Black Dragon―龍殺しの子・アンデットヒーラー・脳筋魔術師・病弱格闘家・呪われた元王国騎士―

佐武ろく

金欠パーティー1

 ――バンッ!


 シグルズは少し力を込めた拳を居酒屋のテーブルへと叩き付けた。自分では中々に力強く殴ったと思っていたが、案外その音は周囲で盛り上がるお客の喧噪にあっさりと埋もれてしまった。

 ちなみにそこから発言するまでに数秒掛かったのは思ったより叩きつけた手が痛かったからである。

 そしてシグルズは、その痛みを堪えながら俯かせていた顔を(少しでも時間が欲しかったのだろう)緩慢と上げては、何もなかったと言わんばかりの顔を仲間達へと向けた。堂々と自信に満ち溢れた顔と少し鋭さを帯びた双眸が仲間を撫でるようにさらっと順に見ていく。

 一方で理由を問うように同じテーブルに座る仲間達は、逆に彼へと視線を向けて続けていた。


「今、このパーティーは重大な問題に直面している。それはなんだ!」


 言葉の最後に合わせ勢いよく指差したのは、シグルズから見て(テーブルの向こう側の)一番右手。

 そこに座っていたのは、世にも奇妙な純白の骸骨――フィリア・ハイルング。その身は皮も肉も無く、ダイエットの最果てとでも言うのか骨のみ。そんな彼女は魔導士ローブを身に纏い、ちょこんと座る自身と同じ高さ程の可愛らしく装飾された魔法杖をテーブルへ凭れさせていた。

 そして全てを呑み込みそうなほど黯い双眸の奥では、不気味にだがどこか愛らしく躑躅色の光が灯っている。恐らくそれが目の役割を果たしているのだろう。


「カルシウム不足じゃないですか?」


 だがそんな外見とは相反し、聞こえてきた声はとても可愛らしく目を瞑れば美少女を想像するようなものだった。


「うちもその所為で最近お肌の調子が……」


 そう続けるとやはり肉も皮も無い、肌と表現するのは些か抵抗を感じる顔に同じ様に骨のみの手で触れた。


「フィリア。俺達はそんなにカルシウムは必要じゃないし、そもそもそれは個人の問題だ」

「ならばやはりタンパク質だ。それから効果的なトレーニング。それでより強靭な筋肉へと鍛え上げることが出来る」


 するとフィリアの隣から渋声で答えたのは、揉み上げと一体化している髭を口の周りに顎に蓄え、はち切れんばかりの筋肉をその身に宿している男――クロムス・ネガ―。年齢は若いとも年寄りとも言えないが、着ていた黒のノースリーブを引き裂き今にも大胸筋が飛び出しそうな程にその肉体は鍛え上げられている。

 そして傍にはフロントダブルバイセップス(上腕二頭筋を見せるポージング)をしたゴリマッチョ(上半身のみ)の金像が装飾された、もはや鈍器と言っても過言ではない魔法杖がテーブルへ凭れていた。


「ちがーう! 何で栄養なんだよ! 大体おっさんはそれ以上筋肉いらんだろ!」

「肉体を鍛えるのに終わりはない。死ぬその瞬間まで儂は筋肉を鍛え続ける!」


 その言葉には、強靭な筋肉よりも固い意志が込められていた。


「魔導士の言葉じゃないな。ゴルドさん何か言ってやって下さい」


 呆れながらその隣へ顔を向けるシグルズ。

 そこに座っていたのは、白銀色の髪に琥珀色の瞳と口元までマフラーで覆った顔色の悪い青年――ゴルド・ロマリー。お世辞にも健康とは言えないゴルドは一人だけ雪山に住んでいそうなほど厚着をしていた。


