五の浪 学園都市ティールデン③

 翌日は担任の業務だけ。ホームルームの為に教室に行ったら昨日よりも殺意の高い罠が仕掛けてあったけれど、サクッと対処して業務連絡をした。ウルシニエラは今日も欠席。午後の授業には出ていたらしいから、まあ大丈夫でしょう。いつもの事みたいだし。


 三日目。実質最初の授業。

 一応知識確認の小テストをやらせた。真面目にしてくれるか心配だったけれど、事前に軽く煽ったら簡単に乗ってきた。この辺りはやはりまだまだ子どもね。ドリマとメイケアが最年長で十五歳。ファーレイムとアクエラが十四。まだあった事のないウルシニエラが十二で最年少。特殊な出自もあるけれど、ウルシニエラが一番の天才らしい。


 何はともあれ、細かい理解度やらも把握できたので良し。

 明日は魔導の授業は無くホームルームだけ。明後日は休日だ。さくっと授業の準備をして、図書館に行こう。


 翌々日、私はようやく念願の図書館にやってきた。昨日は他科目の先生から嫌がらせに仕事を押し付けられたせいで図書館に来られなかったのだ。どうもあの子たちの質問に答えられなかった上に私があっさり答えた事を告げ口されたらしい。

 そうしたら私に嫌がらせをしに行くと見透かされていたのでしょうね。十四歳前後の子どもに掌の上で踊らされて、恥ずかしくないのかしら?


 まあ、何でもいいか。図書館の開いている時間は短いのだ。急がないと。


「へぇ、学園の教室ってこんな感じなんだ」

「うずうずしてる所悪いけれど、あなたは遠分お留守番よ」

「分かってるって」


 頭の上から残念そうな声が聞こえてくる。アストとしても、話に聞く限り子どもたちを威圧しない自信がないと言っていた。あと一部の教師も。

 あの程度の悪意、どうって事ないんだけれどね。前世から慣れているし。


 そんな事より図書館は、あれか。学園の中でも特に大きくて、地下もある。傾斜のきつい屋根なのは他と一緒。エメラルドグリーンの屋根材が美しい。元々本を貯蔵する目的で作られているから、窓は少なめ。付与的にも素材的にも、耐火性能も高そう。


「お邪魔しまーす……」


 小さく呟くように言いながらドアを開け、中に入る。入り口で警備の人が欠伸をしていたので、教師の証であるエメラルドの宝玉が付いたバッジを見せ、アストも入って大丈夫か確認する。


「いいって」

「良かった。ダメって言われたらまた部屋で退屈してるところだったよ」


 機嫌良さげに二本の尻尾を揺らしているのが、重心の動きで何となくわかる。帽子に当てないように無意識で振るなんて、器用な子ね?


「それじゃあ、行きましょ」


 自分の声が弾んでいるのが分かる。こればっかりはどうしようもない。

 もう既に、沢山の紙の香りが肺を満たしているのだ。沢山の本が視界を満たしているのだ。高揚しないはずが無い。


 本棚の高さはざっと見積もって、私の背丈の倍。それが壁と中央の柱を埋め尽くすように並べられ、足場を挟みながら遥かな天井まで伸びている。吹き抜け構造になっているのだ。一階にはそれより少し小さいくらいの本棚も綺麗に並んでいるから、本の森に迷い込んだみたいな錯覚を覚える。


「凄いね、これだけ並んでたら、ソフィアでなくてもワクワクするよ」

「でしょう?」


 中央の太い柱野中が中空になっていて、螺旋階段が上階まで伸びているらしい。地下に行けば、厳重な保存が必要な危険図書や希少図書もあるみたいだから、まずはそっちかな。


 地下に降りると、カビ臭く薄暗い空気が鼻腔を通り抜けてきた。本を傷めない特殊な光の照明で明るく照らされていた上階とは全く違う雰囲気で、これはこれでワクワクする。

 閲覧スペースの辺りだけボンヤリ明るくなっているが、人によってはあれも不気味に感じてしまうのではないだろうか。


 とりあえず、入り口のすぐ横にあった本棚の左上の端から十冊ほど手に取って閲覧スペースに向かう。一冊一冊が分厚いので、前世の筋力なら確実に潰れていただろう。


「あら、先客がいるわね」

「ホントだ。先生かな? 人間にしては凄い魔力」


 本棚に隠れて見えないが、そこらの亜精霊と同じくらいの魔力量があるのではないだろうか。私と同じ訓練をしているアストには及ばないが、それでも十分。肉体の全盛期、十代後半から二十代前半くらいで老いるのが急速に遅くなるような魔力量だ。


「でも、魔力の割には弱弱しい気配ね?」

「うん、今にも消えてしまいそうなくらい」


 身体が弱いとか? いや、これだけ魔力があるなら訓練の過程である程度は肉体も鍛えられるはず。そうすると、病気か、もしくはアンデッドのような実体のない存在……。


「幽霊だったりして」

「ちょ、やめてよ。こんな所に留まっている幽霊なんて、絶対めんどくさいやつだよ」


 ふふ、慌てるアストが可愛い。

 まあ、嫌な感じはしないし、大丈夫でしょう。


 ちょっと振るえているアストを本を持っているのと反対の腕に抱え、閲覧スペースの方に向かう。本棚の隙間を抜け、柔らかなオレンジ色の明かりの中へ。


「あら?」


 木製の大きな四角い机が二つほど置かれた閲覧スペースで本を広げていたのは、中学生くらいの女の子。朱色に煌めく髪色は明かりを反射しているからで、本当は収穫を待つ稲穂の様な金色なんだろう。その長いまつ毛の下には、髪と同じ色の猫のような瞳がある。

 なんていうか、薄幸の美人って感じの子ね。日本人なら小学校高学年くらいの歳だと思うのだけれど。


「ソ、ソフィア、どう? 幽霊だった?」

「いいえ、生きてる女の子よ」


 禁書もあるエリアって考えたら、ここにいるのは不思議なんだけれど。


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