第8話 アリと念のため

 佐伯が不思議に思って俺に聞いてくるのは、当然だろう。


 千影と何を話したのか……それだけを確認をしに来た、なんておかしな話すぎる。


 俺は佐伯の方を黙って見る。佐伯は少し戸惑っているようだった。


「……君は、なんでこの村に来たんだ?」


「は? いや、そりゃ、親の都合だよ。よくわかんないけど、田舎で暮らしたいとか急に言いだしやがって……。まぁ、俺的には可愛い女の子がいればどこでもいいけど」


 と、そこまで言ってから佐伯は俺の方を見る。


「えっと……俺も確認したいんだけど、千影ちゃんと有田って……付き合っているわけ?」


 そう聞かれて俺は特に動じることもなかった。


 むしろ、動じない自分に俺自身が少し驚いていた。


「……いや、付き合ってない」


 俺ははっきりとそう言った。佐伯は少し意外そうだったが、嬉しそうだった。


「あ、そう。じゃあ、俺が千影ちゃんともっと仲良くなっても問題ないってわけね」


「……あぁ。問題ない」


 むしろ、そうしてくれないと困るのだ。俺は心のなかで小さく呟いた。


「……そうだ。せっかくだから、連絡できるようにしないか?」


 俺は懐からスマホを取り出す。佐伯は意外そうだった。


「え……。いや、いいけど、俺と連絡取りたい?」


「……あぁ。もしかすると、必要になるかもしれないから」


 そして、俺と佐伯はメッセージアプリの連絡先を交換した。


「まぁ、お前に連絡することもあんまりないと思うけどなぁ」


「……念のため、だよ。じゃあ、俺は帰るよ。悪かったね」


 そう言って、俺は佐伯に背を向ける。2、3歩進んだ後で、俺は振り返った。佐伯はまだ、玄関の前に立っていた。


「え……。何?」


「……いや、その……君は、神様とか信じるタイプか?」


 俺がそう言うと佐伯はあまり要領を得ない表情だった。


「いや、俺は別に信心深くはないけど……。え? もしかして、この村の人って、千影ちゃんが言っていたカゲロウ様のこと、みんな、信じている感じ?」


「……いや、そういうわけじゃない。悪かった。変なことを聞いて」


 俺はそれだけ聞いて、今度こそ、そのまま去っていった。


「……カゲロウ様を信じる、か」


 俺は思わずそうつぶやきながら、独り、薄暗くなった道を歩き続けたのだった。

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