第5話 アリと始まり

 汗だくになりながら石段を上がり、鳥居をくぐって境内の中に入る。


 俺は周囲を見回す。と、境内の端で千影と佐伯が話していた。


「あ! 士郎君!」


 千影が駆け寄ってきた。佐伯の方はめんどくさそうな顔で俺のことを一瞬だけ観ていた。


「……佐伯に案内をしていたのか?」


「うん。佐伯君、こういう神社に来たのは初めてなんだって」


 そう言って千影は佐伯の方を見る。佐伯はさらにめんどくさそうに俺の方へ近寄ってきた。


「えっと……、千影ちゃんの友達?」


「……有田士郎だ。よろしく」


「あっそ。有田君は……何? 千影ちゃんと仲良いわけ?」


「うん! 小さい頃からずっと一緒なんだよ!」


 嬉しそうにそういう千影。それを聞いて佐伯はニンマリと微笑む。


「へぇ。じゃあ、幼馴染なんだ。羨ましいね」


「あはは。でも、これからは佐伯君も一緒だよ。佐伯君、この村に引っ越してきたんだって」


 ……既に話は聞いていたので驚きもなかった。しかし……それなら好都合というものだろう。


「……そうか。わからないことがあったら、俺にも聞いてくれ」


「あ、いや、いいよ。千影ちゃんに聞くし」


 佐伯は俺のことはまるで興味がないようである。というよりも、俺のことを邪険にしている。


 まぁ、それはそうだろう。明らかに佐伯は千影のことを狙っている。無論、そうでなくては困るのだが。


「今まで、カゲロウ様の話をしてたんだ」


 千影が嬉しそうにそう話す。


「……あぁ。カゲロウ様の話か」


「何? そんなに有名な神様なの?」


 佐伯が少しだけ興味を持ったようで俺に聞いてくる。


「……いや、カゲロウ様は神様じゃない」


「は? でも、千影ちゃんは神様って言ってたけど……違うの?」


 佐伯がそう言って千影を見ると、千影は少し困った顔をする。


「あ、あはは……。士郎君はいつもそう言うんだ。私は、神様だと思うんだけどなぁ……」


 千影の其の言葉に、佐伯は特に違和感を覚えなかったようだった。正直、カゲロウ様の話はあまり深く聞いてほしくない。


 千影がどこまでカゲロウ様の話をしたのか……。それは少し確認したかった。


「じゃあ、佐伯君。村の方に行こう!」


「うん。じゃあ、そうだね。行くか」


「士郎君も、行くでしょ?」


 千影がそう訊ねてくる。明らかに来るな、というオーラ全開で俺のことを観ている佐伯。


「……いや、俺はいいよ。用事もあるしね」


 俺がそう言うと佐伯は嬉しそうだった。


「そ、そっか……。じゃあ、私が士郎君の分までしっかり案内するからね」


 そして、楽しそうに話しながら千影と佐伯は神社を出ていった。俺は境内に取り残されて、今一度本殿を見る。


「……カゲロウ様、か」


 俺はそうつぶやきながら本殿の方を見る。


 既に「餌落とし」が始まっていることを実感したのだった。

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