僕と彼女とおまじない


「おまじないって信じてる?」

 二人きりの放課後の教室で唐突に、彼女は僕にそう問いかけた。


「おまじない?」

 僕が聞き返すと彼女は「そうそう」と答えた。

「例えばさ、クラスで流行ってるウサギの消しゴムのおまじないとか。知ってる?」


「あー、なんか聞いたことあるな」

 僕は頬をぽりぽり掻きながら答えた。

「たしか、好きな人の名前を消しゴムに書いて使いきったら両想いになるんだっけ?」


「そうそれ。信じる?」


 僕はうーん、と考えてから「君はどう?」と彼女に問いかけた。


「私は全然信じてない」

 彼女は断固として答えた。


「へぇ、根拠でもあるの?」


「だって私――」

 と、言いかけた彼女は、不意にえへんと咳払いをしてから続けた。

「――私の友達の話なんだけどね。その子、おまじないの消しゴム失くしちゃったんだって。それなのに、名前を書いた相手から告白されたらしいよ。使いきってないのに、両想いになったんだもん。所詮おまじないは、おまじないってことだね」


「なるほど、信じるに値する根拠だな」

 僕は神妙に頷いた。

「それとは全然関係ないけど、ちょっと寄り道していいか? ……ちょっと、消しゴム買って帰りたいんだ」


「え」

 彼女は眼をパチクリさせた。その頬がちょっと赤くみえるのは、夕日のせいだろうか。

「君、おまじない信じてるの?」


「まさか」

 急にうるさくなった胸の音を振り払うように、僕は急いで答えた。

「おまじないなんて、僕も全然信じてない。ただ、昨日、消しゴムを使いきっただけだよ」

 そして、僕はどさくさにまぎれて、初めて彼女の手を握り、教室を飛び出した。


 その時の僕は。

 あのおまじないだけは例外で信じているんだ……なんて思ったのは、彼女にも言えない秘密だ。

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