第20話 アマンダのお見舞い

「……アマンダが依頼先で負傷? 炎龍が出現したですって?」


 私が“紅蓮の鮮血”に所属していいってネイルさんに認めて貰えてから、一週間くらい経ったある日。いつものように掃除していた私の耳に、ネイルさんの驚きの声が聞こえてきた。


 もう一ヶ月も会えてない、私の魔法の師匠。今もアマンダさんが残してくれたメモの通り特訓を重ねて、色んなことが出来るようになってきたところなの。


 帰ってきたら、私の成果を見て貰いたいって、そう思って……。


「ネイルさんっ、アマンダさんは、大丈夫なの……!?」


「ミルク……聞かれてしまいましたか」


 拠点の玄関口で手紙を読んでいたネイルさんに、私は勢いよく詰め寄った。


 そんな私を安心させるように、ネイルさんは穏やかな口調で言う。


「問題ありませんよ。炎龍は既に撃退されたようですし、アマンダも命に別状はないとのこと。しばらく動けないようなので、こちらから迎えに行く必要があるそうですが」


「なら、私もお迎えに行く……!」


「ミルクが? しかし……」


「お願い、ネイルさん……私も、今なら少しは戦えるよ。アマンダさんのところに、行かせて……!」


 必死にお願いするも、ネイルさんは渋い表情。


 けれどそこに、ガル達三兄弟が援護してくれた。


「いいじゃねェか副団長様よォ、ミルクにも遠出の経験は必要だぜ。なァ?」


「オラ達も力になるでヤンス。副団長も心配しなくていいでヤンス」


「ウェヒヒヒ……あまり過保護にしてると、ミルクに嫌われるぞ、副団長……」


「むぐっ……」


 デルの言葉に、ネイルさんが思い切り顔をしかめて私の方をチラッと見る。


 ……心配しなくても、そんなことでネイルさんを嫌いになったりしないよ? 大好きだよ?


「はあ……分かりました。ミルクにも迎えに行って貰いましょう。そして、そこの三馬鹿ですが」


「おゥ、ミルクのお守りだな? 任せとけッ!!」


「違います。あなた達の役割は、ミルクがいなくなった後の家事全般です」


「「「えっ」」」


「当たり前でしょう。ハッキリ言いますが、ミルク自身よりも、ミルクがいなくなった後のこの拠点が心配ですよ、私は。今や、放っておいたら一週間と経たず廃墟同然になる気がします……」


 はあ……と、ネイルさんが溜め息を溢す。


 すっごく大変そう……え、えっと。


「出掛ける前に、たくさんピカピカにするね」


「いつも通りで十分助かっていますから、必要ありませんよ。たまにはこいつらを働かせねば、ミルクのありがたみを忘れてしまいます」


 そんなの気にしなくていいのに、と思うけど、ネイルさんは気になるみたい。


「ラスター、ミルクの同行をお願いします。流石に、一人で向かわせるわけにはいきませんからね」


「了解だ、副団長殿。任せておけ」


 ガル達の代わりに、ラスターが一緒に来てくれるみたい。


 ネイルさん、ラスターは頼りになるからあまり動かしたくないって言ってたのに……やっぱり、アマンダさんの体、あんまり良くないのかな? 心配。


「さて、そうと決まれば早速動くとしよう。ミルク、準備してこい、すぐに出るぞ」


「うん。といっても、私が持っていくもの、何もないよ?」


 ずっとここにいたから、私個人のものなんて服くらいしかない。


 そう伝えたら、すかさずネイルさんが会話に割り込んできた。


「全く、ミルクは世話が焼けますね。いいですか、旅に必要なものは、食料、替えの衣服を最低限。それから、護身用の武器としてこのナイフを持っていきなさい、いざという時以外にも、調理に使えて便利ですよ。それから……」


 次から次へと、どこから取り出してるんだろうってくらいたくさんの道具を持ち出して、リュックに詰め、使い方を説明してくれる。


 あまりにもたくさんの荷物と説明の量に目を回していると、そんな私達を見て、ラスターがボソリと呟いた。


「本当に、ミルクのこととなると過保護だな、うちの副団長殿は」








 ネイルさんが用意してくれたたくさんの荷物を背負い、ラスターと一緒に馬車に乗り込んだ私は、アマンダが治療を受けてるっていう西部貴族……アルフレッド男爵家に向かった。


 三日かけてようやく到着したその場所で、私はラスターの制止も振り切って走り出す。


「アマンダさん……!」


「あ、こら待て、ミルク!」


 前に見たデルーリオ伯爵のお屋敷に比べたら小さいけど、“鮮血”の拠点に比べたらずっと豪華なそのお屋敷に突撃すると、入り口のところには鎧を着た門番と……優しく微笑む、線の細い男の人がいた。


