第10話 限界越えの攻防

「しっかしさ、レグロス……やっぱり君のスピリット総量はとんでもないね」


「?」


 いつの事だったか。

 少なくとも出会って間もない頃、師との会話をレグロスはふと思い出す。


「あぁ自覚ないのか……教えてくれる人もいなかったわけだしね」


 両親の記憶はない。

 気が付いたら一人で彷徨うように日々を生きてきた。

 当然細かい技術など知るすべはない。


「いいかい? 君の魂の力……スピリットは明らかに多い、それこそ調整しなきゃ君自身の身を滅ぼすほどにね」


 正直当時の自分はそこまで理解出来ていなかったと今になって考える。

 いや、もしかすればどうでもいいと考えていたのかもしれない。

 実際スピリットを扱う中で肌が焼けたり激痛を感じた事は多々あった。

 だがそれでも幼いレグロスは止まらなかった。

 師に拾われたその時まで他に使える技術もなければ武器らしい武器もなかったのだから。


「だから君にはリミッターをかけておこうと思うんだ」


「りみったー?」


「そ、まだまだ研究中の技術なんだけどねぇ」


 師曰くレグロスは極端な例にしてもスピリット量の多い子供が生まれるケースは度々あるという。

 当然子供であるがゆえにコントロールというのは上手くなく、それが原因で負傷する例は次々と見つかった。

 そんな子供達を救うため研究を重ねられているのがリミッターの技術だという。


「コントロールに慣れたら外せばいいし、これである程度の抑制は出来ると思うよ?」


 先ほども言ったがこの時のレグロスは話の内容も事の深刻さもあまり理解していない。

 でもなんとなくそれが自分には必要で師も同じように考えているというのは理解出来た。

 だからこそ受け入れた。

 そしてその日から――今日に至るまでリミッターは一度も外されていなかったのである。



〇●



「オオオッ!」


 戦場で雄たけびが響く。

 内から止めどなく溢れてくる力を、これでもかというぐらいに剣に注ぎ込み纏わせながらレグロスは駆けていた。


「ハハハッ!」


 そのスピリットの剣を見て壊人は愉快そうに笑う。

 心の底からこの時を楽しんでいる、それが嫌でも感じ取れるような笑み。

 だが同時にその内側にはやや苛立ちがあった。


魂ノ刃ソウル・ブレイドッ!」


(まさか俺に危機感を感じさせるなんてさ……!)


 表面上の笑みを変えぬままに壊人はレグロスの振るう刃を跳んで避ける。

 先ほどまではどんな攻撃を受けても傷一つ付かない、それだけの実力差があった。

 にも関わらず今ではその差を殆ど感じられなくなっている。


「面白いけど……同時に腹も立つなぁ!」


 人族ヒュニアでありながら壊人である己に迫る者。

 強さに絶対的自信を持っていた壊人にとってその存在は面白くもあり腹立たしい。

 自然とその両腕に必要以上のスピリットが集まっていく。


BeShシュ!」


「ッ! 瞬動クイック・ムーブ!」


 内側から湧いた嫌な予感にレグロスは即座に回避行動へと移った。

 瞬間、先ほどまで立っていた場所が禍々しいスピリットの砲撃に飲みこまれ削れる。


(とんでもない威力……それにこのスピリットの感じ、聞いてた通り――っ)


