語部紡久は語れない
真白よぞら
file.1 語部探偵事務所
「真実と言うのは常にクラウドに紡がれてあります。今からそれを証明して見せましょう」
舞台の楽屋で、俺は三人の参考人を集めて推理ショーを披露する前振りをした。
室内に広がる洋食の香りに鼻を奪われ、香りの元を目で追うと見るからにふわふわなバンバーグが詰まった弁当が置かれている。
推理ショーの前に一ついただきたいものだね。
「集中力が欠如してますよ、マスター」
「おっと失敬。それではこの計算され尽くした事故を解明していこうじゃないかワトソン」
「承知しました」
一息ついて呼吸を整えるワトソンは、整えるようにグレーのベストの裾を引っ張った。
そして今、残酷な犯人の正体が暴かれる。彼女の知能によって。
――おっと、俺が暴かないのかだって? 無理だよ、だって犯人に確証ないもん。
え? そもそも状況が理解出来ない? 仕方ないね、今から数日程度遡れば全てが見える。語らせてもらおうか。俺たちの正体と、この事件の全容を。
***
「へぇ。データ管理庁長官がこの国の大統領も兼任、ねぇ……。大丈夫なんだろうか、この人顔からして無能なんだよなぁ」
俺は今一軒家の一室で新聞に目を通している。
椅子に座り、机に足を置き、ゆらりゆらりと無理に椅子を揺らせて優雅に見せかけているが、今お尻の筋肉がすごいことになっていることは内緒だ。
本棚で雑に並ぶ本に囲まれたこの空間は、なにを隠そうこの名探偵、語部紡久の本拠地である探偵事務所だ。
淹れたての紅茶の香りと、古書の紙の香りが混在するこの部屋で俺は、優雅に紙新聞を開いている。
「ワトソン、紅茶のおかわりもらえるかな?」
「マスター、少しはご自身で動いては? そのままだとまた変な筋肉が攣りますよ」
綺麗な白銀の髪を揺らしながらそう言うこの女は、ワケアリの俺の助手。ワトソン。
「私が疲れ知らずの人工生命体――アンドロイドとは言え、些細なことをやらせすぎでは? 最近よりたるんでますよマスター」
正式名称、WTSN-1852。
そう。ワケアリのワケは、人ならざるものと言うこと。まぁそんなちっぽけなことはどうでもいい。
道に転がっているのを俺が拾って、今の縁がある。大切なのは今。
アンドロイドや電子デバイスを嫌う俺が、アンドロイドを助手にしている状況が一番大切。
きっと気の迷いだけど、彼女はどうしても放って置けなかった。あの日の言葉が俺を変えたんだろうか。
「コーヒーです……どうしたんですか? 人の顔見てニヤニヤと。気持ちの悪い」
「いや、少し昔のことを思い出してね。あの頃は君もしおらしくて愛おしかったのになぜこんなにも冷たくなったのか……」
一言感謝を告げて、淹れたてのコーヒーを喉に通していく。
「マスターがどんどんダメ人間になっていくからじゃないですかね……思い返せばあの頃からダメ人間ですね。すみません」
「なにに対しての謝罪かな? 俺メンタル弱いから泣くよ?」
「嘘はよくないですマスター。メンタル弱い人は珍妙なコスプレで聞き込み捜査なんて出来ませんから」
バシッと机に乗った俺の足を払ってそのまま机に腰を委ねるワトソンは、はぁ……と深くため息をこぼした。
「マスター、今日の仕事は?」
「昨日と一緒」
「つまり無職ですね、ここしばらくずっと」
……。
「一応依頼は常に募集をかけているんだよ?」
「今時、正確性のない人間の探偵に依頼するようなことはないってことだと思いますよ。転職しましょうか」
「風情がない世界になったものだねぇ……」
俺が生きるこの世界では、数々の職業にアンドロイドがいる。便利な世界。
だが、決して便利だけではない。効率を求めるあまりに、世界は人情を捨て去った。
買い物の値引きなんて無くなったし、八百屋でちょっとオマケなんてことも無くなった。
シンギュラリティに達したアンドロイドを全て破棄すれば、当然そうなる。だから俺はやめとけって言っていたのにあの無能ども、今度あったら一喝しようと思う。
