第3話 深夜
「うう眠れない」
いつも寝れないのが常なのだが、今日は特に寝れない。
体の痛みがいつもよりもあるからなのだろうか。勿論今でも痛みが和らいでる訳では無く、激痛に襲われている状況だ。
「大丈夫か?」
看守さんがそれに気づき、心配してくれる。とは言え……
「大丈夫なわけないでしょ。そう思うんだったら楽な姿勢にさせてよ」
辛辣な言葉を吐いてしまう。こんな地獄に居るので、これくらいは許されて欲しい。
「残念だが無理だ」
やっぱり。そう言われるのは分かってた。
「痛いんだよ、この手枷、手が上に無理やりあげられてるし、寝る時ぐらい楽にさせてよ」
実際、手が無理矢理上に上げさせられている形だ。
手が休まることがなく、それどころかかなりしんどい体勢だ。
なにしろ、常に腕の筋力が使われているのだから。
「文句言うな」
「文句ぐらい言わせてよ、言わなかったらチャンスないじゃん」
「ハハハお前を逃がしたら上に怒られるからな」
「それは関係ないじゃん」
高笑いしやがって。
体勢を楽にしたところで、私が逃げやすくなるわけじゃないし。
「そうだな、というかいつも愚痴を言わずに寝ているだろ。なんで今なんだ?」
「ベッドに寝てると、いろいろな景色やいろいろな知識が流れてきたの、あの液体のせいで」
もちろん激痛のせいもあるが、頭が冴えてるという点もあるのだろう。
「それは本当か、本当なのか」
「うん、そうだけど」
あの映像は忘れられない。未知の世界。初めての体験。この世界にはない不思議な世界。
そこはこことは違う、所謂異世界だ。
みんな学校に通ってみんなご飯を普通に食べて、みんな建物の中に入って行って、パソコンと言うもので仕事をする……そんな世界だった。私はこの世界のことについてそこまで知らない。
この組織以外の場所なんて捕らえられてから、一度も行ったことがない。ただ、あの異世界がこの世界とは違うことは一目でわかる。
「それは新しい発見だ、すごいぞ、肉体的強さだけでなく知識まで手に入れられるなんて」
「いや私には関係ないから」
この地獄から解放される方が、能力を得るより最優先事項だ。
「いやお前のことだろ」
「知識を手に入れてもこの状況を打破できないじゃん」
文句を言う。知識だけではなんともならない。この拘束具を破壊できる力でなければ意味がない。
「まあそうだが」
「もうこの拘束が邪魔、これがなかったら逃げ出せるのに」
と言って、腕と足をガチャガチャと動かす。やはり、鎖がすぐに伸びきってそれ以上は伸びない。
「まあお前が逃げないようにするための手かせ足かせだからな」
それは知ってるけどさ。
「このケチ」
「何がケチなんだよ」
「逃がしてくれないから」
「どういうことだよ、俺が逃がすわけないだろ。俺は組織側の人間なのに」
「それもそっか、じゃあ交渉するね」
薬の効果で知った知識だ。
「どういうふうにだ?」
「逃がしてくれたら胸もませてあげる」
私は単刀直入に言う。
夢の中で見たことがある、男性はみんな胸に弱いって。
そう、女の魅力を使えば良い交渉が出来るだろう。
「どこで手に入れたんだ? ……その知識を」
看守さんは明らかに狼狽えている。あとひとおしで行けそうだ。
「だからあの薬で」
「それはダメな知識だな、そんなので俺を交渉できるわけないだろ」
「じゃあどうしよう、自分の意志で胸ポロリなんでできないし」
腕が動かないし、そもそも今は長袖のきちんとした異世界で言うパジャマのような服を着ている。
これじゃあどう動いても、胸ポロりなんてできない。
「あ、胸ポロリさせてくれていいよ。私を助けることの代わりに」
「今この瞬間お前が拘束されててよかったと思うわ」
「なんで?」
「お前だったら下手したら裸になって交渉してくるだろ」
「なんて妄想してんのよ」
この変態看守さん!
「お前がそうさせたんだろうが」
「じゃあキスとか」
「そういうのはやめなさい」
「お父さんか!」
私は突っ込む。
「もう今ではそういう立場の気分だよ、もう十年も世話を見ているんだから。それにしてもあの薬にそういう機能があったとは、研究者たちに伝えなくちゃな。……この会話の内容とともに」
今この会話の内容とともにって聞こえた気がする……ちょ!