「ゴホッ! ゴホッ! でも実際、クロムスのゴホッ! 筋肉は凄いよ。僕も鍛えたいけどこんな体だし。ゴホッ! ゴホッ!」


 小さく弱々しい声と隙あらば出てくる咳は、聞いている側がキツく感じる程に強く激しいものだった。

 そしてそんな辛そうなゴルドを見ていたシグルズの心へ少しだけ罪悪感が湧き上がる。


「もう大丈夫なんで。ありがとうございます」

「フッフッフ。アタシは分かったぞ」


 するとその自信に満ち溢れた声は隣から聞こえてきた。

 そこに座っていた黒髪ショートヘアの女性――アステリア・ヘルモズ。彼女は黒のレザージャケットに白シャツを着ており逞しくも細い脚のラインが分かる黒スキニーとブーツを履いていた。短い髪と中性よりの顔も相俟ってかアステリアはそこら辺の男より男前で、もしあだ名を付けるのならば『王子様』がお似合いだろう。


「このパーティーに足りてないのは旅をする上で――いや! 生きていく上で必要不可欠な物!」

「おぉそうだ! アステリア! ということはつまり?」


 望む答えが出てきそうだということにテンションの上がるシグルズ。

 するとその時。他のお客に呼ばれた女性店員がアステリアの傍を通る際に滑り転びそうになった。それを視界端で捉えた彼女は返事を他所に素早く動き出し、重力に後ろ髪を引かれるように倒れていく女性店員を受け止めた。更にその際、背に回した手で流れるように女性店員を抱き寄せる。

 その光景はまるで恋愛映画のワンシーンのようだった。


「大丈夫?」


 意識しているのか無意識なのかその声は不思議と好い声――所謂イケボに聞こえた。しかも爽やか。

 その所為か頬を紅葉のように赤く染め、蕩けた眼差しの完全に見惚れていた女性店員は一拍遅れで返事をした。


「……あっ。はい」


 その返事を聞いたアステリアはゆっくりと誘導するように立たせてあげると背中から手を離し少し距離を取った。


「あんまり慌てると危ないよ」


 そう言うと確信犯的な優しい笑みを浮かべて見せる。その笑みを向けられた女性店員の乙女心が喜びの声を上げたのは、他人でも手に取るように分かった。


「おい! 姉ちゃん早くしてくれ」

「――えっ? あっ! す、すみません!」


 呼ばれていたお客からの声に我に返った女性店員は少し慌て気味で返事を返す。


「あの、ありがとうございました」


 そしてアステリアに向き直すと少し足早に頭を下げお礼を口にした。


「お仕事頑張ってね」


 そんな女性店員へ微笑みはそのまま、上がった頭を軽く撫でながら言葉を掛けるアステリア。


「はぃ」


 その行動に女性店員は恍惚とした表情と声で返事をすると待たせているお客の方へと名残惜しそうに向かった。

 そして終始爽やかさを身に纏っていたアステリアもその後ろ姿を見送り自分の席へと戻る。


「さて、さっきの続きだけど……」

「あー、もういいよ」


 だがそんな彼女を迎えたのは、聞くだけでも分かる程にテンションの下がったシグルズの声。そしてそれは投げやりだった。


「え!? ちょっ……なんでそんなに不満そうなの? 話を途中で切ったから?」


 誰が見ても明らかなテンションの差にアステリアは戸惑いを隠せなかった。


「『大丈夫?』『あんまり慌てると危ないよ』って……。この男前散布マシーンが!」

「そんな風には言ってないだろ」


 アステリアは真似をされ少し恥ずかしそうな様子。


「いやしてたね」


 とは言いつつもシグルズの真似は些か大袈裟であったことは本人も少しばかりは感じていた。


「ナチュラルに男前なことしやがって!」

「普通にしてると思うんだけどなぁ」


 小首を傾げる彼女は、何故そんな事を言われるのか分からないといった表情を浮かべていた。


「お前がやると普通も普通じゃないんだよ! 羨ましいんだよ! チクショウがっ!」


 そこに含まれていたのは嫉妬だった。純度百パーセントの純粋なる嫉妬心。

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