第67話 ちゃうんです

 鈍い音が響く。

 少し離れた俺たちの耳にも届くくらい、凄惨な暴力が振るわれていた。


 殴られ、蹴られた獣人の女性。彼女は、呻き声を漏らしながらも一切抵抗する素振りがなかった。

 ろくに食事も与えられていないのだろう。

 やせ細った枝のような四肢を見ると、俺もノルンカティア会長も悲しくなる。


 だが、ここで彼女を助ければ俺たちが目立つ。何か他に助ける方法でもあればいいんだが……。


「くっ! 好き勝手に暴力を振るうなんて!」

「落ち着いてください、ティア。深呼吸深呼吸」


 俺の隣ではノルンカティア会長が今にも爆発しそうだった。

 無理もない。俺とてか細い女性が暴力を振るわれているのは、虫図が走るほど不愉快だ。


「落ち着いていられるわけないでしょ⁉ 今、目の前で、助けられる子が涙を流しているのよ! 私なら、絶対に……」

「それをすれば、ここまで来た意味がなくなります」

「ッ」


 あくまで俺たちの目的は、ディエニス王国の動向を探ることだ。

 そしてあわよくば王女様とやらを救出すること。

 決して、不当に扱われている獣人族の奴隷を助けることじゃない。


 悔しいが、目的の達成のためには、こんな所で目立つわけにはいかなかった。


「それでも……私は……」

「ハァ」


 ダメだな。俺が止めてもいずれ爆発する。


 仮にここで彼女が落ち着きを取り戻しても、次、同じ光景を見たら確実に暴れる。

 それだけノルンカティア会長は正義の心を持っていた。


 感情を切り離し、冷静に眺められる俺とは違って、彼女は正しかった。

 さすが原作ヒロイン。眩しいくらいの愚直さだ。


 しかし、そんな彼女が嫌いじゃない。俺もまた、できるかぎりの方法を模索する。

 その果てに、一つの結論を出した。


「分かりました、会長。彼女を助けましょう」

「! 任せなさい! あいつらを半殺しに——」

「しないでください」


 走り出そうとした彼女の肩を強引に掴む。

 引き寄せ、体を後ろから抱き締める形になった。

 こうでもしないと、ノルンカティア会長ほどの実力者を止めておけない。


「お、オニキス様⁉ 何を……」

「クロですよ、ティア。落ち着いてください」


 顔を真っ赤にするノルンカティア会長を全力で拘束する。

 いくら彼女でも、俺の拘束をそう簡単には外せない。


「助けるとは言いましたが、暴力による解決はダメです」

「なんでよ!」

「さっきの話を思い出してください。街中で暴力を事件を、それも獣人族を守って暴れたらどうなると思いますか?」


 この街ではあれが普通なのだ。

 おかしいのは俺たちで、当然、そんなおかしい連中に周りの目が向かないはずがない。


「うぐっ……目立つ」

「はい、そうです。だから止めてください、暴力行為は」

「じゃあどうやって助けるのよ!」

「何も暴力に頼る必要はありません」


 獣みたいに吼えるノルンカティア会長に、俺はどこまでも穏やかな声で告げた。


「彼らは獣人族の奴隷なんて無価値のゴミくらいに思っています。ああしてストレスを解消するための道具にすぎません」


 要はサンドバッグだ。殴れれば誰でもいいだろ。


「それが何よ」

「ですから、そんな無価値なゴミを——お金で買い取ればいいんです」

「金?」

「ええ。適当な理由を付けてお金を払えば、彼らはあっさりと奴隷を手放すはず。その金で新しい奴隷を買えばいいんですから」

「……なるほどね」


 ようやく理解を示してくれたのか、内側から感じるノルンカティア会長の力が弱まった。

 もう大丈夫かと思い、俺は拘束を外す。


「交渉は俺に任せてください。——その奴隷はいい表情をしますね。女性奴隷を甚振るのは何よりも楽しい。お気持ちはよく分かります。私も彼女を痛めつけ、さらに絶望の底へ落としたい! よければ彼女を譲ってくれませんか? いい値で買いましょう! ……くらい言えば、簡単に譲ってくれるでしょ」


「…………」


 即興で考えた俺の台詞に、ノルンカティア会長がドン引きする。


 え? ちょっと待って会長。そんな汚物を見るような目で俺を見ないでくれ! あくまで演技だから! これっぽっちもそんなこと考えてないから!


 あたふたとしながら必死に会長に説明する。

 しかし、ノルンカティア会長は、


「おに……いえ、クロにもそういう腹黒い一面があったのね」


 とどこか遠い目をしていた。


 少しだけその頬が赤かったが、俺はどんだけ変態野郎だと思われているのだろうか。

 少しだけ彼女からの評価に傷付いたが、それでも話したとおりに動く。


 いまだ暴力をやめない男たちに声をかけ、先ほど思いついたセリフを告げる。

 ドン引きしたまともな倫理観を持つノルンカティア会長とは違い、その男たちは俺の言葉を信じてあっさりと獣人の女性を譲った。


 少しだけ高くついたが、男たちはホクホク笑顔で立ち去っていく。


 その姿を見送って、傷付いた彼女を抱き上げ、ノルンカティア会長の下へ連れていった。


 さすがにここで治癒スキルを使ったら、怪しいからね。

 怪我を治すのは、宿泊予定の部屋でいい。

 だから女の子も、俺をそんな酷い目で見ないでおくれ……。

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悪役貴族の末っ子に転生した俺が、謎のチュートリアルとともに最強を目指す〜クエストクリアでもらえるスキルやアイテムがあまりにもチートすぎて破滅しない〜 反面教師@5シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi

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