赤の国の章 ――海の化け物退治と、赤の国の再生

第1話 つくもせんぺい

 確かなことは二つある。


 一つは、ムーンフォレストのあるじとなったあの日。愛は光となって降り注ぎ、世界を癒し……平和と共存をもたらしたということ。

 もう一つは、そこに至るまで逃げてきた八年間はなくならない。そして、短くないってことだ。


「ねぇクレタ、愛はどんな風に広がっていると思う?」

「やぁルナイ、また来てくれたんだね。そうだなぁ、傷ついたムーンフォレストがあっという間に復活したんだ。きっとすごい速さなんじゃないかな?」


 ムーンフォレストでの一件で、オレは赤の国とムーンフォレストの王となり、その日からたまにルナイが夢に遊びに来る。

 ルナイが現れる夢の光景は、決まってあの日みんなが集った神殿の入り口。ひときわ大きな木の根元だった。


 あれから集った王たちは、困難があればお互い協力することを約束し別れた。

 ルーナジェーナも、ムーンフォレストの守護と消えた母上の痕跡を探すと言ってくれて、森に残っている。


「そっか。ねぇクレタ、キミが立ち上がるまでに時間が必要だったように、愛の癒しと成長にも時間が必要なんだ。愛が染みわたり、満たされるまで……何があっても僕はキミの味方だよ」

「……ルナイ?」

「失くしたものが多くても、いまこうやってまた話せてる。忘れないでね」


 何を言いたいの?

 そうオレが疑問を投げかける前に、ルナイは眩い光に包まれ、夢は終わった。



 木の葉の囁きも、虫の歌も聴こえない。

 夢に現れる森よりも静かな城の中。


 赤の国に戻ってまだ少しの日数。

 目覚めの孤独感を一層感じるのは、王という言葉にまだ抵抗があるからかも知れない。思わずため息が漏れる。


「おはようございマス。あれ? もしかして泣いているのデスカ?」

「まさか」


 ベッドから出るよりも前に、アルテミスがカシャカシャと音を立ててオレの頭まで這い上がって来た。心地よい重みと、無機質な声が届く。

 戦いで傷ついたアルテミスは、時間とともに治癒していた。言葉も流暢になったど、独特のカタさが少し残っている。「これが本来の性能デス」と、得意気だったから言わないけど。


「なら支度をしてくだサイ。もうお疲れもとれたでしょうシ、今日から国を回るのデス!」

「分かってるよ。……アルテミスは、森に残らなくて良かったのか?」

「ワタシを遠ざけようナンテ、そうはいきまセン。ワタシはクレタさまの観測機、お目付け役なのデス」


 前足を上げて胸でも張ろうとしたのか、アルテミスがオレの頭の上でバランスを取ろうと残りの足にぎゅっと力を込めたのが伝わってくる。

 そういう意味で言ったんじゃないけど、オレはその指摘を飲み込む。

 変わらず側に居てくれること、その態度が嬉しい。


「じゃあ行こうか、アルテミス」

「ハイ、クレタさま。あ、顔を洗って、朝食を済ませてからデスヨ」

「わかってるよ、もう子供じゃないんだから。アルテミス、母上みたいだ」

「ふふふ」


 オレがムーンフォレストの宿命から逃げ、母上が自身を封印してから経過した長い期間。赤の国は、多くの民と臣下によって支えられていたとアルテミスは教えてくれた。その時間が決して短くはないとも。


 失ってきた信頼と、これまでの感謝を。


 オレがもたらせる愛を、これから世界に拡げていかないといけない。

 まずは、赤の国からだ。




書き手:つくもせんぺい https://kakuyomu.jp/users/tukumo-senpei

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