 考えるべき事、気になる事などいくつもある。

 それでもそれを後回しにしてレグロスは再度地面を蹴った。

 普段封じているものを解き放ち常時放出している今、悠長にしている一分一秒が惜しい。

 それにそんなザマでは共に戦ってくれてる者達に申し訳が立たない。


「二人とも! 向こうの攻撃への警戒はより高めつつ臨機応変に対応を!」


「簡単に言うんじゃねえよ……まぁやる事に変わりはねえけど……能力強化ビルドアップ!」


「分かった、気を付けとく。回転付加スピン・アクセッション


 レグロスの警告を受けつつヴァルクとジィルが壊人に突撃する。

 強化されたヴァルクの身体能力、そこから放たれる殴打。

 ジィルも同時に短刀に回転するスピリットを纏わせて斬りかかる。


「チッ……うっとおしいなぁ……!」


 壊人はそんな二人の攻撃を難なく躱すが次々と仕掛けられる攻撃は止まらない。

 それは壊人にとって脅威でなくとも集中を阻害するものであり苛立ちを募らせる。

 その精神的乱れは動きの乱れに繋がりやがて――。


「へっ……そいつは悪かったな! 詫びに一発くれてやるよ!」


 ヴァルクの拳が壊人の顔面に叩き込まれた。


「ついでにこれもだ」


 そこから間を置かずに今度は腹部にジィルが短刀の切っ先を突き付ける。


回転放射スピン・イミト


 これまでよりも力を込め大きさを増した回転するスピリットが解き放たれて壊人の体を貫かんと高速回転を続けていく。

 だが壊人の皮膚はどうやら他種族と違い硬いらしい。

 貫く事は出来ないままに高速回転を続けるジィルのスピリット。


「分かんないかなぁ? 君らの攻撃なんて――」


「俺達の攻撃は、な」


「は?」


 その瞬間、壊人の瞳には空が光ったように映った。

 だが空そのものが光っているのではない。

 この現象は一人の人族ヒュニアによって起こされたものだ。


中級砲撃ハイ・キャノンッ!」


 込められた膨大なスピリットにより最早その威力は中級なんて領域を軽々と飛び越えている。

 その圧倒的輝きは壊人目掛けて放たれ、あっという間に飲みこむと真っすぐ地上へ進み大きな爆発を起こした。


「グ……うあッ……」


 レグロスの右手が煙を放ち、ほぼ同時に体中を激痛が駆け巡る。


(久々とは言え常時完全に解放するとこれほどまでに……)


 肉体の限界が近い、それが心から理解出来る。

 幼い頃と違い今回は終始フルパワーで使っていた弊害だろうか。

 例えどんな理由であったとしても泣き言を言ってる暇も余裕もない。

 今の一撃が最後ではないという事はレグロス自身がよく分かっている。


「やっぱりその力、長くは耐えられないんだ?」


「ッ!」


 いつの間にか背後にいた壊人の一撃。

 それを剣で受け止める。

 左腕や右足がボロボロになっているところを見るとダメージはあるようだった。

 が、その傷も時間の経過と共に塞がっていく。


「自己再生……!」


「君らとは存在の格が違うのさ……さぁさっさと潰れなよ!」


 振るわれる壊人の腕を避けつつレグロスは再度構える。


(いや、再生が無限に出来るとは思えない……実際動きのキレはさっきより落ちてる!)


 傷が癒えようとダメージが完全に消えたわけではない。

 再生にも限度がある、そう見るべきだという結論。

 その結論をもとに痛む体を動かしレグロスは突撃した。


「オレらも忘れんな!」


「あぁまだ俺達もやれる」


 三人の若い戦士がそれぞれの武器を振るい壊人とぶつかり合う。

 しかし互いの間に存在する力の壁は分厚い。


「ほぅらッ!」


「が……ッ」


 壊人の膝がジィルの腹部にめり込み、普段から変化に乏しいその表情が苦痛に歪む。

 それでも諦めずジィルは回転するスピリットを纏う短刀を振るうがその刃は斬るどころか壊人の力に押し負けて砕けた。


「残念!」


 邪悪な笑みを浮かべた壊人の拳が直撃しジィルは血を吐きながら吹き飛んだ。

 幸い意識は保っていたが地に伏せたまま動くことは出来ない。


炎雷ノ拳ブレイズ・サンダー・フィストオッ!」


魂ノ刃ソウル・ブレイドッ!」


 だが、すかさず前方からレグロス、後方からヴァルクが攻撃を仕掛ける。

 常人を遥かに超えるスピリットを加えた刃、炎と雷を纏う必殺の拳。

 対し壊人は狂気に満ちた笑みを浮かべながら両手を振り上げる。


ZerQu


 その技法術アーツが使われた瞬間だった。

 壊人が両手を振り下ろしそれに合わせるようにレグロスとヴァルクが地に倒れ、その体が地面へとめり込む。


「グ……ゥッ!?」


(とんでもない量のスピリットを上から……!)


