五の浪 学園都市ティールデン⑧

 月日は流れ、私の任期終了までひと月を切った。外を見れば、家々の屋根に積もった雪が解け始め、滑り落ちていく、そんな季節だ。

 あれからファーエルは数日に一度は勝負を挑んでくるようになった。その度に返り討ちにしていたら、一種の風物詩扱いを学園の中でうけるようになったけれど、それもご愛嬌。

 

 時々他の子たちも一緒になって向かってくる。その度にあの子たちの成長を実感するのだから、子どもというのは凄いものだと思う。


 授業はまったく問題なし。寧ろサクサク進むから、予定の分はとっくに終わって相当に高度な内容も教えてしまっている。

 近頃はウルも調子が良い日が増え、授業に来てくれる日の方が多くなった。相変わらず薄幸の美人感があるが、前よりは健康そうに見える。


 ただ、思ったより彼女の魂は危険な状態にあるかもしれない。このままいけば、もって十年か……。


 と、もう教室。こんあ姿をウルに見せては勘づかれてしまう。


「ふぅ」


 小さく深呼吸をして、私は教室の扉に手をかけた。


「――今日はこんな所ね。まだいくらか時間があるから、質問があればどうぞ。魔導学に関係ないことでもいいわ」

「では先生、よろしいでしょうか?」


 あら、授業に関係ないことでとなると珍しい。

 

「どうぞ、ウル」

「はい。先生は、古の神より力を得、そして滅んだ国のお話はご存じでしょうか?」

「ええ、グラシア教で伝えるおとぎ話の一つね」


 旧世界、今の形に三女神が世界を作り直す前の話で、実話が基になっていると『智慧の館』にはあった。


「先日古文書を読んでおりましたら、その基と思わしき記述がございました。件の国は古の神を自ら召喚したそうです。そのような事、わたくしたち人間に可能なのでしょうか?」


 さて、どうしたものかしら。ウルの金色の猫目に映る炎が、いつもより暗く、強いように見えて、なんだか気になる。

 実話なのだから、出来ると言ってしまっても良い。可能性がある、と濁した言い方にはなってしまうけれど……。


 ……うん? そうね、うん、伝えよう。これは、ウルが生きられる可能性に繋がる話だ。


「理論上は、可能よ」


 子どもたちが前のめりになるのが分かった。特に男の子と、ウル。


「必要とされる技術力が高すぎて今では廃れてしまった技術に、魔法陣というものがあるわ。魔導の効果を高めたり、効果に条件を加えたりする為の補助的な技術ね」


 件のおとぎ話で亡国が古き神を召喚した時にも使われている。あとは、かつて銀の女神が己の血を用いた魔法陣を使い、大陸ごと吹き飛ばせるような大魔法の範囲を一国の領土の範囲に絞ったとか。


「その魔法陣を使えば、理屈の上では可能。けれど現実的ではない、という所ね。まあ、古の神ではなくても、魔力の制御を助けてくれる高位の精霊や聖獣のような存在なら、十分召喚も現実的じゃないかしら?」


 そうやって呼び出した存在に、魔力の制御を助けて貰って、魂の修復にも力を注げば、或いは、ウルは生きられるかもしれない。反応を見るに、彼女も気が付いている。自分の現状と、私の伝えたい打開策に。

 なら、私の知る限りを教えよう。


「そうね、ちょうど教えたい内容も一区切りついたし、次回から魔法陣について教えるわ」


 これで、彼女の未来が少しでも明るくなることを願って。


 数週間が経って、学園の結界外の雪も減ってきた。まだふた月くらいは残るだろうけれど、雪が解けきる頃には私はもうこの学園に居ない。


「さて、最後の授業はこれで終わり」


 教室内に、寂し気な空気が漂う。

 最初はあんなにトゲトゲしていた子どもたちなのに、何だか感慨深い。


「なんだけれど、これから最終試験として、もう一度私と戦ってもらおうかって考えているわ。せっかくだから、ご褒美付きで」


 ご褒美と聞いて、教室内がざわついた。生徒は五人しかいない教室だけれどね。


「何が欲しい?」


 それぞれが顔を見合わせ、時にこそこそと話をしているけれど、中々返事は来ない。

 かと思ったら、不意に、けれどおずおずと、アクエラが手を挙げた。


「先生の、魔法が見てみたいです。だめ、ですか……?」


 魔法ね。まあ、いいか。


「いいわ。もし、あなた達が私にかすり傷の一つでも付けられたら見せてあげる」

「ありがとうございます!」


 やる気も闘志も十分。いいじゃない。


「それじゃあ、行きましょうか。演習場よ」


 主に実技の時間で使う、広い演習場。以前この子たちを叩きのめしたのと同じ場所だ。

 今回は告知していないから、衆人環視というわけではない。学園長はちゃっかりいるけれど。


 空は晴天。風は無し。

 うん、最後を飾るにはちょうど良い。


「いつでもどうぞ」


 子どもたちが視線を合わせ、頷きあう。

 さて、子どもたちは、どれくらい成長したかしら?

 

 まず飛び込んできたのはファーレイムとドリマ。ファーレイムは大上段からの斬り下ろし。その隙をドリマがカバーする形ね。


 同時に、ウルが魔導の準備に入った。自分の魔力で中空に描いた魔法陣を使う大魔導。この子たちが狙っているのは、ウルの大砲を決め手に据えた短期決戦かしら。


 前は実力差を見せるのが目的だったから全てに後出しをしたけれど、今回は違う。当然、先手を打って、ウルの方を止めにいく。


 剣に杖を沿わせて流し、弾かれる勢いそのままに槍を跳ね上げる。同時に氷の柱をウルに向けて射出。

 氷柱がアクエラの水属性を使った結界に阻まれるのを視界の端に収めながら、ドリマの腹に前蹴り。


 あら、氷の障壁。

 これは、蹴りぬく。


 氷の砕ける感触と共に、攻撃の気配を感じて身体を捻る。通り過ぎて行ったのは、メイケアの放った魔力の弾丸か。

 あれ、私もちょっと手伝って魔導銃ね。もう完成させているなんて思わなかったけれど。


 神代の遺産と呼ばれる旧世界の魔道具以外で初の魔導式だと思う。まあ、まだコスト的に量産は出来ない筈だけれど、かなり強力。


 ウルの魔導を決め手に添えつつ、隙があればどんどん狙っていく気ね。


 次々と繰り出される連携を捌きながらウルの妨害をしつつ、観察する。

 ファーレイムの振るう剣も、撃ちだしてくる魔導も、全部本気。少し猪突猛進気味だけれど、その隙をドリマとメイケアがカバー。アクエラは私の妨害を狙いながらメイケアと一緒にウルを守る。

 へぇ、中々良いパーティね。


「でも、まだまだ当たってあげられないわ」

「ぐっ……くそ!」


 ファーレイムの顎を打ち上げなら微笑む。

 寿命を考えれば、この子が私を超えるのはまず不可能だけれど、目指してくれるだけで十分嬉しい。故意かどうかの違いはあるけれど、ティカの魔女になると同じ。


 まあ、待ってあげる気はさらさら無いけれど。いつか、カノカミをしばかないといけないから。


「皆さん、もう少しでございます!」

「なら、これはどう防ぐかしら?」


 少し意地悪がしたくなって、雷嵐の魔導を発動する。見た目的には雷を纏い対象に向かって伸びる竜巻だ。


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