第9話 異世界の酒場
スーパーで大量購入した砂糖を、異世界のデクランさんに買い取ってもらった翌日。
「マジですか?」
――チャンネル登録者数319人。
登録者数が一気に200人近く増えていた。
「いったい何事?」
デクランさんに砂糖を売る配信は、正直なところ視聴者の反応は微妙だった。
おカネを得るために必要だったとはいえ、カメラに映るのが小太りの中年男性だったことが主な理由だろう。
敗因と言ってもいい。
「それなのになんで登録者数が増えてるんだろな。……ん? 再生回数が……20000回だって?」
冗談半分で投稿した、『異世界でバイトしたけど2分でクビになった件』動画。
その動画の再生数が地味に伸びていた。
「コメント欄も盛り上がっているな。なんかウホウホ言ってる人が多いけど、『ウホッ』ってどゆ意味なんだろ? ゴリラの真似? ゴリラの獣人はいなかったと思うんだけどな―」
城壁の補修工事現場にいた、半裸のムキムキなマッチョや獣人たちの姿に、コメント欄は大盛り上がり。
誰かがどのマッチョが好みだと書き込めば、いやいやあの獣人の胸板が最高だろうとか、肩にデッカイ重機乗せてるのかいだのと、デクランさんに砂糖を売った配信よりもよほどコメント欄が盛り上がっていた。
他にも、ちょこちょことアップしていた異世界動画が地味に伸びている。
大通りをただ歩くだけの動画ですら、10000再生を超えているから驚きだ。
「ふーむ。となると、やっぱり一目で異世界ってわかる絵面がいいわけだな。とくれば……」
僕はスマホを握る。
今日、異世界で行く場所が決まった瞬間だった。
◇◆◇◆◇
「みなさん今晩は。異世界配信お兄さんの玲央です。本日も張り切って異世界から配信したいと思います」
この日の夕方、僕は領都アルタテの飲み屋街に立っていた。
右を見ても左を見ても酒場が並んでいる。
道行く人の中には、すでに千鳥足な人もちらほらと。
時刻は日本時間で20時。
昼からからSNSで告知していたこともあり、
〝お、今日もレオっち配信するのか〟
〝ずいぶんと騒がしいとこだな〟
〝相変わらずセットすげーなw〟
〝わかる。灯りがランタンのみとか雰囲気がいいセットだよね〟
〝↑セットもクソもあるか。異世界から配信してるに決まってるだろ!〟
〝ピュアさんは今日もおるんか〟
〝ピュアさんエブリデイ暇してるんだなw〟
〝微力な俺もいるぜ〟
〝微力さんはスーツ着て帰ってどうぞ〟
〝レオっち今日はなにするの?〟
すでに70人近い視聴者が。
しかも、
〝初見〟
〝これが異世界配信?〟
〝ケモ耳のムキムキ兄貴が出る配信はここですか?〟
〝噂の穴園と聞いて〟
まだまだ増え続けている。
一部、『噂の穴園』とか何言ってるか分からない人がいるけれどね。
「本日の配信ですが、先日お砂糖を売って稼いだおカネを使い――」
カメラに一軒の酒場を映し、続ける。
「異世界の酒場で飲み食いしてみたいと思います!」
〝異世界の飲み屋か〟
〝ちょっと楽しそう〟
〝オークの肉とか出るんでしょ?〟
〝ドラゴンの肉はある?〟
〝それよりマジモンのマンガ肉が見たいな〟
〝ネコ耳のお姉さんはいますか?〟
〝ケモ耳のお兄さん(イケメン)はいますか?〟
〝マッチョなアニキがいないと帰るからな〟
〝↑早くも趣旨からズレてて草〟
反応は上々。
異世界の酒場と聞き、興味をそそられたようだ。
「実はですね、僕もこちらの世界の飲食店に――というか、異世界でおカネを使うこと自体はじめてだったりします」
〝はじめて〟
〝初めて(意味深)〟
〝はじめてのおつかい〟
