僕の名前は大西晃生

清水 惺

プロローグ

 僕の名前は大西晃生おおにし こうせい

 今はただ、病院のベッドで天井を見つめている。他にやることもなく、何かしようという気力もない。

 少し動けばバネの軋む音のするベッドで、ただじっとする。

 ある日突然、右足とお別れすることになったら、きっと誰でもこうなる。


 昨日は雨が降っていた。

 大学から原付で帰る途中、ヘルメットのシールドにへばりつく雨粒がとてもうざったかったのを覚えてる。

 走ってる途中、不意に何かが転がってきて、それを追いかけて小学生くらいの子が飛び出してきた。

 それは何とか回避できたと思うんだけど。

 意識が途絶えたかと思えば気づいたらここにいて、右足の膝から下が綺麗に無くなってた。


 スリップして大型トラックに突っ込んで、原付ごと巻き込まれたらしい。

 手の施しようが無かったそうだ。だから切除された。

 でも簡単に受け入れられる訳がない。

 申し訳なさそうな顔をしながらそう伝えてきた医者に怒りをぶつけてやろうと思った。命の恩人なんて知ったことか。

 でも、できなかった。

 僕にできたのは、ただ声にならない声を喚きながら情けなく泣き続けることだけ。


 そんな僕の姿を隣で見て、既に一度泣き腫らしたんだろう赤い目をした母が、もう一度一緒に泣いてくれた。

 小さい頃に「泣くな」と何度も僕に怒った父も、気づけば頬に涙の痕があった。父の涙なんて、祖母が亡くなった時以来だ。

 兄は……まあ気の毒そうな顔してた。


 愛する家族を悲しませたくはない。涙を流してほしくない。

 僕が今日も泣いていたら、きっと釣られてまた泣いてしまうんだろう。

 次に会うときは笑った顔でも見せてあげたい。


 でも、もう自由に立って歩けない。

 まともな生活も送れない。

 その事実が僕を打ちのめす。

 死ななくて良かった、死ぬよりましだって大抵の人は言うだろう。


 それは、そうだ。


 それは、そうだろうけど。それにしたってあんまりじゃないか?

 いつになったら気が済むだろうか。

 立ち直る時なんて、永遠に来ないんじゃなかろうか。

 考えるのも面倒くさい。


 今はただ、白い天井を眺めてる。



 

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