第5話 綴

「アルテミス、貴方まだいたの?」

 アルテミスに声をかけられたフィオレはドレスの裾をわざとらしく整えながら、ふんっと鼻を鳴らす。突然の出来事に動揺して苛々を隠せないようだ。 


「ハイ、フィオレさん。ワタクシはクレタ様のお目付け役なのデスから」

 アルテミスはカシャカシャと音を立てながら、オレの肩に登りフィオレにわざとらしく会釈をして見せる。その姿を見たフィオレの表情は歪み、眉間に皺を寄せる。



「おかえりなさいませ、クレタ様! 随分とご立派なお姿になられて……」

 執事とおぼしき初老の男性が、その瞳にうっすらと涙を浮かべながらオレに声をかけてきた。白髪混じりの髭は綺麗に整えられ、目尻には小さな皺と見覚えのあるホクロがある。 


「……んと……」

 失った記憶の糸を懸命に辿ると、幼い頃の景色が頭に浮かんできた。



『クレタ様なら、きっと大丈夫です』

 まだ小さかったオレのシャツの襟を直しながら、優しく笑みを浮かべる男性の目尻にホクロがあった。




 そして目の前に立つ初老の男性と姿が重なる。

「……バート? バートなの?」

「クレタ様! 思い出してくださったのですね! やはり正統なる赤の国王として戻って来られると信じてお待ちしておりました。それにアルテミスも!」

「あぁ、バート! オレは戻って来たんだ」


 アルテミスは嬉しそうにカシャカシャと俺の頭の上に移動する。


「ねぇ、やっぱりクレタもエレナのお兄さまなの?」

 エレナは髪の毛を指に巻き付けたまま、もう一度聞き返してくる。クリクリとした瞳でオレとバートを交互に見つめている。


「エレナ、貴方のお兄様はカルロだけよ! そろそろお部屋に戻りなさい! ピアノのレッスンのお時間ですよ」

「はい、お母様……」

 エレナは側仕え達に寄り添われて部屋へと戻って行った。



「私は認めないわ! 赤の国の国王はカルロよ! これまでカルロがこの国を守ってきたのだから! あなたに赤の国を守る力なんてあるはずがないもの! カルロは一体どこにいるのよ!」

 フィオレは相変わらずヒステリックな声を出し、コツコツとわざとらしくヒールの音を立てながら落ち着きなく歩き回っている。


義母様ははうえさま、長い間留守にして申し訳ございませんでした。不在中にこの国を守って頂いたカルロ兄さんや義母様ははうえさま、赤の国の全ての民にも感謝をしています。クレタ・オルランド、ムーンフォレストのあるじとなり、赤の国の国王として戻って参りました」

「クレタ、今さら何を言ってるの! 赤の国の国王はカルロよ! エレナの兄はカルロだけ! バート、早く城から追い出してちょうだい!」


 フィオレの背後にある窓の外には城の庭が広がっている。美しく整えられて、赤の国を象徴するかのように赤い花が咲いている。

 そこにカルロらしき男性がカメリアの花を持った女性と戯れている姿が視界にはいった。



「何事だ! 騒がしいぞ!」

 そこにいた皆が声の主の方に振り返り会釈をしている。車椅子に座った男性がこちらに向かってくると、皆が一歩後ろへ下がり道を開けた。

 赤い髪は綺麗に整えられ金色の瞳が窓から降り注いでくる光に照らされる。



「ダーリオ様、クレタ様が赤の国王となり、ムーンフォレストのあるじとしての記憶を取り戻されたのです」

 バートが車椅子の前に跪き、そう告げるとダーリオの視線はクレタに向けられた。金色の瞳がギラリと光る。



「お前は……、なぜここに戻って来れたのだ! 赤の国王はカルロだ! ムーンフォレストのあるじだと? 何を言っている?」

 


 その声を聞いた瞬間、オレの頭の中に途切れ途切れの映像が浮かんで来る。冷たくギラリと光る金色の瞳と、同じように赤色の髪に金色の瞳をした少年の姿がある。

 そしてオレの視界が少しずつ暗くなっていく……。


ーーーそうだ! あの日、オレはまだ赤の国王だったダーリオ《ちちうえ》様とカルロ兄さんに呼ばれたのだ。




書き手:綴 https://kakuyomu.jp/users/HOO-MII

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