五の浪 学園都市ティールデン⑨

「先生嘘でしょ!? 皆、手伝って!」


 メイケアが精霊の悪戯鞄から部品類を放り投げ、魔導で組み立てる。出来上がったのは、大きな楯。魔術的に防護が施されていて、空間座標を維持するようになっているみたい。


 でも、それだけじゃこの魔導は防げない。


「アクエラ、合わせて!」


 ドリマの掛け声と同時に楯の前に水と闇、それぞれの属性による減衰結界が展開される。見るに、楯には結界の強化機構があるみたい。魔法陣を組み込んだのね。さすがドリマ。


 でも、それを飲み込んで雷嵐は突き進む。確かに威力は減衰したけれど、楯を壊すには十分。


「これでどうだ!」


 数舜ののちに楯と嵐がぶつかるが、想定よりも楯が耐えている。その理由は、ファーレイムの光属性による耐久力強化。

 そう、あなたは光属性の方が適性が高いから、そのまま伸ばしたら良い。


「くぅっ……!」


 けど急激に魔力を使ったから、立っていられなくなったのね。片膝を突いてしまった。それはドリマとアクエラも一緒。

 でも――

 

「よく防いだわね」


 同時に、彼らが役目を果した事を示す魔力反応が一つ。


「先生、行きますよ!」

「へぇ、凄いじゃない、ウル」


 あれは、空間属性の魔導だ。光と闇の属性を活用する事で初めて具現化できる属性。一般の人々の中では半ば伝説の属性。

 実際には悪戯鞄にも使われているんだけれど、これを攻撃に用いると、同じ属性や特殊な神聖魔導以外では防御不可能な最強の矛となる。


 私でもあれを無傷で受けるのは大変ね。


「でも残念。それじゃあ、避けてくださいって言っているようなものよ」


 可愛そうだけれど、ご褒美は無し、ね。

 

「よろしいのですか?」


 うん?


「先生の後ろにあるのは、図書館ですよ?」


 ……ふふ、なるほど、そこまで計算していたのね。


「これは、避けられないわね」


 図書館の本はもう殆ど読み切ってしまったけれど、本が傷つくのは看過できないに決まっている。

 王族だけあって、交渉術も学んでいるのかしらね。


 仕方がない。

 ついでだし、一つ、魔導の深奥を見せよう。


 先ほど挙げた空間魔導に対抗する手段の内、後者の方だ。


 猫の意匠が施されたポーチ型の悪戯鞄から、アストのおやつ用に作っていた高純度の魔石をいくつか取り出して砕く。アストの悲鳴が聞こえたけれど、無視だ。

 その破片を土属性の魔導で操って、前方に一つの魔法陣を描いた。


 同時にウルが魔導名を叫び、それを完成させる。


「[狐猫こびようの拒絶]!」


 その魔導は空間そのものを拒絶するように削りながら私へ向かって伸びる。光ごと削っているからか、見た目は黒い柱だ。


「[虚無イネイン]」


 迎え撃つのも、同じく漆黒。

 こちらは存在しないはずのマイナスの概念が球状となって、世界に存在するプラスを打ち消し無に帰しながら飛翔する。


 それらは、やや私寄りの位置で衝突した。

 空間を拒絶する力と存在を打ち消し、否定する概念。似て非なる力は互いに互いを否定しながら純然たるエネルギーに代わって周囲へ爆ぜる。


 良かった、アストに結界を張ってもらっていて。

 そうでなかったら、割と被害が出ていたかもしれない。


 ややあって暴風がおさまり、二つの力が対消滅した事を私たちに伝える。

 子どもたちからは、平然と立っている私が砂ぼこりの向こうに見えるだろう。


「……はぁ。ホント、俺らの先生、化け物すぎんだろ」

「これでダメだったらもうどうしようもないねー。一周回って笑っちゃうよ」

「僕たち、本当に凄い人に教わっていたんだね」


 子どもたちが座り込み、そんな風に談笑しているのが見える。


「はぁ、はぁ、申し訳、ございま、せん……」

「気にしないで、ウルちゃん。あれは、仕方ないよ」


 やり切って満足、清々しい、みたいな雰囲気ね。


「あなた達」


 そろそろ、ちゃんと結果を伝えてあげよう。


「よくここまで強くなったわね。嬉しいわ」


 笑顔すら見せる彼らに返すのは、少し悪戯っぽい光の視線。

 空いている左手で頬を指し、結果を告げる。


「最終試験、合格よ」


 人差し指の先、私の左ほおには、一筋の紅い線が走っていた。


 爆風で飛んできた礫で切れたのだ。

 それでいいのかと言われるかもしれないけれど、あの状況に持ち込めたのは確実にこの子たちの成長があったからこそ。

 細めた視界の中で子どもたちが喜んでいて、一層口角が上がる。


「そういう訳ですので、学園長、ちょっと行ってきます。色々起きますけれど、気にしないでくださいね」

「出来る事ならワッシも付いて行きたいところですが」

「ダメですよ。これは、子どもたちの頑張りへのご褒美です」


 パースバル学園長は分かっているとばかりに笑みを浮かべて頷いた。魔法を見たいのは本音だけれど、これは言ってみただけなのだろう。曲者と貴族たちに言われている割には茶目っ気のある方だから。


 その後、私は教え子たちを学園のある荒野の外れまで連れて行って魔法を披露した。見せたのは、旧世界時代、緑の溢れていた頃のこの地の姿から、現世界を女神が治めるに至った際の災い、そして奇跡まで。


 この大盤振る舞いの[記憶再現メモリーリナクト]が、これから子どもたちにどういう影響を及ぼすのか。それは、まだ分からない。

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