「これはこれは、“紅蓮の鮮血”の方ですね? “死霊”の噂は私もかねがね……」


 私と、私の後ろに追いかけてきたラスターを見て、ペコリと頭を下げる。


 その口から出てくる言葉も、所作も、表情も、全部優しくて丁寧だけど……なんだろう、ちょっと怖い。


 ラスターの後ろに隠れると、私の代わりにラスターが頭を下げ返した。


「こちらこそ、仲間を助けてくれたそうで、感謝の言葉もない。アマンダは、今中に?」


「ええ、こちらへどうぞ」


 男爵様に案内されて、私達はお屋敷の中に入る。


 この人が怖いのは確かだけど、アマンダさんがどうなってるかの方が今は大事だ。

 ラスターの手をぎゅっと掴みながら歩いていくと、やがて一つの部屋に案内される。


「こちらです」


「アマンダさん……! ……?」


 急いで中に飛び込み、声をかけると……簡素な服でベッドの上に横になり、のんびりと果物を満喫しているアマンダさんの姿があった。


「おおっ、ミルクじゃないか! よく来たねぇ、ほら、こっちにおいで」


「う、うん。……アマンダさん、怪我は大丈夫?」


 促されるままに飛び込むと、ぎゅっと抱き締められる。


 心配になって問いかけると、アマンダさんは平気平気と笑い飛ばした。


「アタイを誰だと思ってるんだい? 流石に団長には及ばないが、これでも“鮮血”随一の古株だ、龍が相手だからって、そうそう遅れを取ったりしないさ。まあ、守るはずだった村が戦いの余波でふっ飛んじまったから、あまり褒められたことじゃないがね」


 炎龍にも逃げられちまったし、と、アマンダさんは肩を竦める。


 一応、アマンダさんの体をペタペタと触りながら、痛がってるところがないかじーっと観察してみたけど、魔力はずっと凪いだままだし……本当に大丈夫みたい。


「よかった……」


「心配かけて悪かったね。まさか、ミルクが直接迎えに来てくれるとは思わなかったから、アタイも嬉しいよ。それに……アタイがいなくても、特訓頑張ってるみたいじゃないか。上出来だよ」


「えへへ……」


 私の腕に、ブレスレットに擬態するような形で纏わり付いてじっとしているプルンを見て、アマンダさんが褒めてくれた。


 嬉しくて頬を緩めていると、それまで後ろから様子を見ていたラスターも会話に加わってくる。


「元気そうで何よりだ。ネイルも心配していたからな、良い報告を持ち帰れそうで良かった」


「あのネイルがアタイを心配? ははっ、十年早いって言っておきな。それより……注意は怠らないようにね」


「……なるほど、分かった」


「……??」


 会話の意味がよく分からなくて、私は首を傾げる。ただ、すごく大事な話だったっていうことだけは、二人の魔力を視れば分かるけど。


 私一人だけ会話について行けないことに戸惑っていると、ラスターが誤魔化すみたいに私の頭を撫でる。


「さて、アマンダも元気そうだし、後は帰るだけだな」


「ははは、そう焦らずとも良いではありませんか。村そのものはなくなりましたが、アマンダ様の活躍で幸いにも死傷者はいません。彼らもお礼を言いたがっておりますし……何より、医者はもう一週間ほど様子を見た方がいいと」


「アタイはもう平気なんだけどねえ……まあいいさ、ミルクはこの町に来るのも初めてなんだろう? ラスター、ちょっと観光にでも連れていってやりなよ」


「……それもそうだな。では、また明日な」


 ちょっとだけピリッとした空気に戸惑いながら、私はラスターに手を引かれてお屋敷を後にする。


 ある程度離れたところで、ラスターは真剣な表情で口を開いた。


「……恐らく、今回の事件はあの男爵が一枚噛んでるな。少なくとも、アマンダはそう考えているらしい」


「えっ……!?」


 思わぬ言葉に、目を白黒させる。

 でも、確かにちょっとあの男爵様、怖かったから……そう言われると、納得も出来ちゃう。


「アマンダは、その辺りの背後関係を出来るだけ洗おうとしているようだ。ミルク、あの男爵に何か言われても、ホイホイついて行かないようにな」


「うん、わかった」


「よし、いい子だ」


 ラスターにもう一度撫でられながら、私はお屋敷の方を振り返る。


 あの男爵様が悪い人なら、アマンダさんは一人でそこにいるわけだけど……大丈夫、なのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る