第3話
――――あれから一週間。
あれからあまり連絡できなかった。
俺はえりかさんのこともっと知りたい、毎日話したかったけど仕事で忙しかった。今年の一番大事なプロジェクトは来週期限なので残業はきつい。
彼女も彼女なりのやり方で頑張っている。バイトだけじゃなく、毎日女優になるための勉強も行っている。
時間が合わないのは確かだけど、まったく話していないわけじゃない。えりかさんのRIMEアイコンは【スピーファミリー】の人気キャラ。話題としてそれをつかって、彼女とアニメの話をしていた。
恋は魔法みたいなものだと初めて知った。わずかだけでも話していた日には仕事の疲れはちょっと少ないように感じた。恋人じゃなくても、好きな人と話すだけでどきっとする。
『おはようございます!すばるさん起きてる?』
RIMEの通知にえりかさんからのメッセージが画面に現れる。
『おはよう!起きているよ』
そうよ、会話という会話はあまりできなかったものの、毎日おはメールはもらった。
『今日は休みね?』
『うん』
『あの、調べたけどやりたい映画のオーディションは来週の日曜日らしい』
『おおお!やりたい映画は見つかったね』
『迷惑をかけたくないけど』
『大丈夫!手伝うよ』
先週、えりかを女優にすることを決めた。その約束は決して破らないものだ。
『じゃあの公園で会う?』
その時だった、指で「はい」という二文字を打った後、外から雷の音がした。雨なら公園で会わない、ならどこで会えばいい?
左手の腕時計によると時刻は3時32分。右手には傘。目の前には都会のどこにでもある普通のマンション。
そう、今はえりかさんの家の前にいる。
(やばい、緊張する!)
なぜそんなことになったのか?簡単に言うと彼女は警戒心という言葉を知らないからね。
―――
『あ!雨がふりはじめた』
『じゃ明日にするか?』
『うちに来ない?』
『は?!えりかさん一人暮らしでしょう?』
『そうけど、どうして?』
―――
こんな感じで俺は移動を余儀なくされた。
インターホンを押すと間もなく彼女の声が聞こえる。
「はーい?」
「すばるです」
「あ、上がっていいよ」
前にあるガラス扉が自動で開く。エレベーターで彼女が住んでいる5階までのぼる。
(54番の部屋だったね?)
ドアをノックした途端、扉がばたっと開いていた。
「こ、こんばんは!ど、どうぞあがってください!」
えりかさんのかわいい声に俺は彼女のアパートに入る。
「おじゃましまーす」
なんか胸が落ち着かない。部屋の中を見回すと中はとても奇麗。玄関から真っ先に一人用の台所に洋室、多分大学生の時からこのとこに住んでいる。
「あ、あの!なかはあまりきれいじゃないかもしれないですけど…」
「いいえいいえ、そんなことはないぞ」
「すばるさんはじろじろ見てるだからなんか変かな」
「いや、俺はただ異性の家にあがるのは久しぶり…」
俺のセリフでえりかさんの頬はなぜかちょっと赤くなった気がする。意識していなかったかな?
「わ、わたしも。異性が家にくるのは、初めて…」
「えっ?!ま、まじですか?」
「すばるさんは初めてでいいよ」
その一言に心臓が飛び出しそうになった。あまい声でそう言われたら困る、30代といっても、俺は男だから。
(エロいこと考えない!エロいこと考えない!)
しかし、どんなに努力してもそれは無理だった。理由は簡単、彼女の格好は非常にきわどいものだから。
部屋着の白いオーバーサイズTシャツ、居心地は確かに良さそうだけどその谷間はまるでグランドキャニオンじゃないか!下は短すぎるとしか言えないショートパンツ、神様に生きていてよかったと感謝したくなるほど短い。
陶器に劣らないなめらかな雪色の肌は眩しい。目が吸い込まれる。
「すばるさん大丈夫ですか?顔はものすごく赤い色…あついですか?」
「い、いや、なんでもないです!大丈夫です!」
「それならよかった!座りますか?」
彼女は小さなソファに座りながら聞いてくる。向こう側にはおしゃれなテレビ台にゲーム機のSMITCHが置いてある。
「あ、ありがとうございます」
「飲み物もってきます」
「あ、ああ。」
好きな人の家にあがるのは、幸せのせせらぎから水を飲むように、心身は複雑な感情になる。この部屋着は本当に見ていい?
しばらくたってから、彼女が盆に薬缶と湯呑みを運びながら戻った。お茶の香りが部屋を支配する。
「あ、あの。すみません、わたしはちょっと美味しいお茶は作らないかな…」
「そんなことないよ!お、おいしいよ!本当にめっちゃうまい!」
「あ、ありがとう」
まだなぜか照れ合う。彼女は上品な素振りに湯呑みを手にとって、桜色の唇に優しくさわる。
「えりかさんすごいですね。」
「え、えっ?!」
「なんか上品な…なんていうんだ、飲みぶり?」
えりかさんの顔はまだ赤くなっていた。まるで恥ずかしさに溺れているかのように彼女は返事をする。
「そ、それは、練習してたから」
「練習?」
「うん、なんか、女優になれば…皆が上品と奇麗な人ばっかりだから、私も頑張らないと」
「なるほどね」
やっぱり努力しているんじゃないか?
「で、でもそいうい、わたしはまだ全然」
「いやいや、結構いいと思うよ。」
「髪も最近切っていた、おしゃれな髪型にしたんだが、わたしに似合わないかも…」
「えりかさん!鏡を見てください!こんな奇麗な顔をしているのに…」
言葉が無意識にこぼれた。その出来事に俺は慌てて思考をめぐる、経験が全然ないので対処方法はわからない。
「き、き、きれい?!」
さらに、えりかさんもトマトみたいに赤くなりながら、声が小さくなった。
「…」
「…」
無言の間が流れてくると、その無言をやぶるかのように彼女は恥から逃れるように告げる。
「あ、ありがとうございます。えーと早速ですけど、練習したいですが?」
「は、はい!」
そういえばそう、ここに来た目的はデートとそいうじゃない!脚本の練習だった!
彼女はいそいそとソファから立ち上がるとテレビ台の上にあった青いカバーの細い本を手に取る。
もう一度ソファに座るえりかさんは前よりだいぶ近い。柑橘の匂いが素晴らしい!
「えーと、これは脚本ですよ」
「なるほど!」
脚本のカバーに『魔女少女、世界を可愛くする!』それはおそらくこのドラマの名前。
「脚本一つしかないから…」
「だ、大丈夫」
(近い!めっちゃ近い!視線をちょっと下げたら見える、ふくよかな…だめだ!)
やっぱり好きな人がこんなに近くにいると心臓が落ち着かない。
「じゃこの魔女って書いているせりふは私で、すばるさんはこのゴブリン」
「お、おけ」
「じゃ行くよ」
「おおお!」
「『ね、ね、それなに?』」
「『おっぱいの爆発魔法』」
「えっ?!」
「えっ?!」
二人はまるでオペラのように、同じタイミングで声が出た。
「お、お、お、お、おっぱい?」
えりかさんは破廉恥な人を見る目で俺を見ている。
「きゃ、脚本読んだけですよ!」
「う、うそ!このドラマはそいうじゃないし」
「あっ?!おっぱいじゃないオウパイ…」
(緊張でとんでもない読み間違い犯しました!)
ちょっと恥ずかしい動作で二人はうつむく。
「…」
「…」
「とにかく続く!」
「う、うん」
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