第10話 シェーラとの再会

 僕に声をかけたのは、ネコ耳冒険者のシェーラだった。


「うっそシェーラ? 凄い偶然」


「レオもシェーラのこと憶えててくれたにゃ?」


「そんなの当たり前でしょ」


 そりゃシェーラのおかげでチャンネル登録者が増えた、と言っても過言ではないからね。

 忘れられるわけがない。

 いまコレを見ているピュアさんなんか、まさかの再会に喜んでいるんじゃないかな?


「レオは一人にゃ?」


「うん。ご飯を食べにきたんだ」


「そうにゃんだ。じゃー、シェーラたちと一緒に食べよ?」


「え? いやお誘いは嬉しいけれど……」


 僕はシェーラと一緒に食事をしている人たち――冒険者仲間をちらり。

 あ、赤髪のイケメンと目が合ってしまった。


「迷惑にならないかな?」


 答えたのは赤髪のイケメンだった。


「俺たちは構わないぜ。いっつも同じメンツで飯を食ってるからな。たまにはいいだろ。なあ?」


 イケメンが同意を求め、仲間たちが頷く。


「私は構わないわ」


 と女性魔法使い(超美人)が言えば、


「ウチもかまへんよ」


 樽ジョッキのお酒をグビグビやってる女の子(見た目完全に小学生)も続く。


「見たところこの国の者ではないようだな。異国の話を聞けるのは我にとって喜ばしい事。遠慮など無用だ」


 頭部が完全に虎の人もそう言ったところで、


「ってわけだ。アンタもこっち来て一杯やろうぜ」


 イケメンが僕を手招きするのだった。


 ◇◆◇◆◇


「あ、それ前にも見たヤツだにゃ!」


 テーブルの端っこに立てかけたスマホを見て、シェーラが顔を綻ばす。

 スマホのインカメラで、テーブル全体を見えるように設置したからか、


〝シェーラたんきたああああああああああああああああああああ!!〟

〝うわあああああああああああああああああああ!!!!!〟

〝おんぎゃあああああああああああああああああああっ!!!〟

〝今日の配信リアタイしてる俺は勝ち確〟

〝ネコ耳ちゃんマジでカワイイね〟

〝あの魔法使いのお姉さんえちえちすぎない?〟

〝子供が酒飲んでるけどいいのか?〟

〝バッカお前。お前バッカ。異世界だから見た目通りの年齢とは限らないだろ!〟

〝ピュアさん今日も絶好調だなw〟

〝今日はシェーラがいるからな。ぶっ壊れもするだろwww〟


 コメントの流れるスピードが速いこと速いこと。

 視聴者数もぐんぐんと伸びているぞ。


「シェーラに聞いてた魔道具マジックアイテムってそいつのことか? なんでもこの板に映っているものを遠くにいる連中に見せることができるんだってな」


 赤髪のイケメンがスマホを覗き込む。


〝……ぽ〟

〝やだぁ……カッコイイよぉ〟

〝男前にもほどがあるだろ〟

〝レオさん名前! この方のお名前を教えて!〟

〝あたしも知りたい!!〟

〝アテクシも聞きとうございますわ!!!〟

〝レオっち、このイケメン兄貴の名前をはよ!〟

〝ワイはえちえちお姉たまのお名前を所望する!〟

〝俺も!〟


 視聴者みんながイケメンとお姉さんの名前を知りたがっている。

 さて、どう切り出したものか。


「ここに書かれているのがアンタの故郷の文字か。読めやしないが大した魔道具じゃないか」


 イケメンがスマホを、そして流れるコメントを興味深そうに見つめる。


「あ、気になるならしまうよ?」


「いんや。このままでいいぜ。こっちのミレーヌなんか魔道具に目がないからな。しまったら逆にガッカリしちまうだろうぜ」


