第26話 はじめてのコラボ動画

「こ!こひらへろうぞ!」


 課長が飴を舐めながら案内を始めた。この人、今日はダメかもしれない。


 でも、ダメでもいいよ。しょうがないよ。だって目の前に推しがいるんだもの。

 ……しかしですね課長、オレはあなたの推しに変なあだ名をつけられましたよ?


 若干、〈あらあらパイセン〉ってなんやねんと引きづりつつも、オレたちは、あめちゃんと佐々木さんをスタジオまで案内した。

 入口の鉄の扉をあけ、スタジオの中にお客人を招き入れる。


「おぉ〜、これはすごいっすねぇ〜。うちのスタジオの何倍っすか?さすが大企業っす~」


 あめちゃんと佐々木さんは驚いた顔をしている。やはり、ここまで大々的なスタジオはなかなかないのだろうか。


「きょうふくれふ!(恐縮です)こひらへおへがいひまふ!(こちらへお願いします)」


 課長が口に飴を含んだまま案内して、グリーンバックの机にパソコンがセットされたところに、あめちゃんを導く。

 のんちゃんはその隣のパソコン机に座って、配信の準備をはじめた。


 モニターの前にはウェブカメラがセットされていて、マイクは2人の中間地点にセットした。撮影用のパソコンはオレたちが操作して、2人にはマインクラフトをプレイする用のパソコンをそれぞれ用意してある。

 

 それぞれが準備を進める中、オレは改めて、あめちゃんの姿を確認した。それにしても、3Dモデルとそっくりな見た目をしていて驚きだ。さっきエレベーターホールで見たとき、課長がテンパってなければ、オレがテンパっていたかもしれない。そう思うほど、似ているのだ。


 甘梨あめだま、というキャラは、ピンク髪で、後ろに大きなツインテールをしている。そのツインテールには水色の大きなリボンをしていて、目はタレ目、ダウナーな雰囲気があり、服はロリータちっくだ。

 現実世界のあめちゃんは、その甘梨あめだまを黒髪にしてリボンを細くして、モニタから引っ張り出したような見た目をしていた。


 ひまちゃんの場合、中の人として、性格の面ではそのままのイメージだったが、さすがに外見は違っていた。こと様にいたっては、身長や、その他諸々の女性的な部分もだいぶ違う。でも、あめちゃんはかなり3Dモデルに近い見た目だ。

 あめちゃんのことをジーっと見てると、佐々木マネージャーが近寄ってきた。


「やっぱり、驚きますよね」


「え?」


「あの見た目、仕事で会う人はみんな同じ反応をしますから」


 オレがあめちゃんを観察していたのがバレたらしい。


「はい、ホントに本人にそっくりで驚きました」


「実はですね。キャラに似せてコスプレしてるわけじゃなく、本人をモデルに3Dを作成したんです。なので、似てるのは当然なんですよ」


「へー!そうなんですか!」

「へー!ほうなんれふか!」


 課長がいつの間にか後ろにいて、話に入ってくる。


「ほれはすごいれふね!(それは凄いですね)りあるでもおへます!(リアルでも推せます)」


「ははは……それでは、準備もできたようですので、撮影を始めますか」


「はい!よろしくお願いします!」


こうして、うちの会社とディメコネとのはじめてのコラボ撮影が始まった。



「あめ舐めてるからって〜。なめんなよぉ〜?ディメコネ3期生の甘梨あめだまっす〜。そして〜」


「夢味製菓、新人VTuberのKanonです」


「今回は〜、あの大手お菓子メーカーの夢味製菓さんとのコラボっす〜。いや〜嬉しいっすね〜。よろしくお願いするっす〜、かのちん」


「か、かのちん?それって私のことですか?」


「そうっすよ〜。わたしのことは、あめちゃんって呼んでほしいっす〜」


「わ、わかりました。あ、あめちゃん、さん」


「さんはいらないっすよ〜?」


「あ、あめちゃん」


「そうっすそうっす。今日は、新人VTuberの かのちんに、マインクラフトを教えていくっすよ〜。最後にプレゼント企画もあるので、ぜひぜひ最後まで見てくださいっす〜」


