第1話 謎のQRコード

「じーちゃん、僕が働いてた会社なくなっちゃった」


 線香に火を点け、仏壇に飾ったじーちゃんの写真に手を合わす。


 栃木の山奥にある、じーちゃんが遺した一軒家。


 本日、僕はここへと引っ越してきた。


「ブラックだブラックだとは思っていたけど、実情はブラックを遥かに超えた暗黒でさ。先月に労基の監査が入って、その1か月後に倒産しちゃったんだ」


 仏壇に飾ったじーちゃんの写真。

 かなりイッちゃってる顔でダブルピースしているじーちゃんは、ただ静かに僕の言葉を受け止めてくれた。


 新卒で入社し10ヵ月。

 オシッコから血が出るほど酷使されていたからか、未だ次の仕事を探す気力が湧いてこなかった。


 だから僕は家族に『休養期間』と称し、じーちゃんの家がある栃木の田舎へと引っ越してきたのだ。

 しばらくは近所の川で釣りでもしながら、傷ついた心と体を癒したい。


「さてっと。まずは掃除かな」


 じーちゃんが亡くなってから、山間にあるこの家は盆と正月だけ親族が集まる別荘として使われてきた。


 築年数は不明。間取りは5LDKの平屋。

 隣の家までは500メートル。

 家のすぐ裏に緩やかな崖があり、その崖を降りればきれいな川で釣りができるし、庭も広くて家庭菜園やBBQなんかもOK。


 極めつけは、風呂好きだったじーちゃんが家の隣に薪で沸かす露天風呂を作ったのだ。

 川を見下ろし、または星空を見上げ、壮大な山々を眺めながら入る露天風呂は至福の一言に尽きた。


「おカネさえあれば、ずっとこの家でスローライフを送りたいもんだ」


 現在22歳。

 けれども消耗した心は静かな生活を望んでいた。


 ◇◆◇◆◇


 リビングにはじまりキッチンとトイレ、仏間と寝室に客間である和室×2の掃除も終えた。

 最後に残った書斎を掃除しようとしたタイミングでのこと。


「ん? なんだこれ?」


 本と本の間に隠すようにして、一枚の紙が挟まっていた。


「……QRコード?」


 紙にはQRコードが記載されている。

 僕はすぐにピンときた。


 本に紛れ込ませた一枚の紙。

 そこにQRコードが印されていたのだ。

 だとすれば――


「これ、絶対にエッチなやつだ」


 生前、じーちゃんは「ワシは生涯、婆さんだけを愛す」と言っていた。

 けれどもじーちゃんだって男。

 だとすれば、えっちなサイトの一つや二つ巡回していてもおかしくはない。


 じーちゃんは用心深い人だった。

 対して、ばーちゃんは機械系が一切苦手な人だった。

 ならばエッチなものの隠し場所として、QRコードを使ってもおかしくはない。


「まさかじーちゃんがえっちなのを見るために、QRコードこんなものを使っていたなんてねぇ……と、とりあえず確認してみるか。大事だよね。確認」


 スマホを取りだし、カメラを起動する。

 QRコードを読み込ませ、画面をタップしてサイトへ飛ぶ。


 画像サイト? それとも動画サイト?

 クラウドで保存していたって可能性もあるな。


 ドキドキしながら待つこと数秒。

 リンク先に待っていたのは――――


「……異世界へGO? なんだよソシャゲじゃん」


 ぜんぜんエッチなのじゃなかった。

 疑ってごめんよじーちゃん。


「じーちゃんがソシャゲかぁ。ボケ防止にやってたのかな?」


 ゲームによっては脳が活性化するって話だもんね。

 認知症予防に効果があるとか何とか。


 なんとはなしにダウンロードしてみる。

 お、ちゃんとダウンロードできるぞ。


 てことは、まだサービスが続いているのかな?

 じーちゃんが死んでから10年近く経つのにな。


 てか開発元とか書かれていなかったけれど大丈夫?

 違法アプリだったりしないよね?

 そんなことを考えながら、ダウンロード画面を見守ること5分ばかり。


「お、ダウンロードできたな」


 さっそく新たに加わったアプリを起動。

 安っぽいファンファーレが流れ、ゲームがはじまった。


 まず『異世界へGO』とタイトルが表示され、すぐにデフォルメされた大陸っぽい画像へと切り替わる。


 大陸の西側には、これまたデフォルメされたお城があり、『ここをタップして』という文字が、ぴこんぴこんと動いていた。


 見た感じRPGみたいなファンタジー系のゲームかな?

 じーちゃんがわざわざ隠すぐらい面白いゲームなら、多少の興味はある。


「はいはい。タップすればいいのね」


 お城をタップする。

 画面がキラキラと輝き、お城がズームされていく。

 きっとこのあと、チュートリアル的なものがはじま――


「……え?」


 ――らなかった。

 何故なら、タップした瞬間、


「え? え? いや、どこだよここ!?」


 とってもファンタジーしている世界に立っていたからだ。

 そう。僕自身・・・が。

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