第3話 西しまこ

〈しっかりして、クレタ‼ 赤の国王はあなたなのよ!〉


 なおも話し始めようとしたとき、頭の中に声が降って来た。

 この声は、ルーナジェーナ?

 どうして?

〈五色の王の剣の誓いがなされたから、心の回廊が繫がったのよ。そしてわたしも、本来の力を取り戻したの〉

 本来の力?

〈それぞれの色の王には、特有の力があるのよ。黒の国王の力の一端を、あなたも見たはずよ。青の国王は水見の力、黄の国王は古の力が使える。ドラゴンを召喚していたでしょう? そしてわたし、白の王は他と通じる力を持つ――つまり今は、クレタ、あなたと心の回廊を繋げている。そして、時間に干渉してほんの少し時間を止めているわ。さっきあなたが話し始めたところから。――五色の王の剣の誓いを思い出して!〉


 ルーナジェーナのつよい声が心の深いところに刺さった、

 そして、アルテミスが歌った。実に流暢に。


 はじまりは白

 目の醒める黄

 希望の赤に

 美しき黒、月の影

 青は何者、何になろうか


 アルテミスの歌が、クレタの靄を晴らした。そしてクレタは、あの感動的な五色の王の剣の誓いをはっきりと思い出していた。


 ムーンフォレストを統べるあるじとなるものを見届けるために、ムーンフォレストに各国の王が終結した。そしてムーンフォレストの化身であるルナイが現れ、五色の王たちは剣の誓いをし、ムーンフォレストは蘇りめぐみがもたらされたのだ。

 ――そうだ。

 あのとき誓ったではないか。

 世界の統一と発展を。

 そして平和で豊かな世界を。

 どうして抜け落ちてしまったのだろう?


〈ムーンフォレストに長く居過ぎたせいね。記憶や能力が欠落した状態で、ムーンフォレストの巨大な力を当たり前にその身に受けていたから。ムーンフォレストを出てその力が及ばないところへ来て、障りが出たのね。……でも、もう大丈夫よ〉

 ありがとう、ルーナジェーナ。

〈そしてクレタ。失われていたムーンフォレストの記憶も蘇るはずよ。乗り越えていくべき試練も〉

 ああ、ほんとうだ。ムーンフォレストの記憶が、身体中に満ちてくる感じがする。そしてオレ自身の宿命も。

〈……ルナイとは夢で繋がっているんでしょう?〉

 ああ。

〈わたしたちの繫がりは消えないわ、クレタ。遠くにいても、いつも思っている。さあ、赤の王にしてムーンフォレストのあるじよ、為すべきことをしなさい!〉


 オレは再び、広場の真ん中の壇上へと向かった。

 みなの視線がオレに突き刺さる。

 さきほど、「赤の国王」と思った人物を見る――兄上だ。母が違う、一つ年上の異母兄。

「兄上。……カルロ兄さん」

 赤い髪に金色の瞳の人物がオレを見る。

「お前は誰だ?」

「クレタだよ」

「――我が弟、クレタは死んだのだ。それにクレタは、濃紺の髪に夜蒼の瞳をしていた。お前のような金色の髪ではない」

「覚醒したんだ」

〈力を見せてあげて〉

 ルーナジェーナの声が脳内に響いた。

 オレの力。

 記憶とともに、封印されていた能力。


 オレは目を閉じて意識を集中した。

 そして、広場にあたたかい、でも燃えない小さな炎をいくつも出した。その炎は優しくきらめき、まるで小さな太陽のように広場中を巡り、人々の顔を明るく照らし出した。

 その炎を媒介にして、オレは言う。


「オレはクレタ・オルランド。先代の赤の国王ダーリオ・オルランドと、先代ムーンフォレストのあるじダイアナ・オルランドの長子にして、現ムーンフォレストのあるじである」


炎の力を伴って、オレの声は広場にいる人々の心の奥底まで届いた。


「そして、オレが正統なる赤の国王だ。炎の力を持つことが、そのあかしだ!」


 小さな太陽のような炎は、きらめく尾を引きながら、ぐるぐると美しく回った。その様を見た人々からは驚きと歓びの声が上がった。


「赤の国王の炎! なんて美しい! 素晴らしい‼」

「これぞ、正統なる赤の国王のあかし! 炎の力‼」

「なんって、きれい! 気持ちがあたたかくなるわ」

「初めて見たよ、炎の舞いを」

「これほどの炎の力……癒される……!」


 炎は人々の心の奥底に届き癒し乾きを満たし、そしてムーンフォレストのめぐみの光をも届けた。


「長い間、不在にして申し訳なかった。そして、その間、この国を治めてくれた者たちに深く感謝する! しかし、オレは還ってきた。ムーンフォレストに力を取り戻し、五色の王たちと剣の誓いを果たし、世界にめぐみの光を降らせ、オレは帰って来たのだ、祖国赤の国に!」


 広場に割れんばかりの歓声が響き渡る。


「ムーンフォレストのあるじにして、赤の国王たるクレタが約束をする。赤の国王のあかしである炎の力でもって、この国を発展させ、豊かで平和なものにすることを!」


 広場の向こうに、青くきらめく海が見えた。

 赤の国は、広く湾となって海に面していて、森だけではなく海からの恩恵もあった。そして、暖流の影響で国土は暖かく住みやすい気候で、人々の気質はとても明るく陽気なものだった。

 彼らの笑顔を守りたい、と心から思った。

 そのためには、様々な試練を乗り越えていかなくてはいけない。そして己の宿命をも。


「城に戻ろう、兄上」

 一つ年上の異母兄は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 ……そうだろう。

 まさか、オレが戻ってくるとは思っていなかったはずだ。……父上も。

 八年前、オレを襲った黒い心の闇がまた蘇った。

 ルーナジェーナ! そしてルナイ。それから、スファレ、アズール、ミカエル。

 剣の誓いを思い出す。

 

 負けない。

 オレは、絶望しない。

 母上――オレは、だいじょうぶだ。


「クレタさま、ご立派でしタ」

 アルテミスがオレの肩によじ登って来て、言った。

 オレには他の王たちとの繫がりがある。ルーナジェーナとは心の回廊が繫がっているらしいし、ルナイとは夢で繋がっている。そして、相変わらずしゃべり方が独特なアルテミスがいる。今は、アルテミスの独特のカタさが愛おしい。

「城に行きまショウ、クレタさま」

「うん、アルテミス。失われた八年を取り戻そう」

 


 オレはアルテミスに向かって微笑むと、顔を上げ、広場に集まった人々に向かって力強い声で言った。

「城へ! 王の帰還である」





書き手:西しまこ https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima

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