「やめてよ! この話の内容は話さないでよ」
「ならどうやって止めるんだ? お前には俺は止められないぞ」
そうだった拘束されてるんだった。
「じゃあ胸もませてあげるから、裸になってあげるから!」
「もうそれじゃあ無理だろ、今更お前に発情せん」
「魅力ないってこと?」
「お前に発情なんてしたらおかしいだろうが、もう今は半分子供みたいなもんだからな」
「じゃあお父さんって呼んでもいい?」
子供みたいな物って言うなら父さんって呼んでいいよね。
「それはやめてくれ」
「なんで?」
「恥ずかしいからだ」
そして顔を見ると看守さんは軽く赤くなっていた。
「じゃあお父さんって呼んであげるから逃がして」
「嫌だって言ってるだろ。これも報告するぞ、完成体が胸やキスやお父さんと呼ぶ権利などを主張して、逃げるための交渉をしています、もっと拘束をきつくしたらどうですか? って」
「これ以上きつくするって無理でしょ」
「いけるぞ、例えば宙釣りにするとか、針に囲まれた部屋に置くとか、いろいろ」
「そこまで行ったら拷問じゃん」
想像するだけで恐ろしいんだけど。
「だから拷問だぞ」
「やめてー!」
出せるだけの声を出す。そんなことさせられるわけには行かない。
「冗談だ。まあ前半だけ伝えとくわ。こいつ変態だって」
「それもやめてー!! それしたらもうにどと口きかないから」
「それして困るのお前だけだぞ」
実際そうだから困る。私は人と話すことを唯一の楽しみとしているのだ。他に楽しみなんてないし……。
「うわー自由の身の人ずる」
私は文句を言う。
「うははこれが看守の権利だ」
「調子乗りすぎ」
「乗りすぎたか」
「うん、そうだね」
と言って私はニヤニヤとする。
「てかそろそろ寝ろ」
すると怒られた。別に眠くないんだけど。
「本音は?」
「俺だって寝たいから」
「自分の都合じゃん」
「こっちにだっていろいろ用事があんだよ、いろいろ報告したりとかな」
「やっぱり報告すんの?」
もしかしてやっぱりあのことを報告するんじゃないのだろうか。
「いやお前が変なこと言ってることまではいわないよ」
「人の心あるんだね」
「人の心しかねえわ」
「てか私ずっと徹夜して話したいんだけど」
「なぜだ」
「暇だから」
眠れないし。それに分かってることだろ。
「そんな理由だったらもう行くわ」
「いかないでー」
とは言うが、私には分かっている。この人は私が眠りに落ちるまではどこにもいけないことを、この人がいなくなった後はまた別の人が見張っていることを。
「お前永遠に話すだろ」
「そうだけど、行かないでよー、もう無理だよ、つらいよ」
私は嘆く。同情を誘ったらチャンスが来る。
「もう少しの辛抱だ、実験が終わったらお前は解放されるだろうしな」
「解放されたとしても、それまでの私の人生どうしてくれるのよ、ねえ?」
この失われし十年は返ってこない。この時間で青春だとか、勉強……はしたくないけど、他の色々なことが出来たはずだ。何なら私も鬼ごっごとかしたい!
「まあ完成体になったらお前にもメリットがあるからいいだろ」
そしたら看守さんは私を慰めてくれた。
「最強の力が手に入るとか?」
「ああ世界征服できる力がな」
「じゃあ世界中の人からお金をもらって贅沢してやる」
「暗君だな」
看守さんがツッコむ。
私にはそれぐらいしても、文句言われないぐらい地獄を味わってると思うんだけどなあ。
「そんぐらいしてもばち当たらないでしょ」
「その間人々は恐怖に脅かされるぞ」
「いいじゃん」
「お前やばい奴だな」
やばい、看守さんに呆れられてしまう。でも、私には普通にこれくらいの権利はあると思う。
自分から他人に悪意をばらまくなんてことがしたいわけではないが、人並み以上の幸せを求めてもいいだろう。
だけど、今味方? を失うわけには行かない。あ、てか……
「でもよくよく考えてみたら組織に協力しなきゃならないでしょ、自由じゃないじゃん」
よく考えたらそうなのだ。私は組織のために尽くす一生になってはしまう可能性が高いのだ。ここまで強くしてもらった恩を返せとか言われそうだ。恩よりも恨みのほうが断然大きいのだ。
「それは仕方ないことだ」
「でーも私毎日拷問みたいな実験されてんだよ、なんで組織の思い通りにならなきゃだめなの?」
「まあな、お前の言い分もわかる」
「じゃあ開放してよ、組織滅ぼすから」
私は率直に言う。嘘をつく必要などない。本心を伝えればいい。
「それを聞いて俺が許可すると思ったのか」
「うん」
この人も鬼じゃない。ちゃんと人の心があるはずだ。私の本心を聞いて、良心が働くだろう。
「んなわけないだろ」
「まあ俺もお前を開放してもいいと思うがな」
「え?」
今なんて言った? 私も解放してもいいと思う?
「話に夢中で忘れてたが……いい加減早く寝ろ」
「今なんて言った?」
私は再確認する。もし本当ならもう一歩背中を押したらいけるはずだ。
「まあ明日もあるんだ早く寝ろよ」
「その明日を迎えるのが嫌なんだけど」
どうせ実験があるだけだろう。無意味な地獄が続くだけだ。
「俺としてはさっさと寝てもらって体力回復してほしいんだよ」
「毎日暇だからずっと眠ってるようなもんでしょ」
使う体力なんて……まあ実験のための体力があるけど。
「明日はいつもと少し違うんだ」
「どういうこと?」
「まあ明日になればわかる」
「ほんとにー」
なんだろう。私にとって嬉しい事だと良いんだけど。
「ああ、だからもう寝ろ」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
そして、私は明日はいつもと違うことを期待しながら無理矢理意識を闇の中に沈めた。
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