好きだからお願い!

@cocoasoda

第1話「潜入捜査をお願い!」

「ビールください!」

飲み干したジョッキを掲げて大声で叫ぶと、追加のビールと一緒に頼んでもいない水がついてきた。きっと今、私の顔は真っ赤で、限界突破して飲んでいるようにしか見えないのだろう。


高校の時に出席した叔母さんの結婚式でウェディングケーキを見た時、自分でも作ってみたいと憧れ、製菓の専門学校に入った。在学中は、ケーキに囲まれて仕事をするキラキラ自分を想像していたけど、現実は甘くない。


「クソジジイ」

日々追われる雑用と後10年後には死にそうなジジイからの理不尽な叱責に耐えきれず、新卒で入社したケーキ屋をわずか半年で退職。パティシエールになる為に専門学校まで通ったのに、無駄金になったことを心から謝りたい。

“ケーキは家でも作れる”

結局、そんな結論に辿り着いた私をどうか許してほしい。


職なし、彼氏なし、貯金なし。おまけに友達は働いているからむやみに酔っぱらいを連れて帰ってくれ、などと呼べない。何せ今日は木曜日だ。

この世の中で自分が一番不幸ではないかと錯覚しても、誰も責めないだろうこの状況。

帰りに缶ビールを飲んで、エモい曲でも聞きながら、夜風に当たる悲劇のヒロインごっこがどうしてもしたくなって、8,420円という一人居酒屋にしては高い会計を払って店を出た。


携帯を開くと“21:23”と白い文字で書かれた時刻がケーキの待ち受けに重なって表示されている。終電までまだ時間があるし、大丈夫か。少し先に見えるコンビニに向かって踏み出すと、急に頭がクラクラしてその場に座り込んだ。

あー、何も考えられない。

とりあえずここで10分寝る。そしたらコンビニの酒は諦めて、真っ直ぐ家に帰る。うん、そうしよう。ベンチでもないただの段差に座り込み、電柱に寄りかかる。

10分。10分だけ


「大丈夫?水飲んでー」


誰かの声が聞こえた気がしたけど、応えられる程の元気はない。

後で対応しますんで、すみません。

アラームもかけずにその場で寝た私は、瞼を突き抜けて目に届いた眩しいほどの光で目を覚ました。

見たこともない天井。右を向いて生活感のある部屋を確認し、ここは交番ではなく、誰かの家なのだと認識する。

「まじか」

とりあえず服を着ているということは、良い人に拾われたのだろう。

床に落ちている焦茶色の毛布を抱き枕にして、二度寝しようと目を閉じた瞬間、


「起きた?」


と、声をかけられたが、眠すぎて目を閉じた。

ごめんなさい。

図々しく寝た罰なのか、誰かに追いかけられる夢を見て、飛び上がるように起きた。最悪の寝起きだ。


「やっと起きたか」

まだぼーっとした頭で声のする方を見ると、金髪で柄シャツを着た男が立っていた。普通だったら大声を出したり、叫んだりするだろうけど、二日酔いだからそんな元気はない。


「昨日のこと覚えてなくて、すみません」

「コーヒーの飲みな。二日酔いに効くって聞いたことある」


苦いの苦手なんだよな、と思っていたが、目の前に出されたのはミルクのたっぷり入った甘そうなコーヒー。うん、これなら飲める。

暑くもなく冷たくもないコーヒーからは、豆から挽いた深みのある味が口いっぱいに広がった。


「あの、助けていただいてありがとうございました」

「仕事大丈夫なの?今日、金曜日だけど」

「大丈夫です。昨日で仕事辞めたので」


仕事を辞めて、やけ酒して道路に潰れてた可哀想な女とでも思ったかもしれない。別に間違いじゃないから否定はしないけど。


「‥‥何かお詫びかお礼できれば‥‥」

「よくぞ言ってくれました!」

「は?」


待ってましたと言わんばかりに、目をキラキラ輝かせているから、私が引き気味に背中を反らしてしまった。


「君に潜入捜査をお願いしたい!」










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