智慧の魔女のもふもふ放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜

かかみ かろ

一の浪 始まりの気まぐれ①

 不意に感じた小刻みな振動に、私の意識はゆっくりと浮き上がる。同時に聞こえたのは、何だか懐かしい、車のエンジンの音。


「やあ、起きたね」


 そして、男とも女ともつかない不思議な声。すぐ前から聞こえてきたそれはまったく記憶にないものだったのに、どうしてか不安にはならない。

 ゆっくりと目を開ける。瞼の隙間から差し込んできた光が眩しくて、思わず手をかざした。そうして暫く慣らしていると、次第に辺りの風景が見えてきた。車の中だ。家族の車の、後部座席だ。

 久しぶりに見た。いや、それ以上にひどく懐かしい。大学に入って三年。年に一度は帰省している筈なのに、何故かそう感じる。


「うん、記憶の方は大方問題ないね」


 声の主は目の前の運転席に座っているようで、顔は見えない。誰何すいかをしようとしたけれど、声が出なかった。


「私かい? 私は、そうだな、色々な姿と名を持っていたが、君に名乗るのなら日本風がいい。うん、カノかみと呼んでくれ。カしんでも良い」


 神……。胸の内でそう独りごちる。嘉の神なのか禍の神なのか、それとも全く別の神なのかは分からないけれど、声の主が神であるという事に関しては自分でも不思議なほどにすんなりと納得がいった。

 ふと窓の外を見ると、車はいつも旅行の時に使う空港への道を走っているようだった。


「まあ、どちらの意味かは好きに解釈したらいい。本題に入ろう」


 心の声を読まれていることは気にしない。気にしたって、どうしようもない。それよりもカノカミの用件を聞かなければと、背筋を伸ばす。


「君には、私の作った世界に行ってもらうよ。魔法があり、魔物がいる世界だ。異世界転生と言ったら君には分かりやすいだろう」


 死んだわけじゃないけど、とカノカミは続ける。ここに来る直前の私がそう願ったから、と言われたけれど、覚えていない。何となく、そうなったら良いなと思ったような気がしなくも無い。

 ただ、いざ本当に魔物のいる異世界に転生するとなったら、すぐに死んでしまいそうで少し、不安だ。


「安心して良い。平和に生きてきた君を何の慈悲も無くそんな世界に放り込んだりはしない。それじゃあ何の為に面倒な事をしたのか分からないからね」


 含みをわざと察せさせるような言い方だ。引っかかるけれど、それよりも今は、カノカミがくれると言う私の生きる手段の方が大切だ。


「先に言っておくけれど、それそのものが強力な力では無いよ。多くに比べたらズルな、チートな力かもしれないけど、君の使い方次第で空気のような物にもなり得る。その程度のものさ」


 言ってしまえば、それは種なのだそうだ。上手く育てれば、それこそ分かりやすく、ズルいほどに強力な力を得られる、かもしれない。

 当事者の私からすれば、もう少しサービスしてくれた方が有難いのだけど、理が乱れるとか、何かしら理由があるのだろう。


「いや? やろうと思えば出来るけど、それじゃ面白くないでしょ?」


 ……この神、しばいても良い?


「あはは、今の君じゃ無理だね」


 今の、か。いずれ出来るようになるのなら、それを目標にしても良いかもしれない。


「怖い怖い。ならまあ、最低でも不老にはならないとかな。定命のままじゃ難しいよ」


 不老、なれるんだ。

 それで、結局どういう力が貰えるのだろう? いい加減、具体的に教えてくれてもいいと思うのだけど。


「それは現地で自分で確かめて欲しい。だって、分かるだろ?」


 その方が面白い、か。やはり最終的にはしばき倒そう、この神。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか私は、空港の手荷物検査場の前にいた。ロビーがあるはずのゲートの先は真っ白な空間が広がっているばかりで、何も見えない。


「それじゃあ、行ってらっしゃい。私はのんびり、チョコレートでも摘まみながら君の旅を見守っているよ」


 まったく、羨ましい。そう思いながら後ろ手に手を振り、光の中へ歩く。検査すべき荷物は、スマホ一つとして無い。


「――さあ、嘗て私だったモノよ。君は君の望んだ世界で、どう生きる?」


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