5 あなたは本当に可愛いですね。私のことを疑いもしない

 


 なにを考えるって言うんだよ。

 城じゃ僕はもう死人になってるんだろうが。もうどうしようもない。この国で、パライオロゴス公爵に逆らえる人間なんて誰一人としていないんだから。国王である父上様でさえ、公爵の操り人形のようだった。なにもかも取り仕切られて、形ばかりの国王として玉座についている。

 僕はささくれだった気分のまま、アスランを仰いで言った。

「おまえが僕を殺して王位につけばいいじゃないか。おじい様に似たおまえなら誰もが納得して、それで八方丸く治まるさ」

「……できればとうにやっていますよ。誰が治めても同じなら私がしても同じです。あなたは本当に可愛いですね。私のことを疑いもしない」

 そう言ってアスランはにっこりと微笑んだ。嫌味なのか皮肉なのかすらわからないその顔をじっと見つめた。

 彼は国一番の権力者であるパライオロゴス公爵の跡継で、宮廷一の剣士だ。生まれの高貴さとその才能と、美男王と称えられた先代によく似た美貌と……だれもが彼を賞賛しうらやんでいた。けれどたぶん、僕以上にそれを羨望するものはいないはずだ。

「ひとまず国外に出て様子を見ますか?」

「様子を見て、どうするのさ」

「それはなんともこたえようがありません。私も国外に布石をおくほどの余裕はありませんでしたからね」

「おまえ、この計画をいつから知ってたんだよ」

「そんなことはどうでもいいんですよ。私があなたの側近としてこの都にきた当初からあなたをなきものにしようと画策する人間達がうようよいたのですから」

「今日のそれは今までと違う」

「……陛下の御容態が思わしくありません」

 父上様の青白い顔がふっと脳裏に浮かんだけれど、とくに何の感情もわいてこなかった。この数年お姿をお見かけしていない。そもそも城へ行っていない。

「もしもの場合にはあなたの弟君が跡を継ぎ、私の父が後見となるかと思いますが」

「……イスタナン」

 弟の名前をつぶやくと、アスランが静かにうなずいた。

 イスタナンが生まれたのは僕が五つのときだ。王族や貴族達から僕が徹底して無視され、まるで生きてはいないような扱いを受けるようになったのはその頃からだった。もっとも、その以前から僕が王子として丁重に扱われていたわけではない。

「この森を抜けて河をくだりアデン王国へと向かいましょう。私の母の生家がありますし、そこであなたを匿うことも可能です。後ろ盾として心強いというほどではありませんが」

「後ろ盾?」

「ええ。陰謀を公にしてもパライオロゴス家の首謀者、つまり父や叔父やその他の貴族を処罰することはできないでしょう。かりにも闇王国の第一王子が暗殺されるような陰謀を公にしながら、何の手段も講じられないことに御不満もあるかと思いますが今は」

「そんなことをきいてるんじゃないんだ」

「では」

 なにを、とアスラン。

「おまえ、公爵を裏切ってこのままですむと思っているのか。たしかにおまえは公爵の実子だけど、だけどそんなことであの人が裏切りを許すはずが」

 アスランが僕の言葉を途中でさえぎった。

「そんなこと、あなたが心配することではありません。私はあなたのように脆弱ではありませんので。自分やその周りのことをよく分かっています」

 厳しく諭すように言った後に続いて。

「それに、私は父を裏切ったわけではありません。私はこの陰謀に加えられていないのです。まあ、父の意に背いている事実に変わりありませんが」

 最後のは、自嘲気味だ。

 でも、それじゃ。

「誰が、おまえにこの計画を漏らしたんだよ」

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