友達のうた

諸星モヨヨ

第1話

 金井かない 由紀ゆきが、いずみ 大地だいちを好きだと気づいたのはその時だった。


 大地の部活が終わった頃に、由紀も自習を切り上げ校門前で落ち合う。示し合わせたわけではないが、2人で下校するのは、昔からの習慣だった。

 特別な関係性ではない。その時間、帰る生徒が少ないというのもあるし、共通の話題が多いというのもある。なにより大地とは幼馴染で家が近所だ。

 猥雑な活気を見せ始める繁華街を抜けて、夕闇の迫る川沿いの土手をトボトボ歩く。30分にも満たないその時間にときめきが忍び込んでくる余地は微塵もない。幼馴染が、たまたま異性だったというだけ。要はただの友達だ。

 その日も夕暮れの土手を2人で歩きながら、ひとしきり、英語教師の悪口を言い合い、課題の答えを教え合った後、不意に会話が途切れた。


「そういえば――」

「あのさ、」

 由紀の言葉に被せるように、大地も口を開いた。笑いかけた由紀は、大地の神妙な表情に気づいて、スッと真顔に戻った。

「なに?」

「い、いや、そっちから」

「いや、大地から話しなよ」

「いや、由紀からで、俺のは大したことないし」

「そんな顔で大したことないって言われても、説得力ないから。なに? どうした? 担任の綾部に怒られたか? それとも、テストの点が悪かったか?」

「いや、その……」

 大地は俯いて下唇を噛んだ。何か悩みを抱えている時の癖だ。由紀にはすぐに分かった。だが、不安はない。今までの大地の悩みと言えば、背が伸びないとか坊主は女子受けが悪いとか、どれも男子特有のどうしようもないものばかりだ。

 由紀は腕を組み、今日はどんな悩みが飛び出すか、笑みを隠して待ち受けた。


「俺、さ……」

 大地は大きく息を吸って遠くを見つめる。

「俺、好きな人が出来た」

まっすぐ、前を見て大地は言った。

「……は?」

 由紀は口を半開きにしたまま、固まった。全く予想していなかった言葉だった。

「あ、相手は?」

「C組の立花さん……」

「立花って、あの立花たちばな 亜理紗ありさ?」

 こくん、と大地は小さく頷いた。立花 亜理紗と言えば、吹奏楽部の部長で容姿端麗、学力も常に上位を維持している才色兼備といって差支えのない女子生徒だ。

 片や目の前にいるのは、レギュラーとはいえ野球部内でもあまりぱっとせず、先の中間テストでは赤点を4つも取った男子生徒。その男子が真剣に恋を訴えるその様子に、由紀は思わず噴き出した。


「ムリムリ、絶対無理。立花さんとあんたが付き合うなんて絶対に無理」

「そんなこと分からないだろ。噂じゃ立花さん、彼氏いないって言うし、どんな男子が好きか分からないじゃんか」

「だいいち、あんたと立花さんには何の接点もないじゃん」

「だから、お前に頼んでるんだろ?」

「は? どういうこと?」

「だから、同じ女子同士、立花さんの情報を探って来てくれよ。趣味とか、好きな男子のタイプとかさ」

「はぁ? なんで私がそんなことしなきゃいけないわけ? 絶対に嫌」

「頼むよ! 俺達友達だろ?」

「いーや」

「なんで、なんでなんだよ……」

「なんでって、そりゃ……」

  金井 由紀が、泉 大地を好きだと気づいたのはその時だった。

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