第19話 KKモントレイユ

 今まで漂っていた生臭いにおいは消え去った。


 心地よく爽やかな海の香りが漂う。

 船の帆がやわらかい風に微笑むように揺れている。


 オレとカルロ兄さんの前に立つリライの後ろからリアーナが現れた。


 一瞬、自分の居場所を理解できないような表情で辺りを見回した彼女はカルロ兄さんを見つけると、まるで迷子になった子が母親を見つけたかのように彼のもとに走ってきた。


「リアーナ」

 カルロ兄さんがリアーナをやさしく抱きしめる。


「……うわーん」

 リアーナはカルロ兄さんに抱きしめられて、やっと安心した様に泣き出した。やさしく抱きしめるカルロ兄さん。みんなが二人に微笑む。


 リライがそばにいるエクリプスの光に耳を傾けると光は優しく語りかける様にまたたいた。リライが微笑みながら言う。

「今まで恐怖に捕らわれていた人達も、もう恐れるものはなくなったと思うよ」


 オレたちの表情に微笑みが広がった。


「帰ろう。みんなのところへ」

 オレの言葉に皆が頷く。


 晴れ渡った天空から吹き降ろすように暖かい風が海原を走る。

 アズールは慣れた手つきで帆を操る。帆いっぱいに風をふくんだ船は心地よく海原を走り港に向かって行く。


 港ではたくさんの人がオレたちを待っていた。

 小鳥がさえずりながら嬉しそうに空を舞う。歓喜が渦巻く人々の周りで生命いのちの力があふれている。

 小さなねずみやリス、イヌやネコたちも生き生きと戯れている。赤の国に生命いのちの力が戻った。


 アズールとハレーは手際よく船を港に着けた。潮風を気にしていたアルテミスが、やっと安心した様にくるくる回った。出迎える人々の前に。カルロ兄さんはやさしくリアーナをエスコートする。


「クレタ様、万歳!」

「カルロ様、万歳!」

「リアーナ様、きれい!」

「アズール様、ハレー様、今宵こよいは異国の話を……」

 歓声が飛び交う。


 オレが、カルロ兄さんが、リアーナが微笑む……ルナイやリライ、美しく瞬くエクリプス。アズールやハレーも船から下りてきた。

 ルーナジェーナ、セレナ、バートたちが迎える。


 赤の国に笑顔とやさしさが戻った。


 その後ろで冷ややかな目線を向ける者がいた。

 フィオレと数人の付き人たち。

 そばにいるエレナが呟く。

「お母さま、あの人が王になるの?」

「……」

 苦虫を嚙み潰したような表情をするフィオレ。


 港は賑やかな群衆で沸き立っていた。


「ん?」

 ふとルーナジェーナが港から少し離れた小高い丘の方に目を向けた。

 丘の方を凝視するルーナジェーナ。


 なにかを感じる……

 この『何か』は知らない『何か』ではない。しかし、感じるはずのない感覚……


「どうしたの?」

 オレはルーナジェーナに目を向ける。

「え、いえ」

「変なの」

「クレタ、何か感じない……」

「え?」

 オレも丘の方を見つめ意識を集中する。

 何か……何だろう……確かに何かを感じる。

 気が付くとルナイとリライも同じ方を見つめていた。エクリプスの光が穏やかに瞬く。


「どうしたの?」

 カルロが不思議そうな顔をしている。


「いや、なんでもないよ」


 ルーナジェーナは丘の上にいるものと心を通わせようとするが、なにか、とてつもなく大きな強い力で遮られる。



 町から海まで一望できるその丘の上から一部始終を見ていた二人の女性がいた。

 月光の髪に夜蒼の瞳の美しい女性。そして、切れ長の美しい瞳の女性。二人は優しい表情で賑わう町の人々を見下ろしていた。


 切れ長の瞳の美しい女性は笑みを湛えて呟く。

「彼の操る美しいめぐみの光は人々に幸せと優しさをもたらす。あの炎こそ『しんの赤』……焼き尽くす炎ではない、やさしい炎、あらゆる生命の中に燃える『しんの赤』……彼は素敵な王になるわね」


 女性の後ろにいる白と金色を纏ったドラゴンが美しい光を反した。




書き手:KKモントレイユ https://kakuyomu.jp/users/kkworld1983

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