「よろしくお願いします」


「かのちんは固いっすね〜」


「そ、そうですか?」


「そうっすよ〜。もっと、くだけていかないと、VTuberはやっていけないっすよ〜」


「そうなんですね。がんばります!」


「じゃあ、まずはマイクラの基本、木こりっす。かのちん、この斧を持ってください」


「はい!」


「そしてこうやって、木を切るんですが〜、マイクラでは、歌を歌いながら木を切らないといけないっていうのが、VTuber業界の常識なんすよ?知ってましたか?」


「し、知りませんでした!そうなんですね!?」


「そうっす〜。じゃあ、例のCMの歌を歌いながら木こりしてくださいっす〜」


「わ!わかりました!いきます!」


 そして、Kanonは、アカペラで歌いながら木こりを始めた。


「〜♪」


 あめちゃんは何も言わずに、Kanonのことを見守っている。


「〜♪あ、あの……」


「ほら!歌い続けないと!」


「は!はい!〜♪」


 結局、曲の最後まで歌わされるKanon。


「パチパチパチ。やっぱ、かのちんは歌うまいっすね〜」


「あ、ありがとうございます」


「今日はこれをASMRにして撮影終了でいいんじゃないですかね?」


「えぇ!?さすがに早すぎますよ!」


「そっすよね〜。じゃあ、今度はお家作りしましょ〜か〜。あ、それと、さっきの歌いながら木こりやるっていうの、あれはウソっす」


「ウソ?ウソ……じゃあなんで私は歌ったんですか!?」


「わたしが聞きたかったからっす」



 こんな調子で終始、あめちゃんのペースで1回目の撮影は終わった。


「はー……あめちゃんはホントマイペースやね」


 のんちゃんがぼやく。


「そうっすか〜?わたし的には、かのちんとわたし、いいコンビだと思いますよ〜?髪色もシナジーありますしね〜」


 そう、Kanonの3Dモデルの髪も、あめちゃんと同じくピンク色なのだ。Kanonは、ピンクのウェーブがかったロングヘアーで身長はそこまで高くはない、というか子供っぽいイメージだ。服装はお菓子メーカーのキャラということもあり、ふわふわの魔法少女みたいな服にお菓子のアクセサリーがたくさん付いている。

 なので、ピンクツインテ髪のロリータ服を着ている あめちゃんとは、かなりシナジーがあった。横に並べば姉妹っぽくも見える。


「あたまピンクコンビで仲良くやりましょ〜」


「なんか、それだと変な意味に聞こえますね……」


「かのちんはエッチっすね〜」


「へ、変なこと言わないでください!」


「え〜?」


 のんちゃんとあめちゃんは、一緒にゲームをしたことでかなり打ち解けたようで、なかなかいい感じにくだけて会話している。これなら、これからのコラボも大丈夫そうだ。よかったよかった。



「それでは、本日はこれで失礼致します」


 3時間ほどの撮影のあと、あめちゃんと佐々木さんは帰っていった。そのころには、課長もあめを舐め終わってて、「本当にありがとうございました!今後とも宜しくお願い致します!」と大きな声で頭を下げて2人を見送った。


 三人そろって、自席に戻ってくる。


「ふぅなんとか撮影は終わったね。これからは動画編集だ。がんばろう」


「うん!うちもがんばるね!」


「いやーそれにしても、あめちゃん可愛かったなぁー!まさか3Dとそっくりなんて!さすが我らがあめちゃん様だ!」


 いいながら、課長はチュッパチャプスの包装紙を丁寧に伸ばして、クリアファイルに挟んでいた。


「課長、なにやってるんですか?」


 課長の謎の行動に、気になったのんちゃんが質問した。いや、オレには正直、なにをしているのか察しがついていたのだが。


「え?これ?あめちゃんに貰ったチュッパチャプスの包装紙!これアクリルボードに挟んで飾るんだー!あ!もちろん棒の方も洗って飾るよ!」


「キッ!……」


 のんちゃんが、言いそうになって、すんでのところで止まる。


 気持ちはわかるよ、のんちゃん。でも、オタクってそういう生き物なんだよ?キモイんだよ?ごめんね、キモくって。


 心の中で手を合わせながら、オレは今日撮影したデータをチェックし始めた。



 そして、それからオレたちは、自分たちなりに動画編集を行い、作った動画をディメコネに送って問題点を指摘してもらい修正、という作業を繰り返した。


 作業を続けること、約2週間、ついに第1回目の動画が投稿される日になった。オレのデスクにのんちゃんと課長も集まって、モニタを覗き込む。オレは、緊張した面持ちでマウスを握りしめた。


「たくさんの人に見てもらえると良いね!」


「うん!」


「それじゃあ、新井くん!」


「はい!」


 オレは17時になったと同時に動画投稿ボタンをクリックした。

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