傭兵団の看板娘~王国最恐の傭兵団は今日も私にメロメロです~
ジャジャ丸
第1話 突然の自由
私の記憶にある景色は、鉄格子に囲まれた檻と、“仕事”をするために用意された部屋の中だけだった。
手足に付けられた鎖のせいで思うように動けず、一人天井にある染みの数を数えるだけの毎日。
そんな私の唯一の楽しみは、ご飯の時間だった。
真っ黒なパンは石みたいに硬いけど、ゆっくり何度も噛んでるとちょっとずつ柔らかくなっていって、何も変わり映えしない一日がちょっぴり色付く。楽しい。
お水は時々虫さんが浮いてたりするけど、手を使わずに飲むと“ご主人様”が喜んでくれる。「けがらわしい獣人にはお似合いのしぐさだ」って笑ってるけど、意味はよく分からない。
それよりも、ご褒美だって貰える骨の方が大事。パンより柔らかいし、ボリボリって齧るとパンより美味しいの。
“お仕事”を頑張った時も貰えるから、ご主人様の言う通りに一生懸命やるの。
お部屋の外から、ご主人様とお話している相手が嘘をついたり、びっくりした時に、お手伝いさんを通じてそれを教えるだけのお仕事。
私には特別な“眼”があるから、そういうのが他の人より分かるんだって。
他の人には“魔力”は見えないんだって教えて貰った時は、びっくりしたなぁ。
そうやって、毎日ご主人様の言う通りに過ごして……それだけが、私の全部だった。
だけど……そんな毎日は、いきなり壊れた。
「ヒャッハァァァ!! クソゴミの汚物ども、オレの炎で消毒してやらァァァ!!」
「オラのハンマーで叩き潰すでヤンス!! コラ、逃げるんじゃないでヤンス!!」
「ウヒヒヒ、おいそこのおめェ、ボスはどこだァ……? 吐けェ、吐かないと全身の皮を剥ぎ取っちまうぞウェヒヒヒ!!」
いつもみたいに、檻の中で天井の染みを数えていたら、外から聞いたこともない人の声が聞こえてきた。
何かが燃える音。何かが壊れる音。聞き覚えのある誰かの悲鳴。
分からない。何が起きてるのか、全然分からないけど……怖い。
「ガル! バル! デル! 不用意に壊すなといつも言っているだろう!! ったく、あいつらは……これじゃあどっちが悪人だか分からんぞ。……この部屋はなんだ?」
檻の隅で小さくなって震えていると、扉が空いて誰かが牢屋に入ってきた。
まん丸なボールみたいだったご主人様と違う、細くて背の高い男の人。
細いって言っても、それはご主人様と比べたらの話で、手も足も、私のお腹回りくらいあるんじゃないかってくらいにはがっしりしてて、まるで岩が歩いてるみたい。
そんな男の人が、鉄格子の前まで歩いてきて、ちょっとだけ差し込む外の光に照らされ……私は、二つの意味でびっくりした。
一つは、その人の顔の半分が焼け爛れていて、開きっぱなしの目が白く濁っていたから。
もう一つは……そんな見た目なのに、その男の人が纏う魔力の色は、今まで見たどんな人よりも綺麗だったから。
ご主人様みたいな、暗く濁った魔力じゃない。ご主人様が会う人の中には、綺麗な人もいたけれど……こんなに綺麗な人はいなかったし、みんなご主人様と会う度にどんどん濁っていた。
だけど……この人はきっと、ご主人様と一緒にいても、絶対に濁ったりしない。そう信じられるくらい、強い光を放ってる。
「……狼獣人の子供、か? この様子だと、奴隷みたいだが……チッ、どこまでも腐った連中だ」
動くなよ、と、男の人が私に告げる。
こくんと頷いて小さくなっていると、男の人は腰の剣に手を添えて……。
次の瞬間には、鉄格子が斬り飛ばされていた。
何が起きたのか全然分からなくて、呆然としていると、男の人が檻の中にまで入ってくる。
私の手足を縛っていた枷まで斬って、真っ直ぐ手を伸ばそうとして……途中で、慌てて引っ込めた。
「っと、すまん、包帯も巻いてないこんなツラじゃ怖いよな。すぐに助けが来るから、少し待っててくれ」
男の人が、そのまま帰ろうとする。
私はなぜかそれが嫌で、男の人に無我夢中でしがみついた。
「うおっ、何してるんだ、お前」
「……怖くないよ。おじさん、綺麗だから」
「は? 綺麗? ふざけてるのか?」
「ふざけてない」
ぶんぶんと、思い切り首を横に振る。
確かに、顔は少し変だけど……私にとっては、それよりも魔力から受ける印象の方が強いから。
だから、この人は……すごく、“綺麗”。
「もう少し、一緒にいて。……ダメ……?」
いつもなら、こんな風に何かをお願いしたりしない。ご主人様は、私が触るのも、近付くことも大嫌いだったから。
でも、今回は……後でご主人様に怒られるとしても、もう少しだけこの人と一緒にいたいって、そう思った。
それが通じたのか、男の人は少し困ったように頭を掻いた後、私のことを片手でひょいと抱き上げる。
「まあ、違法奴隷なんて見つけちまった以上、保護するのも仕事の内か。……俺はラスターだ、お前の名前は?」
「名前……?」
「分からないか? なんて呼ばれていたんだ、お前は」
「……クソ犬?」
「……それは名前じゃない」
記憶を辿って、一番最近ご主人様から呼ばれた“名前”を口にしたけど、どうやら違うみたい。
他にも、「駄犬」とか「ゴミ」とか「アレ」とか、思い出せる限りの言葉を並べるんだけど……新しい言葉を口にする度、ラスターはどんどん不機嫌になっていった。
「……ごめんなさい」
「どうしてお前が謝るんだ」
「だって……ラスター、怒ってる」
「……お前に怒ったわけじゃない、気にするな」
そう言って、ラスターは私の頭に手を置いて、ポンポン、と軽く叩いた。
ラスターは手袋をしてるから、硬くて、ゴワゴワしてて……それなのに。
なんでだろう……温かくて、気持ちいい……。
「……ミルク、でどうだ?」
「え……?」
「名前だよ、何もないと不便だろう。お前の髪の色だ、これなら忘れないかと思ったんだが……嫌なら別に、」
「ううん。……嬉しい」
ラスターの言葉を遮って、私は食いぎみにそう言った。
ミルク……私の、名前。そんなの、無いのが当たり前だったし、欲しいと思ったこともないのに……すごく、嬉しい。
「ラスター……ありがとう」
「……大したことじゃない、気にするな」
ぷいっとそっぽを向いたラスターの魔力が、見たことない形に揺れ動く。
その感情が何なのか、よく分からなかったけど……それよりも、今は。
少しでも長く、ラスターの温かさを感じていたくて、私は自分からラスターの肩に頭を置き、眠るように身を寄せるのだった。
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