第14話 あまくにみか

 オレは突き上げた左手を見た。月光のように変わった長髪が逆巻いている。


 天から光を、地から力を。

 身体の中に風が、清らかな水の流れが巡っていくのがわかる。

 

「……これは」


 つぶやいた時、オレの視界は一気に広がった。

 まるで、鷹が天空から世界を見た時のように。



 脱力したまま呆然とこちらを見ているグリフ・ダークエル。驚き口を開いたままのハレー。


 それから、ルーナを抱きかかえたジェーナ。


「ムーンフォレストの番人、ルーナジェーナの封印をときました」


 流暢な発音で、ルーナが言った。目を閉じたジェーナは満足そうに大きく息を吸い込み、それから微笑んだ。


「ありがとう、アルテミス。私の名前は、ルーナジェーナ。欠けた記憶を取り戻した。長かった。この八年は、とても長かったわ」


 瞳を潤ませたジェーナがオレに手を差し出した。



「思い出してください、クレタ様。ムーンフォレストはあなたを選んだ」


「オレは——」


 導かれるようにオレはジェーナの手を握った。

 その瞬間。光が満ちた。


 耳元でたくさんの声が囁いた。やさしく歌うような声。葉の揺れるささやくような声。


 とくん。とくん。

 どくん。どくん。


「この音……」


 そうだ、この音だ。

 オレはこの音を八年前に聞いた。

 ムーンフォレストの鼓動。


「……思い出した」




*********

 



 先代のムーンフォレストのあるじは、オレの母だった。


 ムーンフォレストの主になれるのは、王家の血筋を引く者。そして、ムーンフォレストに選ばれた者だ。


 青の国、黒の国、それから赤、黄の国。王家の血を引く者は、この四つの国に散らばっていた。



 母がいなくなってから、次の主にムーンフォレストは誰を選ぶのか。四つの国は、静かにそれぞれの期待と思惑を隠しながら、次の主が名乗り出るのを待った。



 オレは十歳だった。



 夢の中で、ムーンフォレストの鼓動を聞いた。身体が森と一つになったのを感じて、理解した。


 オレが、次のムーンフォレストの主だと。


 夢から覚めると、手にはムーンフォレストの紋章が握りしめられていた。

 けれども、オレは沈黙した。八年間。



 だって、やりたくない! そんな責任の重そうなこと!



 ムーンフォレストは怒っていた。

 静かだった鼓動は、いつしかはち切れんばかりの怒号に変わっていた。



 誰しもがその【音】を聞くようになった。



 ムーンフォレストの主の不在。

 ムーンフォレストの【音】。


 世界は破滅するのではないか、と噂がたった。



 四つの国は競い合うように、調査隊を派遣した。

 オレももちろん調査隊に加わった。


 

 紋章を、他の国のやつに渡してしまおうか。

 いや、紋章を壊してしまえばいい!



 そんなことを考えながら、オレはルーナ——いや、アルテミスを連れて単独でムーンフォレストの奥へと逃げこんだのだった。




書き手:あまくにみか https://kakuyomu.jp/users/amamika/works

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