第6話 アリと監視

 家への帰り道を歩きながら、分かれ道までやってきたところで、人影が確認できた。


「どうでしたか。二人は」


 分かれ道で立っていたのは、美波だった。既に制服から着替えたのか、Tシャツにショートパンツというラフな格好である。


「……あぁ。問題なさそうだ」


「問題なさそう、ですか。アナタにとっては問題なのでは?」


 美波はわざと俺を苛立たせるようにして、ニヤリと微笑む。


「……2年前のことで、もう慣れたさ」


「嘘ですね。アナタ、今とても悲しそうな顔をしていますよ」


 ……その通りだ。慣れているわけがない。


 2年前のようなことがまた起きるということを考えると……今から気持ちが重くなる。


 しかし、それは「餌落とし」には必要なことなのだ。俺が「蟻」である以上……受け入れなければならないのである。


「村の人から連絡が入っていますが、あの二人、楽しそうに村を回っているそうです。もっとも、男の方はカゲロウ様のことを獲物を見る猪のような目で観ているって話ですが」


「……俺も思ったよ。だから、問題ないって言っただろ」


「他に変わったことは? あの二人が境内で何をしていたか聞きましたか?」


「……千影がカゲロウ様の話をしたそうだ」


 俺がそう言うと、美波は急に真面目な顔になる。


「カゲロウ様の話というのは、どちらの話のことですか?」


 そう言われて俺は言葉に詰まる。言われてみれば、たしかに千影に一体カゲロウ様のどちらの話をしたのか、聞いていなかった。


「……すまない。聞いていなかった」


「まったく……。困りますね。士郎、自分が蟻だっていう自覚、あるんですか?」


 返す言葉がなかった。ただ、佐伯のあの感じだと……おそらく、千影が話したのは表向きの話だろう。


 そもそも、千影がカゲロウ様の本当の話を知っているのかどうか、微妙なところだと思うが。


「確認していただけますか?」


「……へ? 何を?」


 美波は呆れたような顔で俺のことを見る。


「餌の彼に確認を取って下さい。一体どんなカゲロウ様の話を聞いたんだ、と」


「……いや、あの反応だとどう考えても千影が話したのは――」


 俺が其の先を言おうとすると、美波がグッと顔を近づけてくる。


「万が一、餌が自分のことを餌と自覚してしまうと『餌落とし』は失敗するかもしれないんですよ?」


 そう言われてしまうと、またしても俺は何も言えなかった。と、美波が懐から紙切れを取り出す。


「これ。餌の引越し先です」


 美波が渡してきたのは手書きの地図だった。地図の感じだと村の端に佐伯は引っ越してきたらしい。


「今日中に聞きに行って下さい。まぁ、私が監視していますから、聞きにいかざるを得ないでしょうけど」


 俺は地図が書かれた紙切れを懐にしまう。美波は少し機嫌が悪そうだった。


「……万が一、佐伯が、本当の話を聞いていたら、どうする?」


「そうですね。普通ならただの村に伝わる伝説程度って感じるでしょうから、問題ないでしょう。まぁ、警戒心を持たれると面倒ですが」


「……すまん」


 俺は思わずもう一度謝ってしまった。美波華にも言わずに俺に背を向ける。


「適当な時間に餌の家に向かって下さい。私はずっと見張っていますので」


 そう言って美波は行ってしまった。俺は少し暗い気持ちになりながら、家へと向かったのであった。

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