邪神達が住んでいるアパートの管理人になりました

米虎

第1話 スカウト 1

 上司ガチャ及び後輩ガチャ共に爆死。

 私の頭の中でソーシャルゲームのガチャ演出が浮かぶ。気分次第で言うことが二転三転する部長、そんな部長に揉み手をしながら追従する課長、そんな二人に振り回されて常に不機嫌な態度の係長、そしてコネで入社したらしい真面目に働く気のない後輩のカードが排出され、残りは缶コーヒーやエナジードリンクといったアイテムカードが出てくる。

「はークソゲーがよぉ!」

 長時間モニターを睨んでいたせいで眼球の疲労はピークを迎えていた。今私がしている仕事も元はといえば後輩のもの。彼女のミスを何故私が修正しなければならないのか。

 懇切丁寧に教えようとした私を煙たがり、彼女が言い放った言葉を思い出す。

「なんかぁセンパイの人生ってぇつまんなそーですねぇーって、余計なお世話だっつうの!」

 私だって高校生になったら彼氏ができて、大学生になったらアルバイトやサークル活動で充実したキャンパスライフを送り、大手ホワイト企業に就職して、結婚して子供産んでといった人生を思い描いていた。結局高校生になっても彼氏はできず、大学生になったら課題に追われてあっという間に四年経ち、就職活動中は何通ものお祈りメールを受け取った。ようやく就職できたと思えば配属された部署の雰囲気は嫌な上司達のせいで最悪。出会いを求める暇もないほど忙しい日々を送ってきた。後輩の言葉に苛立つのは図星だからだ。

「私だって、刺激のある人生送りたかったわよ……」

「刺激のある人生! いい響きだ」

「きゃあ!」

 急に背後から声をかけられ、危うく椅子ごとひっくり返るところだった。

 振り返るとそこにいたのは日に焼けた肌の男性警備員だった。

(こんな人いたっけ? 新人かな)

「急に話しかけてごめんなさい。こんな時間までお仕事ですか?」

「え、ええ。そんなところです」

「大変ですね」

「そちらも夜勤お疲れさまです」

 警備員はにっこりと笑った。

「それで?」

「? なにがですか」

「刺激のある人生を送りたかったって言ってたじゃないですか。具体的にはどんなのが良いんです?」

 改めて聞かれるとすぐには思いつかないものだ。考え込む私を警備員はじっと見つめているが、仕事に戻らなくていいのだろうか?

「そうですね……、たとえば今まで知り合うことのなかったような人と友達になるとか、今までしたことがないことに挑戦するとかですかね」

「ほうほうなるほど」

「そうだ、あとは非日常的なイベントが起こるとか!」

「素晴らしい!」

 だんだん楽しくなってきて、すっかり仕事を忘れて妄想を続ける。警備員も一緒になってはしゃいでくれるものだから思わずハイタッチまでしてしまった。

「よし、あなたに決めました!」

 そういうと警備員はスマートフォンの画面を見せた。そこには赤いボタンが映っている。映画やドラマで見るようなあからさまな起爆ボタンだ。

「これはあなたに非日常なイベントを起こしてくれるボタンです。さあどうぞ」

「え、押すんですか?」

「さあ、さあ!」

 警備員はニコニコと笑っているが、私はむしろその笑顔の奥に得体の知れないものを感じた。まるで何か企んでいるような気がして躊躇う私に警備員が問う。

「押さないんですか? 刺激的な人生を送りたくはないんですか?」

「いや、それは冗談というか物のはずみというか……」

「おや、本気じゃなかったと。それは残念だ」

 笑顔から一転、落胆の表情を浮かべて警備員はスマートフォンを下げようとした。瞬間、私の脳内に後輩の言葉が過ぎる。

(なんかぁセンパイの人生ってぇつまんなそーですねー)

 気づけば私は警備員の手からスマートフォンを引ったくっていた。

「押すわよ。押せばいいんでしょ!」

 画面の赤いボタンを押す。ドンッという衝撃が私を襲い、意識が遠のいていく……。


 そして目が覚めたとき、私の目に映ったのは見知らぬ白い天井だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る