイか。

 毎年、ちょうどボクらの生誕記念日頃に開催されるんだよね。

 あそこの五月祭メイ・デイは、今や甲子園ばりの国民的お祭り行事だ。今年も中継が入るんだろうね……」


 妹が、嫌な笑顔で不気味に笑っている。

「お兄って、ああいうのがタイプなんだ? 彼女、AIによる非実在合成少女じゃないといいけどね。ボクが調べてやろうか?」


 妹の左眼が、機械的な偏光を放ち出す。

 まさに、不可思議な第三の眼だ――かつては厨二病の代名詞だった症状。

 この第三の眼は、現代では額ではなく左眼の中にある。


 通称、――〈イン・ジ・アイ〉だ。

 究極のウェアラブル・デバイス。脳内に埋め込んだこの超小型端末〈イン・ジ・アイ〉からネットにアクセスし、情報を検索できるのだ。

 閲覧している情報は、そのまま暗号化されて反転し、実際の左眼に映し出される。


 云十年前までは、スマートフォンとかいう小型端末を誰もが携帯していたらしい。

 が、今はそういった携帯端末は必要ない。

〈イン・ジ・アイ〉のおかげで、ハンズ・フリーでネットや通話回線に繋ぐことはおろか、裸眼による現実拡張ARの認識までもが可能になったのだ。


「……お、凄いぞ、お兄。彼女、今、検索急上昇ワードのナンバーワンだ。ぶっちぎり」

「知らねえよ! つーか観てねえっつってんだろ? テメエしつけえぞ、晴夏ハルカ!」


「図星を刺されると途端に口が悪くなるんだよねぇ、お兄は。実に馬鹿だね。

 本当に昔から変わらないなぁ」

 ニタニタと笑いながら、妹が脳内でなにかを調べ続けている。


「まったく、相変わらず馬鹿だね。桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいん院の女なんか好きになったって、報われないよ? あんなお嬢ども、相手にする男なんか産まれた時から決められてるだろうに……」

「うるさい!」

 黙って見ていることができずに、晴矢ハルヤはさっさと踵を返すことにした。こういう時は、無視するに限る。


 すると、後ろから『ケケケ、ニゲタニゲタ』とお化けみたいな煽り声が聞こえてきた。

 脱力。

 悪魔は自分自身によく似ているという話がどこかであったが、あれは実話だったようだ。……少なくとも、晴矢ハルヤにとっては。


「はあぁ……。なんなんだよ、もう」

 最近の知能テストで数値が恐ろしく落ちたのは事実だし、正直気にもしている。

 自信喪失もいいところだ。

 けどもう、あの悪魔いもうととの付き合いも終わるはずだった。



 ――この新しい、季節ハル限りで。








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 プロローグを読んで頂き、ありがとうございます!


 引き続き第一話も読んでいただけたら幸いです!

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