「そうよ。しまってはダメ」


「聞いたな? あんたが良ければこのままで頼むぜ」


 イケメンの隣に座る女性の方を向く。

 いかにも『魔女です』みたいなとんがり帽子を被った彼女と目が合う。


「魔法使いのミレーヌよ。魔道具が大好きなの。よろしくね」


「よろしくミレーヌさん」


「うふふ。『さん』は不要よ。私にも、仲間たちにもね」


 そう言い、ミレーヌが微笑む。

 シェーラもそうだったけど、冒険者界隈ではフランクな付き合いが好ましいのかも。


「そーだよレオ。シェーラたちみんな、『さん』づけされたらムズムズするんだにゃ」


「そっか。ん、わかったよミレーヌ。僕は怜央。えーっと……」


 再び僕の正面に座るイケメンに視線を戻すと、


「俺は戦士のカイだ。んで、そっちのハーフフットが斥候のリィリィ。あっちの虎人ハイケットシーが神官のラヤヤだ」


「ん、よろしゅう」


 見た目が完全に小学生の女の子が片手を挙げる。

 なるほど。ハーフフットか。どうりで子供に見えたはずだ。

 見た目は子供だけど、この落ち着いた雰囲気。

 ひょっとしたら僕より年上かも。


「この出会いも神の導きの一つだろう。レオよ、我らと共に楽しい一時を過ごそうではないか」


 虎人間改め、虎人のラヤヤが樽ジョッキを掲げてそう言う。

 神官なのにお酒が好きなんだね。

 

「魔法使いのミレーヌに戦士のカイ。それに斥候のリィリィに神官のラヤヤと」


 視聴者にも聞こえるように、四人の名前と職業を復唱する。


「はっはーん。レオ、アンタ人の名前を覚えるのが苦手だな?」


 復唱する僕を見て、カイがにやりと笑う。


「あはは。そんなまさか……バレた?」


「無理しなくていいぜ。ゆっくり憶えていけばいんだよ」


「ん、ありがとカイ」


 礼を言い、ちらりとスマホを見る。

 

〝カイ様!!!!!!!!!!!〟

〝なんて素敵な名前ザマス!!!〟

〝イケメンな上に優しいなんて惚れてまうやろっ!〟

〝レオさん、ちょっとその席変わってくださる?〟

〝お顔面のお偏差値がお高すぎませんこと???〟

〝カイさまのアップ百万回スクショした〟

〝アテクシなんか5000兆回スクショしましたわ!!〟


 うーわ。

 すっごい人気だこと。

 男性人気のシェーラに、女性人気のカイ。

 この二本柱があればチャンネル登録者数をかなり増やせそうだ。


 ◇◆◇◆◇


 酒場から配信をはじめて、すでに1時間が経過していた。


「へええ。パーティ名は『朱き流星』っていうんだ。かっこいいね」


 夕食が届き、お酒も運ばれ、乾杯に次ぐ乾杯で、僕を含めた全員がイイ感じに酔っ払っていた。


「おうよ。あの頃は俺たちみんな駆け出しでよ。暫定パーティを組んで野営してた時に、夜空に朱い流星が流れてな」


「ほうほう」


「んで、流星を見てどいつもこいつも運命を感じたんだろうな。暫定からマジでパーティを組むことになってよ。あの夜に見た流星から取って『朱い流星』ってパーティ名をつけたのよ」


「それイイ! 凄くイイ!」


 目がとろんとしたカイが、パーティの結成秘話を語る。

 最早酒飲み配信と化していたのに、視聴者の反応は変わらず上々だった。


「こんどはレオの話を聞きたいんだにゃ」


「え、僕の?」


「うん! にゃんでレオはいっつもその魔道具を使っているんだにゃ?」


 僕の隣に座るシェーラが訊いてきた。

 さて、なんと答えたものだろうか?