「人はみんな、なに不自由なく暮らせています。なにに不満があるんですか?」
「本当に? みんなが不自由なく暮らせている?」
パラパラと読み慣れた古書をめくりながら、俺はワトソンに視線を送る。
じーっと見ると、ワトソンの蒼色の瞳がキュイっとピントを合わせる。
「アンドロイドの浸透で、世界は平等になり、不自由する貧民層は無くなったと公表されています」
無くなった、ねぇ。強いて言うなら亡くなった、が適切じゃないかな。
「ワトソン、国ってのは嘘つきなんだよ。地位のないものは一生不自由な暮らしさ。ラーニングしておくといいよ」
現実逃避で辺境へ旅に出た時、俺はこの目で確認している。
設備も崩壊した荒野の中、野生の小動物を死に物狂いで追いかける少年を。
国は彼らを狩人だなんてのたまうかもしれないが、あれは明らかに生活に困っている人だ。つまり不自由している。
そもそも、重要都市ではそこら中にモニターやらドローンやらが配備され、常にデータ管理されているような世界。
そんな世界観なのに唐突に旧時代な地域があること自体が平等になっていない証拠。ワトソンのラーニングもまだまだだね。
「マスターの思考は反社会的な思想が垣間見える時があります。なぜですか?」
こてんと首をかしげているワトソンに、俺は堂々と言ってみせる。
「そんなの決まっているじゃないか。この世界が憎いからだよ」
「……そうですか」
リアクションもさほど取らず、ワトソンはそのまま書類整理を始めた。
俺が自分でやると一ヶ月放置していた報告書をパソコンで仕上げていく。
途中までタイプライターで俺が作成していたのに、それを破棄してデジタルで情報を精査。
コンピューターが苦手な俺への当てつけだろうか。
「マスター、仕事内容が薄くて大した報告書が書けません」
語部探偵事務所の最後の仕事は、一ヶ月前の人探し。
とある漫才師からの依頼で、相方が失踪したから探して欲しいとのことだった。真相はただ、ネタ作りに集中したくて山にこもっていただけだったけどね。
平和な依頼。
それゆえに報告書は後回しにしていた。
「ねぇワトソン」
「何でしょうか」
「そもそも報告書っている?」
俺は探偵社設立二週間目から疑問に感じていた。
ほぼ道楽のような探偵業に律儀な書類はいるのだろうか?
人間一匹とアンドロイド一体しかいない組織に形式的な記録ははたして本当にいるのだろうか?
凶悪な殺人事件などを調査するなら、警察へ提供も出来るし必要だろうが、基本は平和的なものばかり、絶対にいらない。
「マスター、報告書はマスターがルール付けたものです」
冷たくあしらうワトソンは俺の声真似をして「やはり探偵はタイプライターで報告書だよね」なんて遠い過去に言ったセリフを再現して見せた。
「マスターの趣味で作業を増やしたのですから、いまさら文句言わないでください」
感情なんてないはずのアンドロイドの語気が少しぴりついて感じる。
俺がタイプライターで書いた報告書は、ワトソンが後からパソコンでデータとして残して紙を廃棄している。
それが手間で怒っているのだろうか。
「普段は丸投げしているのに気が向いた時だけ、タイプライターで書いてワトソンの仕事増やしてごめんなさい」
「これから報告書は私が担当します、いいですね?」
「はい……お願いします……」
シンギュラリティに達していないアンドロイドにしては珍しく表情が豊かなワトソンは、にっこりと笑って言う。
「その代わりちゃんと依頼見つけて来てくださいよ、マスター」
「善処します……」
そればっかりは運次第なんじゃないだろうかなんて思いつつも、俺はおとなしくワトソンに従う。
事件は現場で起きるというし、治安の悪い街を歩いてみようか。
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