〝それを言うならはじめての飲み食いじゃない?〟
〝レオっちは酒飲める歳なん?〟
「はい。僕は22歳なのでお酒は飲めます」
〝レオっち学生?〟
「いえ、つい2週間ほど前まで社会人でしたが、残念ながら在籍していた会社が倒産してしまい現在は無職の身です」
〝無職w〟
〝レオっち無職なんかw〟
〝リアル倒産www〟
〝ワイもノージョブやで!〟
〝俺もー〟
〝無職共の前をフリーターの俺が通りますよ〟
なんだかコメント欄が痛々しいことになってきた。
これは流れを変えなくては。
「では、さっそく酒場の方に入ってみたいと思います。あ、そうだ。一人で喋りながら入店すると完全に怪しいヤツ扱いされてしまうので、しばらくはトークなしでお届けしますね。どうかご理解下さい。とはいえカメラもマイクもオンにしているので、酒場の雰囲気は楽しめると思います」
〝うい〟
〝らじゃー〟
〝把握〟
〝おk〟
自撮り棒を外し、スマホを首からかけたスマホポーチへしまう。
背面カメラは出しているので配信は続行中だ。
「じゃあ、入りますね!」
宣言し、酒場の扉を開ける。
果たして店内の様子は――
「……すげぇ」
配信中なことを忘れ、素で呟いてしまった。
酒場はめちゃくちゃ活気があり、そして騒がしい。
なによりも、
「おおーい! 酒じゃ! ワシらに酒を持ってこーい!」
「女将さん、追加で適当に食い物を頼む!」
「こっちにも酒だ! ドワーフ共に飲み尽くされちまう前になぁ」
「女将、酢漬以外ノ野菜ハアルカ?」
「そこの吟遊詩人、陽気な詩を頼むよっ」
ケモ耳の獣人たち、大酒飲みなドワーフの一団。
弦楽器を抱えた青年がいれば、額から角を生やした鬼(?)みたいな人もいる。
アニメやマンガでしか見たことのない様々な種族が、一同に会していた。
服装もバラバラ。
一般人は元より、職人に衛兵。
なかには冒険者風の人もちらほらと。
控えめに言って、これでもかとばかりに異世界感を出してしている。
超、出している。
いまこの瞬間、間違いなくコメント欄は盛り上がっていることだろう。
「アンタは客かい?」
そう声をかけてきたのは、エプロンをつけた女性。
客たちから「女将さん」と呼ばれていた人で、 20代後半ぐらいのキツイ感じがする美人さんだ。
「僕ですか?」
「アンタ以外に誰がいるのさ。冷やかしなら帰ってもらうよ」
「いえ、客です。ご飯を食べにきました。あとできればお酒も飲みたいです」
「そうかい。空いてる席に座りな。とはいえウチは相席だからね。嫌なら他に行きなよ」
構いません、そう言うよりも先に女将さんは厨房へ行ってしまった。
「さて、どこに座ろうかな?」
空きのあるテーブルを確認。
テーブルに空いた樽ジョッキが散乱するドワーフの一団。
奥さんの浮気に嘆くおじさんと、それを慰める友人らしき人たち。
お揃いの装備を身につけた衛兵たちがいるテーブルの隣では、頭部が完全に狼な獣人たちが騒いでいる。
他にも冒険者っぽい人のいるテーブルが多数。
どこに座っても面白いことになりそうだ。
テーブルはどれも長方形だから、端っこに座れば盛り上がってる人たちの邪魔にならないかな?
いや、せっかくだから撮れ高が良さそうな席に座ろうか。
そんなことを考えている時だった。
「んーにゃ? そこにいるのはレオかにゃ?」
「え?」
反射的に振り返る。
そこには――
「やっぱりレオだにゃ! やっほー。また会ったね」
冒険者仲間とお酒を飲んでいたシェーラが、僕に手を降っていた。
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