 お酒を飲んでいるせいで、考えがまとまらないぞ。


「僕は……うん。旅をしているんだ」


「ふぅん。旅、ねぇ。どうして旅をしているのかしら?」


 訊いてきたのはミレーヌ。

 さっきからワインばかり飲んでいる彼女は、頬がほんのりと赤くなっている。


「実は前の職場ですっごく酷使されていたんだけど、そこが取り潰しになってね。良い機会だから一度故郷を離れて、違う場所で疲れた体と心を癒やしたくなったんだ」


「ほう。それでお主は旅に出たと申すのか」


 ラヤヤの言葉に僕は頷く。


「幸いなことに、この――」


 僕はスマホを指さし、


「スマ――ま、まじっくあいてむ? があれば、故郷に住む人たちと繋がりを持ったまま旅ができるからね。あとついでに故郷にいる人たちに、僕が見ている光景を見せることもできるからさ」


「ふにゃ~ん。でも一人で寂しくないにゃ?」


「それが寂しくないんだよシェーラ。理解して貰えないかもだけど、一人でも一人じゃないっていえばいいのかな? とにかく、一人で旅してても寂しくないんだ。僕には――」


 流れるコメントを見つめ、続ける。


「ほら。こーやってコメントをかけてくれる人たちがいるからね」


 僕のこの発言に、


〝レオっち。お前ってヤツは……〟

〝分かる。超分かる。俺もお前らといると寂しくないんだ〟

〝共に異世界を共有してる仲間だもんなぁ〟

〝じーん(心に響いた音)〟

〝レオっち不意打ちすんなよ。画面が歪んじまったじゃないか〟

〝俺なんか目の汗が止らないんですけどwww〟


 視聴者たちも同意してくれた。

 これも視聴者数100人未満の配信だからだろう。

 あ、また増えてぴったり100人になった。

 

「レオ、なーに笑ってんだ?」


「聞いてよカイ。いま僕たちを見てる人数がさ――」


 100人になったんだ、そう続けようとしたタイミングでのこと。


「きゃあああああああああああああああああっ!?」


 突然、酒場の外から悲鳴が上がった。

 それだけではない。


「うわぁっ!? な、なんだコイツらはっ!?」

「助けて……助けてくれーーーー!!」

「逃げろ! 早く逃げるんだ!!」

「誰か来てーーーーーっ!!」

「ぎゃあああああっ!!」


 悲鳴に続き、争うなような音が。

 酒場の外――それもすぐ近くででのっぴきならない事態が起こっているようだ。


〝なになになに?〟

〝いま悲鳴聞こえなかった?〟

〝シェーラたんの声拾うために音量最大にしてたから鼓膜ないなった〟

〝てか何事だよ?〟


 これには視聴者も戸惑っている。

 隣のシェーラに顔を向ける。


「ねぇ、シェー……」


 さっきまでとは違い、シェーラは真剣な顔をしていた。

 ネコ耳がピクッピクと動いていることから、周囲の音を探っているようだ。

 

 シェーラだけではない。

 カイもリィリィもラヤヤも、酒場にいる冒険者っぽい人たち全員が耳を澄まして外を警戒していた。


「「「……」」」


 誰もが口をつぐみ、沈黙が酒場を支配する。

 だが、


 ――ドンドンドンッ!!


 酒場の扉が叩かれた。

 次いで、


「た、助けてくれぇ!!」


 一人のおじさんが酒場に転がり込んできた。

 いや、おじさんの他にも誰かいる。

 おじさんを追いかけるようにして小柄な人影も一緒に入ってきたのだ。


「ウソだろ……」


 僕は思わず呟いてしまった。

 なぜなら、おじさんを追いかけるようにして入って来たのは――


『グギャ、ギャッ。グギャギャッ!!』


 酒場のランタンに照らされた緑色の肌。

 粗末な腰巻。

 手には錆びだらけの斧。

 目がギョロギョロと動き、涎を垂らす口にはギザギザの歯が生えている。

 瞬間、シェーラが叫んだ。


「ゴブリンだにゃ!!」

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