五の浪 学園都市ティールデン②

「パースバル学園長、私が先に入った方が良さそうです」

「そのようですな。元気の良い子たちです」


 元気の良い、ね。身体に対して比率の大きい顔には相変らず柔らかな笑みが浮かんでいるばかり。悪意や敵意は無いようなので、純粋に私の力を信用しているみたいね。まあいいか。


 学園長と位置を代わり、シンプルだけど頑丈そうな引き戸に手を掛ける。その瞬間発動した闇の魔術、時に呪いと呼ばれるそれを光属性に偏らせた同量の魔力で打ち消す。

 スーッと音を立てて開いた扉の先から悪意の含まれた視線が集まるのが分かったけれど、無視。足元に仕掛けられた魔道具は術式を弄って破壊と。拘束用の魔道具。自作かしら?


「ちっ」


 舌打ちしたのは、赤いツンツン頭の男の子ね。魔道具の制作者とは別の子みたい。魔力の感じからして、彼の後ろで目を見開いている紫ボブの女の子かな。土妖精族ドワーフの子かしら。

 と、上のも処理しないと。止まらなかったら私は当たらないけれど、学園長に当たっちゃう。


 落ちてくる水の塊の下表面を凍らせて器にして、壁に固定しておこう。これは、青い長髪の女の子。斜め前の赤いツンツン頭の男の子とそっくりだから、人族の双子って言うのはこの二人ね。お兄ちゃんのファーレイムと違ってあんまり乗り気ではなかったみたい。ホッとしている。


 お兄ちゃんは、火の魔術を用意していたみたいだけれど妹ちゃんの水を処理した時点で放棄しちゃった。

 で、入口の呪いは、ファーレイムの隣の目隠れ男子ね。緑髪で、背が高い。芸妖精リヤナンシー族みたいだから、この子がドリマね。最年長の十五歳。


「おはよう。ウルシニエラくんは、調子が悪いのかな?」

「はい、いつもより辛そうだったので今日は来られないと思います」

「ありがとう、メイケア君」


 紫ボブの子が学園長に答えてくれる。なら、やっぱり青髪の子がアクエラか。名簿には写真が無かったから、今一致させないと。


「さて、先日連絡した通り、アルディーネ先生が暫く不在のため、急遽担任を変更する事になりました。紹介しましょう。臨時教員のソフィエンティア・アーテル先生です」

「よろしく」


 向けられているのは、主に敵愾心てきがいしんね。それと、蔑み。加えてそれぞれの個人的な感情。敵愾心なんかが一番マシなアクエラでも、不審の目で見てくるんだもの。何というか、この国の貴族ね。

 

 私の情報は持っているだろうから、私の二つ名の『魔女』を、魔法を使う者という意味の魔女ではなくて、比喩的に付けられた方の魔女って思っているのでしょうね。それなら私はどこの馬の骨とも知れない、平民の冒険者。それもBランクだ。この国の貴族の性質ならこの反応も然もありなん。まあ、何でも構わないのだけれど。


「それではあとは頼みましたぞ、アーテル先生」

「はい、学園長」


 アーテル先生、か。こっちで呼ばれるのは少しむず痒い。

 さて、と。担任というのは後だしとはいえ、引き受けてしまったのだから、すべき事をしましょう。


「今日は初日だし、まずは質疑応答の時間にするつもりよ」


 ホームルーム含めて、一時間半くらいかな。来なければ来ないで授業をすればいいだけ。とは言っても、この感じなら……ほら。


「ファーレイム、どうぞ」

「旧世界には氷魔導が存在したという学説があるが、貴様は本当に存在したと思うか」


 貴様って。ていうかそれ、一般には定説と通説で二分されているような話じゃない。中学生の年齢の子がする質問じゃないわ。腐っても特別クラスってことかしら。


「私は定説に賛同するわ。三女神は旧世界と同じ魔導法則でこの世界を作ったとされていて、冒険者ギルドもこれを認めているわ。冒険者ギルドの創始者が三女神に連なるものというのは貴族のあなた達なら事実と知っているでしょう。なら、現世界の法則通り氷魔導は氷に関わるだけでその他の魔導によって引き起こされた現象と見るのが妥当ね」


 あっさり答えたことが意外みたい。『智慧の館』で真実を知っているのだから、ズルしているようなものだけれど。


「アンデッドが闇属性の魔力を持つことから闇属性は忌み嫌われることが少なくありません。なぜアンデッドは闇属性を強く持ち、光属性に弱いのでしょう」

「ドリマ、私があててから発言なさい」


 まあ今回は許します。


「人々の想念が主な理由よ。アンデッド自体は他属性の魔力でも条件を満たせば発生するわ。ただしその条件を満たす場所が墓地など自然界の魔力が負の感情の影響を受けやすい場所ばかりだから、結果的に闇属性の魔力を持つことが多くなるの。光属性に弱いのはアンデッドがそうなのではなくて、闇属性の魔力によって肉体を保っている存在全般に言える事ね」


 アストの場合は肉体に依存する割合が大きいから、巨大化している場合でもなければ光属性に特別弱いなんてことは無いのだけれど。


「他にある?」


「くっ、エステレニア戦役におけるガルエの戦いがあった場所は王都の南部というのが定説だが、どう思う」


 あら、どう思うだなんて抽象的。ファーレイムにも年相応っぽいところもあるのね。魔導には関係ない話だけれど、まあ答えてあげましょう。


「無いでしょう。ガルエの戦いで王国軍と戦ったガルエ族の遺跡は南部では発見されていないし、そもそもあれはガルエ族による侵略よ。当時南から北に攻め入る理由は薄い。それに、王都から北にひと月ほど行った辺境のダンジョン内にそれらしき集落跡があったとギルドに報告されているわ。主流派が妨害していて調査に行けていないみたいだけれど」


 苦虫を嚙み潰したような顔ね。アクエラだけは不審の色が消えているけれど、兄がこれじゃあ表立っては協力的にしてくれないかもしれないわね。


 そんな感じで一時間半。時間が余れば知識の確認をするつもりだったけれど、質問内容だけで基礎的な部分が大丈夫そうなのは分かった。

 教えるべきは実技と応用の理論ね。素直に聞いてくれるかは怪しいけれど。魔力を込めた威圧なんかの進行妨害もしてきたし。無視したけれど。


 これで病欠のウルシニエラって子が増えたら更に面倒になるのかしらね。

 依頼を受けるの、早まったかしら?


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