第74話 王女様の婚約話

「珍しいこともあるものだな、ネイルがやらかすとは」


「面目次第もございません……」


 ネイルさんが王城に行って騒ぎを起こし、しばらく出禁だと怒られてしまったと聞いて、団長のグレゴリーさんも叱るより先に意外そうにしてる。


 他のみんな……今この場にいるラスターやクロも同じ気持ちなのか、目を丸くしていた。


「婚約話を持ち掛けられて、ついカッとなってしまい……」


「ネイルさん、結婚するの?」


 だったらお祝いしなきゃ。


「私ではなく、ミルクの婚約話だと思ったのですよ」


「待て、それはどういうことだ? 事と次第によっては俺も王城に殴り込むぞ」


「てめえも落ち着けよ……」


 一気に不穏な魔力を噴き出すラスターに、クロは呆れ顔。


 そして、ネイルさんは慌てて訂正を入れた。


「いえ違います、それも私の勘違いで、宰相としてはリリア元王女が欲しかったようです」


「リリアが……?」


「ええ。元とはいえ、サーシエ王国の王家の血筋を引く最後の生き残りですからね。彼女さえいれば、サーシエの跡地を手に入れるのに、この上ない正当性を主張出来るでしょう」


 サーシエ王国の跡地は今、アンデッドの群れもいなくなって、誰も手を付けていない空白地帯になってる。


 元々、サーシエを手に入れるために帝国が侵攻を始めた結果が今のあの場所だから、帝国に好き勝手させないために、アルバート王国が先に押さえてしまいたいんだろう、とネイルさんは語った。


 ……みんなの前で正座したまま。


「もちろん、これはリリア王女にとっても悪い話ではないでしょう。故郷を取り戻すのに、アルバート王国軍の協力を得ることが出来ますし、上手くすれば王国の復興を目指すことも夢ではない。ただ……」


「その場合、サーシエ王国はアルバート王国の属国……事実上の併合となるでしょうな」


「あ、コーリオ!」


 プルンの分裂体で自分の肉体を取り戻したコーリオは、町を歩く平民と変わらないシャツとズボンの上に、古びた王様のローブと王冠を合わせるという独特のファッションで現れた。


 なんというか……すごく変な格好だけど、本人が気にしてないならいいのかな?


「もちろん、悪いことばかりではないでしょう、リリア自身が復興を望むなら私は賛成します。ですが……サーシエはもはや滅びたのです、あの子が政争の道具になってまでその名を続ける必要はないと、私は考えています」


 今のあの子にその余裕はありませんしね、とコーリオは言葉を締める。


 確かに、リリアはちょっとずつ私とお喋りしてくれるようになってきたけど、まだ部屋に引き篭ったままだ。


 誰かと婚約して、サーシエ王国復興の旗頭になって、みんなの前に立つ……難しい気がする。


 でも……。


「それじゃあ、私が話してみる」


「ミルクが?」


「うん」


 驚いた顔のラスターに、私は大きく頷く。


 周りから見たら、確かにリリアも大変だけど……そういう大事な決断は、一度はちゃんと本人に話さなきゃ、後悔すると思うから。


「リリアと話して、聞いてみる。リリアの気持ち」


「……それがいいだろうな。どうせ遅かれ早かれ、その宰相サマがここに来るんだ、心の準備はしといた方がいい」


「ん? どういう意味だ、クロ?」


 クロの呟きに、ラスターが疑問符を浮かべている。


 それに対して、クロは「はあ?」と呆れ顔で言った。


「そこの副団長サマが出禁になったんだろ? 婚約するっつーなら顔合わせは必須だ、そういうポーズを取るだけでも同じ考えを持った他の貴族を牽制出来る。やらねえ手はねえだろうよ」


「「「…………」」」


「……なんだよ、その目は」


 ラスターだけでなく、グレゴリーさんやネイルさんまで揃って目を丸くする。


 思わぬ反応にクロが困惑する中、ネイルさんがボソリと呟いた。


「そういえばあなた、デリザイア侯爵家に仕えていたのでしたね。平民出というからすっかり忘れていましたが……意外と礼儀を知っていますし」


「そりゃあな。いくら暗殺者だっつっても、礼儀作法がいらねえわけじゃねえ、一通り叩き込まれたよ。暗殺なんざ、政治的な思惑が絡むこともしょっちゅうだから、そういうことにも無駄に詳しくなっちまった」


「……実はうちの団で一番まともなのは、クロなのか……?」


「思わぬ事実だな」


 ラスターが愕然と呟くと、グレゴリーさんが顎に手を当てて考え込む。


 そして、「よし決めた」とばかりに叫んだ。


「クロ、お前には出禁になったネイルに代わり、王宮との折衝とその対応を任せる!!」


「はぁ!? 待てコラ、いくらなんでも元暗殺者を王宮の高官の前に出すのは、頭おかしいんじゃねえか!?」


「他に候補がいると思うか!?」


「開き直ってんじゃねえ!!」


 グレゴリーさんの言葉にクロが噛み付いてるけど、確かに他の候補ってあまり思い付かない。


 グレゴリーさんやカリアさんは礼儀作法を知らないらしいし、ネイルさんは出禁、アマンダさんやガバデ兄弟はすぐにやらかすから論外で、ラスターは顔のことがあって正装が出来なくて、コーリオは魔物。グルージオも、公的にはまだ死刑囚のままだから、会っちゃダメなんだって。


 ……クロしかいないね。


「決まりだな!!」


「マジかよおい……この傭兵団大丈夫か……?」


「大丈夫でないからいつも私が苦労していたのです。今日から仲間ですね」


「元を辿ればてめえが出禁になったせいだろうが!! 一緒にすんな!!」


 親近感を覚えてキラキラした瞳を向けるネイルさんに、クロは心底嫌そうに叫ぶ。


 その一方で、グレゴリーさんが私に話し掛けて来た。


「ミルク、お前は王女様の担当だ、任せて大丈夫だな?」


「うん。リリアとは友達だから……アマンダさんから教わった“裸の付き合い”で、もっと仲良くなって話してみる!」


 お風呂に入ればみんなマブダチだってアマンダさんが言ってた!


 そう伝えると、グレゴリーさんは少しだけ複雑な顔で私の頭をわしわしと撫でた。


「その意見には賛成だ。だがなミルク……一応言っておくが、男相手にそれをするんじゃないぞ? あくまで女の子相手にだけやれ、いいな?」


「???」


 なんで女の子にしかやれないんだろう? と首を傾げる私に、グレゴリーさんは「そのうち分かる」とだけ言って話を打ち切ってしまった。


 うーん……今度ラスターにも聞いてみようかな??

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