 大量のスピリットにより生み出された重圧がレグロスとヴァルクを押し潰そうとする。

 肉体が軋みを上げる。

 精神がすり減る。

 壊人はこの時、己の勝利を確信した――はずだった。


「させねぇ……」


「は?」


 声を上げたのは先ほど吹き飛ばされ倒れたはずのジィルだった。

 もう戦えはしないと警戒の外に置かれていた彼だが実際ダメージは大きい。

 声こそ出せたが起き上がる事が出来ていなかった。

 だが明らかに先ほどと違う雰囲気を持って壊人を睨みつけてはいる。

 すると壊人の足元の地面がヒビ割れてそこから回転するスピリットが飛び出してきた。


「ハッ……またそれかい? 芸が無さすぎ――」


「じゃあこいつはどうだ……炸裂回転エクスプロード・スピン


 壊人が首を後ろへ逸らし下から来たスピリットを避けたその瞬間。

 高速回転していたそのスピリットはカッと一瞬だけ強い光を放ち爆発を起こした。


「チッ……!? なんだ、こいつのスピリットの質――」


 その威力は想像以上だった。

 壊人が思わず二人を押しつぶしていた技法術アーツを解除して防御してしまうほどに。

 それと同時に感じたジィルのスピリットへの違和感。

 思考が僅かに逸れて、それが明確な隙となり――そこへ想像以上の速さで追撃が飛んでくる。


炎雷ノ拳ブレイズ・サンダー・フィスト


「こいつら……ッ!」


 気が付けば二つの属性を纏った双拳が背後から壊人の足を殴りつけていた。

 こちらもありったけのスピリットを込めたのだろうか、先ほどより威力が高い。

 壊人の足は炎と雷により焼けて、抉られ、あまりのダメージに体のバランスが崩れる。

 再生出来るとはいえ瞬時に治すには厳しいレベルの傷。

 そんな好機を最後に残った一人が逃すはずもなかった。


「お膳立ては……してやったぞ、感謝しな……」


「後は頼んだ……」


 二人の思いを受けてレグロスもまた先ほどから展開したままの魂ノ刃ソウル・ブレイドへスピリットをさらに送り込む。


「これでえぇッ!」


 叫び声を上げながら突撃して逆袈裟に振るわれたスピリットの刃が壊人の胴体に叩き込まれた。

 硬いその皮膚すらも切り裂きスピリットによる光の刃は振り抜かれ衝撃と共に壊人は吹き飛ぶ。


「ハァ……ッ、ゴホッ……」


 そこが限界だったのだろう。

 レグロスは崩れるように地に倒れ伏す。

 自然とリミッターが再度かけられて先ほどまでの異常な輝きも収まっていた。

 全員が満身創痍、疲労感もあって動けない。


「よくも……やってくれたね、おい……」


 そんな中で再度姿を見せた壊人を見てレグロスは悔しそうに歯を食いしばる。


「……しぶとすぎますって」


 胴体や口から大量の血を垂れ流しつつも確かに二本足で立ちながらこちらへと迫って来る壊人。

 その眼は血走っており怒りと屈辱に満ちていた。

 レグロスの攻撃は間違いなく効いていたのは目に見えて分かる。

 だからこそ倒しきれなかったその事実が悔しかった。


「まさか……ここまで追い詰められるとは思ってなかったさ、認めるよ……」


 確かに見下していた。

 そんな存在にここまで負傷させられて追い詰められた。

 これは自分の慢心が招いた結果、そこは壊人自身も認めざるを得ない。


「だけど最後に立っているのは……俺さ、お前らじゃない! そうさ! 勝つのは俺だ、俺なんだアアアッ!」


 壊人は狂ったように喚きながら倒れたレグロスのところまで行くと腕を振り上げる。

 明確な殺意をもって腕へスピリットを流し込む。


(無理を、しすぎた……これじゃ防ぐことすら――)


「くたばれ」


 その言葉を最後に振り下ろされた壊人の腕。

 しかし意に反しその一撃がレグロスの命を奪う事はなかった。

 それどころか届く事も叶わなかったのだ。


「は?」


 間の抜けた声が壊人の口から漏れる。

 彼自身も何が起きたか分からない。

 ただ一つ分かるのは――自身の腕がというその事実のみ。

 気づく暇もなく腕が飛んだ、信じがたいこの現実に思考が止まる。


「悪いね、レグロス達を死なせるのは惜しくてさ」


 不意に聞こえる声。

 壊人はもちろん、レグロス達もそこ声の主へ目を向ける。

 この中でレグロスだけは知っていた。

 この声の主を、この力の正体を。


「師匠……」


「よっ、随分な恰好だね。レグロス」


 ボロボロなレグロスに軽いノリで声をかけた青年の名前はサフェロ・ユリーヴァ。

 レグロスの師匠であり現在各国から認定を受けている

 そんな彼が適当に縛ったボサボサな金色の髪を靡かせながら戦場へと降り立った。


「さて……とりあえずはチャッチャと面倒事を片付けようか」

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